王宮に隣接する船着き場。
水路の奥まったところにあるそこに、複数の小型輸送船が横付けされていた。
タクヤたちが近くまで行くと、さっそく軍の仮設キャンプからライン特佐が出てきた。
「このたびは急な御出立、ご快諾(かいだく)いただき、深く感謝申し上げます」
礼儀を重んじた軍人の態度。
サッパリした夏の気分にひたっていたタクヤは一気に現実に引き戻された。
「ねえ、その王子様ごっこっぽいの、やめません?」
「そうですね。やめましょう」
ライン特佐はすんなり了承した。
タクヤは調子が狂った。
「い、いいの? やめるの?」
「これからは私も同行する身です。仲間にならないと」
「はあ? ラインさん、あなたも、いっしょに?」
「もちろん。さあ、紹介してください」
「……だってさ」
タクヤは、ゼンとユリにぞんざいにふった。
「オレはゼン、守護騎士ってことで、昔からいろいろ。はい、いろいろっす」
「私は、祈り師のユリと申します。タクヤ様の行程には祈りが必要ということで同行させていただきます、どうかよろしくお願いいたします」
「ユリさん、あなたのことは知っていますよ」とラインは笑みを浮かべた。「じつは個人的な話ですが、私の叔母も祈り師でした。もう古い話ですが」
「まあ、そうなんですか?」
「はい、思いやりの深い人でした。ところで、昨日は軍の手配が遅れて、みなさんに多大なご苦労をかけてしまったこと、心よりおわび申し上げます。疲れはとれましたか?」
タクヤは自虐的に「僕なんかその前に3カ月ほど寝てましたけどね」と言った。
「なるほど。これからの旅で、いくらか休んでいただけると思います。今回、我々が利用するのは……」
ラインが説明しかけたところに「ちょっとまって」と声が響いた。
一人の若い金髪女性が息を切らして走ってきている。彼女の後方には、旅行カバンを運んでいる執事の姿が見えた。
女性は、ツバの広い帽子をかぶり、乗馬服のようなズボン姿。
その女性が彼らのところに走り込んでくると、いきなり真顔になり、サッと帽子を脱ぎ、ユリの前で片膝を地面につけ、荒い息のまま深く頭を下げた。
「祈り師ユリ。昨日は、ギリギリのあなたに、むりな祈りをさせて、ごめんなさい」
「え……」
「あなたが限界なのはわかってた。でも、おかげで、みんな安らかに逝きました。いえ、一人は搬送先で一命をとりとめました。祈り師は、やはりすごいわ。本当に、本当に、ありがとう。心から礼を述べます」
「いえ、そんな……」
ユリはあのつらい時間を思い出し、表情が曇る。
しかし金髪女性は立ち上がると、大きく息を吸って、豊かな胸を突き出し、ニコッと微笑んだ。
「私は、カリシア家のミルシード。ミルシード・エス・ラ・カリシアよ。ミルでいいわ。みなさん、これからよろしく!」
「え? どういうこと?」
タクヤが真顔で問う。
ミルシードは口に手をあてて笑った。
「何をとぼけてらっしゃるの。タクヤ様が行くとなったら、婚約者の私が同行しないわけないじゃありませんか」
「え゛」
「あら、なに困った顔してるのよ。まさか、お邪魔、とでも?」
「いや、なんていうか……いや、まってまって、僕たちって、婚約してたの?」
本気で疑うタクヤに、ミルシードはたまらず爆笑した。
「してるわけないでしょ。冗談よ。あなた、一日たってもまだ寝起きなの?」
「いや、寝起きじゃないよ。寝起きじゃない、け・ど、記憶はいろいろなかったりするわけで」
「ああ、そうか、それでね。ま、いいわ。みなさんよろしく。楽しい行程にしましょ。こうみえて、泣く子も黙るワタクシの政治力、すごいのよ。必要なときがきっとくるわ。そうそう、今だって、もう私の同行は許可が下りているはずよ」
「本当か?」
ゼンが疑い深そうに問う。
ラインが携帯端末で確認した。
「はい、たしかに。すでに了承済みです。私だって知らなかった」
「ほらほら、ドンドンやるわよ私は。ところで、旅と言えば、私、せっかくなので何か、かわったものを食べたいわ。船でしょ? シェフはどちらの方が?」
ミルシードの優雅な問いに、あきれたラインが苦笑した。
「軍の高速船に調理スタッフは乗っていますが、シェフと呼べる人はいません。まあ、カレーくらいなら美味しく作れるかと」
それを聞いて、金髪女性は不満をぶちまける、と予想したタクヤだったが、実際は逆だった。
「カレー? あら、なんて素敵な響き。さあ、早く行きましょう、最高だわ、それ」
歩きながらタクヤは小声でユリに質問した。
「カレーって、珍しいの?」
「王宮に匂いをただよわせるわけにはいきませんから」
「なるほど」
「王宮は、市民に部分開放されていますし、そんなところに貴族が食べるカレーや干し魚の匂いが漂ってはね」
「たしかにそれはゲンメツ要因」
「まあ、いざとなれば、私の香油が美しい匂いにかえてみせます」
ユリは片手を華麗に振って微笑んだ。
それを見たタクヤは、自分の眼球がとろけるかと思った。
そのしぐさ、マジ、かわいすぎる。
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