「ご主人、お風呂の準備ができたニャ!」
ケットがソファの上にある塊に声を掛ける。それは、ムツキと彼を四方から囲むたくさんの犬や猫、ウサギの妖精たちでできているモフモフの塊である。
「ありがとう」
ムツキは、おモフ、と称して、1日に1回は多くの妖精たちとのスキンシップの時間を設けている。彼にとってはモフモフ要素の補給になり、心の満足度を高めてくれる。
そして、妖精たちにもメリットがあった。彼の持つ魔力を吸収すると、妖精たちは心地よく元気になれる。それは近くにいればいるほど効果が高く、触ってもらえれば最も効果が高いのだ。つまり、妖精たちにとっても、おモフは嬉しいイベントなのである。
「もうそんな時間か」
「ぷぅぷぅ……」
「にゃー……」
「くぅーん……」
「みんな、そんな寂しそうにしないでくれ。俺もとても寂しいんだ」
名残惜しそうにするムツキを理解したかのように、妖精たちがすっと彼の上から降りていく。温かい重みがなくなっていくごとに彼の寂しそうな顔も増していく。
「今日はユウ様が洗ってくれるそうニャ」
ケットは葉っぱのようなメモを見ながら、ムツキにそう話しかける。
洗髪不可の呪い。洗身不可の呪い。自分で髪を洗うことも身体を洗うこともままならない呪い。彼にできるのは食事前に手を洗うくらいである。
つまり、彼は一人でお風呂にゆっくり入ることもできないのだ。
「そうか。珍しいな」
「珍しいかニャ? 月に1回は必ずありますニャ」
ケットは不思議そうに呟く。ムツキは難しい顔をして額に指を当てる。
「……意外とあったな」
「たしかに、ニャジュミネさんやリゥパは週に1回だから、彼女たちよりも頻度は低いけどニャ。ユウ様も十分にご主人のお世話をしていると思うニャ。ご飯のあーん係もニャんだかんだしているニャ。ご主人はモテモテニャ」
「……改めて礼を言わないといけないな」
ムツキはそう言って、脱衣所の方に向かう。すると、ユウが既にいた。ただし、いつもの幼い姿のユウではなく、ムツキとそう歳の変わらなさそうな成人姿のユウだった。顔立ちはどこか少し幼さを残しながらも、身体はナジュミネ同様かそれ以上に美しいプロポーションをしていた。
それはまさに全ての美を集約したような出で立ちである。
「やっほー。今日はムツキを堪能しちゃうよ」
ムツキを洗う時のルールとして、ユウ、ナジュミネ、リゥパは水着を着用することになっている。必要以上に扇情させないためと、長居をしないためである。女の子と入る場合に彼を早い方に入らせるのも時間を掛けさせないためである。
「今日のユウはおじさんモードか」
「こんな綺麗な女の子が言うんだからギャップがあっていいでしょ?」
ユウがバッチリのウィンクを決める。一方のムツキは特に何かある様子もない。
「そうだな」
「反応薄い……」
「嬉しいんだけど、ユウとは長いからな」
「マンネリってやつかな。夫婦によくある倦怠期?」
ムツキは慌てて首を横に振る。
「そうじゃなくて、なんというか、どこかで安心感があるんだよな」
「そっか。嬉しいことを言ってくれるね。まあ、ムツキの身体のことなら隅から隅まで分かるからね。さて、脱ぎ脱ぎしましょうね」
「さすがに子ども扱いはやめてくれ……」
「赤ん坊の頃からお世話しているからね」
ユウはムツキが赤ん坊のころから面倒を見ていたこともあり、まるで子どものように彼を扱うことがある。彼にとって、彼女は、妻であり、母であり、姉であり、妹でもあるような複雑な存在だった。
「親戚のおばちゃんみたいなこと言うなよ」
ムツキは笑みを零しながら、そんな軽口を言ってしまう。ユウの表情が笑顔から一瞬にして良くない方向へと変わった。
「おばッ……それ、禁句って言ったよね!」
「あ……うっかりしていた。ごめんなさい」
ユウが長い髪を逆立てるほどに本気で怒っているので、ムツキは素直に謝る。しゅんとしている彼を見て、彼女は不意に抱きしめる。このあたりの思考回路は、ユウとリゥパで似通っている部分がある。
「もう……罰として、今夜は寝かせないからね?」
「そう言うのって男の方が言うものじゃないのか?」
ムツキもユウを抱きしめ返す。
「あまり関係ないんじゃない? 好きな者どうしなら、どっちから言ったっていいじゃない。それにムツキはそういうこと言わないじゃない?」
「言ってほしかったりするのか?」
「そりゃ、たまにはそういうのもいいなあ、って思うけどね」
ムツキは急にユウの唇を奪う。バードキスと呼ばれるくらいの軽めのキス。彼から何度か繰り返す。彼女はそれになされるがままになっている。バードキスが終わった頃にようやく彼女が口を開く。
「え、何?」
「俺の方こそ、今日はユウを寝かさないからな?」
「えー、さっきの話の後にそれ言っちゃう? 言わせたようなものじゃない。やり直し! 今度、お願いね?」
ユウは急なキスに嬉しさ半分戸惑い半分になりつつも、ムツキのとっておきのセリフで嬉しくもありつつ一瞬でそうじゃない感を覚えて、彼にやり直しを命じた。
「そうだな。また」
「まあ、顔面が良すぎるからそれでも破壊力はあるんだけどね……」
ユウはドキドキする鼓動と赤らんできた頬をムツキに気付かれまいとする。彼の顔はユウが選んだ通りの美形の顔であり、つまり、彼は彼女の理想の容姿をしているのだ。そんな彼に迫られたら、彼女は全てを受け入れる覚悟ができてしまう。
「何か言ったか?」
「何でもないよ? ここからは私がお姉さんとして、たっぷり身体を洗ってあげるからね」
その後、何事もなくムツキとユウのお風呂は終わった。