テラーノベル
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それから、また一ヶ月が過ぎた。
十月も終わりに近付き、すっかり秋らしい空気となった。
その日、仕事の休みだった壱月は、ずっと花斗の遊びに付き合っていたらしい。
そのせいで、帰宅した私の前に広がっていたのは、遊び途中でソファで寝落ちしたであろう花斗と、床に転がったブロックを拾い集める壱月の姿だ。
「ただいま」
「おう、おかえり」
私の声に気付いた壱月は、ちらりとこちらを見てからまたブロック拾いを続ける。
私も花斗の上からずれていた毛布をかけ直してから、壱月と一緒になってブロックを拾う。
「あのさ、そういえば」
なに?と顔を向けると、壱月は照れたように頬を染めて、でも手は動かしながら続けた。
「結婚した後にさ、姓名診断のサイトで海野って名字と花斗の名前の相性とか画数とか調べたんだけど、……その、結構運勢いいんだな。前の名字のほうは、結構悪かったぞ」
壱月はごまかすようにへへっと笑う。けれど。
「それ、わざとだよ。花斗の名字が、海野だったらいいなって思って、つけたから」
「はぁ!?」
壱月の素っ頓狂な声に、思わずくすりと笑う。
「最初はね、私怨っていうか、そういう意味を込めてたつもりだったんだけど。今は……こういう運命だったのかなって、思ってる」
壱月はふっと自嘲するように息を吐き、それから慈しむような笑みを私に向けた。
「そうか。……運命に、感謝だな」
やがてブロックの片付けを終えた壱月は、エプロンを手にキッチンへと向かった。
しかし、一度こちらに戻ってきて、チュッと触れるだけの口付けを落としていく。
「ちょ、ちょっと!」
頬が熱くなり慌てて抗議するも、目の前の壱月がとても柔らかく笑っていて、思わず胸がキュンとなる。
「今日は愛音の昇進祝いだからな。うまいものつくるから、期待して待っていて」
――そう、今日、私は昇進した。
壱月と結婚してから、仕事に向き合える時間が増えた。
勉強できる時間も必然的に増え、マネージャーへの昇進試験に合格したのだ。
「海野店長は、〝エリア統括マネージャー〟に昇格しました」
職場の朝礼でそう笑顔で言う水瀬に、スタッフからの拍手が巻き起こったことを思い出した。
壱月との未来は、こんなに幸せだったんだ。もう、何も犠牲にしなくていいんだ。
皆からの祝福を受け、そう感じた。
『よかったな、愛音……じゃなくて、海野さん』
たまたま店舗に来ていた壮馬にも、そうからかわれてしまった。
そんな幸せな瞬間を思い出しつつ、私はダイニングで頬杖をつき、料理を始めた壱月を見守る。
「唐揚げ、できたぞ」
壱月のその声に花斗が飛び起きた。そのままこちらにやってきて、鼻をくんくんさせる。
それから、
「わーい、からあげ、からあげ〜」
と、いつもの唐揚げ踊りを始めた。
「あれ、昇進祝いのごちそうは?」
私が聞くと、花斗がこちらにやってきて言う。
「パパのからあげは、せかいいちのごちそうだよ! あのね、おにくもみもみ、ぼくがしたの!」
しっかりと椅子に花斗が、そう言ってこちらにドヤ顔を向ける。
私は、そんな花斗が愛しくて、その体をぎゅっと抱きしめた。
どうやら今日のごちそうは、壱月と花斗、ダブルの愛が詰まっているらしい。
「俺も入れて」
私たちの光景を見ていたらしい壱月が、一旦料理の手を止め、私と花斗をぎゅっと抱きしめにやってくる。
「パパ、あぶらのにおいする」
「ははっ、悪いな」
やがて壱月は抱擁を解くと、唐揚げをお皿に盛り付けた。
すると花斗の視線は、もう唐揚げに釘付けだ。
「さて、食べますか!」
壱月の声に、みんなで手を合わせる。
「いただきます!」
「いただきます」
家族三人で幸せな食卓を囲む。
それは、ごく普通のありふれた家庭の光景かもしれない。でも、私にとっては、奇跡のような瞬間だ。
「壱月」
「なに?」
壱月は私の呼びかけに、もぐもぐと口を動かしながら答える。
「あのさ……今まで苦労した分、これから甘えるから!」
「おう、どんとこいよ!」
そんな会話をしていると、花斗の大好きな、壱月の相棒である大きな飛行機が、赤いライトを点滅させながら大窓の外を横切っていくのが見えた。
「ひこうき!」
すぐに花斗が気づく。
「いつも見てるだろう」
壱月の声に、花斗は「いいの!」と言いながら、唐揚げを頬張った。
「そうだな、ははっ!」
壱月が笑う。私も笑う。
ぶうたれていた花斗も、いつの間にかつられて笑う。
「今、最高に幸せかも」
「うん、俺も」
「ぼくもーー!!」
これは、来るはずはないと思っていた、幸せな未来。これからも、ずっとずっと、壱月がそばにいる未来。
こんな幸せな毎日が、いつまでも続きますように!
そんな願いを胸に秘めて、私は世界一のごちそう、壱月の唐揚げを頬張るのだった。
【終】
コメント
1件
みぃです🤍🥀 第70話、読み終わりました……。 壱月と愛音、そして花斗の3人で囲む食卓、本当にあったかくて泣きそうになりました。 「今、最高に幸せかも」って言葉が、ここまでの全部を包み込んでる感じがしてじんわり来ました。 苦しんできた分だけ、この日常のひとつひとつが輝いて見えるんだなあって。 それにしても、壱月が「おう、どんとこいよ!」って笑うところ、もう完全に愛されてるのが伝わってきて胸がギュッとなりました…。完結おめでとうございます、素敵な作品をありがとうございました。
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