テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「明日、船が帰港するぞ」
夏帆が父の佳孝からそう教えてもらえたのは、成瀬が出航してから二週間と一日が過ぎた時だった。夏帆にとって本当に辛い日々だった。しかし佳孝から報告を受け、夏帆の心がみるみる回復してゆくのがわかった。
(やっと、やっと成瀬さんと会える!)
夏帆は飛び跳ねたいくらい気分が高揚してくる。それだけ待ち遠しかった成瀬との再会であったのだ。
「よかったな。夏帆」
父親もすでに夏帆の心中は察していた。
「……うん。ありがとう」
自然と夏帆の口角が上がった。二週間ぶりに笑顔の表情筋を動かした気がした。それほど夏帆は嬉しくてたまらなかった。
「荷物がこの家にあるから明日もここに帰ってくるそうだ。食事の準備は夏帆ができるか」
「うんっ。任せて」
夏帆も自分の役割だと理解しているが、疲れて帰ってくる成瀬に自分の食事を提供できることが嬉しい。
(クタクタになって帰ってくるよね。胃腸に優しくて精力がつく食べ物がいいかな)
夏帆はこうやって誰かのために献立を考えるのは大好きだ。しかもその相手は成瀬なのだから胸が弾まないわけがない。誰が見ても夏帆が生き生きしているのが手に取るようにわかった。
「その調子だと明日の晩飯は豪勢になりそうだな」
「だって成瀬さんも、ほっとするような食事を食べたいでしょう? そういうの考えて作るのは楽しいもん」
「まあな。でもな一番ほっとするのはな、」
「なに?」
「夏帆、お前の笑顔なんだよ」
「―――」
夏帆が顔を真っ赤に染めた。
「ちょっとお父さん、からかってるでしょ?」
夏帆はキリっと父親を見上げる。
「しゃらくさい表現だけどよ、結局、疲れた人間が癒されるのは待ってくれてる人の笑顔なんだよな」
「笑顔が一番…そうかもね…」
父の口からこんな照れくさいセリフが出ると夏帆は恥ずかしくなる。
「艦艇の業務ってそんなに大変なの?」
「まあ、素人が思うほど楽じゃないさ。とくにパイロットなんて仕事はな、家に帰り着いたときが一番ホッとするんじゃないか」
父の顔が珍しく神妙な顔つきになる。こんな表情を作る父親の心情を、夏帆はまだ理解できていなかった。しかし幼稚園で園児と関わっている夏帆にだって”笑顔”パワーは絶大なことを知っている。園児の笑顔は何よりも活力になる。そして夏帆の笑顔だって園児には安心感を与えている。
(お父さんの言う通りだよね)
「お父さん」
なんだと佳孝が顔を夏帆に向けた。
「明日、成瀬さんが帰ってきたら笑顔で迎えようね」
そう夏帆が微笑みながら笑った。佳孝は思った、久しぶりの夏帆の笑顔だなと。それほどまで夏帆から笑顔が消えていたのかと改めて気付かされた。
「そうだな。こんなじいさんの笑顔でも成瀬は安心するかな」
佳孝も夏帆に賛同するのだった。
※
いよいよ成瀬が帰ってくる。早朝、夏帆のメールの着信が響いた。夏帆がベッドで寝ぼけ眼で確認すると成瀬からのメールであった。
『夏帆さん、おはようございます。
ただいま外洋から戻ってきました。
夜には帰れると思います』
夏帆の目が完全に開いた。こんな寝起きなのに、ただの文字なのに、成瀬からのメッセージというだけで鼓動が高鳴ってしまう。送られてきたメールはシンプルな文章だった。でもそこからわかる、成瀬の思いを感じ取る。
(外洋から…って。電波が入るようになってすぐに連絡を入れてくれたんだ)
いつ電波がつながるか、きっと成瀬は寝ずにスマホとにらめっこしてくれていただろう。夏帆はそれを想像しただけで嬉しかった。同時に会いたくて切なくて涙がこみあげそうになった。
『演習、お疲れ様でした。
気を付けて帰ってきてください。
待っています』
夏帆はそう返信を打った。本当は伝えたいことは山ほどあった。でも結局、一番伝えたいのはその言葉だった。