噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

先程は珍しく大人しくしていたミラベルだったが、徐にツカツカと歩いて来るとフィオナの髪を鷲掴みし引っ張ってきた。

「痛っ……」

結構な強さで引っ張られ、フィオナは痛みに顔を歪める。

「痛い？全然そうは見えないけど？だって何時も、その仮面は無表情じゃない」

「それはっ」

そんな事言われても困る。仮面の表情など変えられる訳がない。

「だから、アンタに感情なんて必要ないのよ。本当は痛くないんでしょう？痛いフリなんてやめなさいよ」

無茶苦茶な物言いだ。その間にもミラベルはフィオナの髪をグイグイと引っ張り、本気で抜き取ろうとしているのかさえ思える程に強い。

「生意気なのよ！何が結婚よ⁉︎調子に乗らないでよね！しかもアンタの結婚相手、あんなに格好良くて随分とお金もあるみたいね。まあ、伯爵令息なのは残念だけど」

どうやらフィオナがヴィレームの様な美青年と結婚する事が気に食わないらしい……。

「私、彼の事気に入っちゃった。アンタは彼みたいな素敵な人とは不釣り合いよ」

そんな事言われなくても、分かっている。

「だから……私がお姉様の代わりに結婚してあげる。お姉様の様な醜女と結婚するなんて、彼が本当に可哀想だわ。お母様だって、そう言っていたでしょう？」

「っ……」

「彼だってあんな風に言ってたけど、やっぱり可愛い私から迫られたら直ぐに心変わりするに決まってるもの」

母と同じ、いやらしい笑みを浮かべている。

「ヴィレーム、様はっ……そんな方じゃないっ‼︎」

ヴィレームの事を侮辱された様で、腹が立った。自分の事ならいくら莫迦にしたって構わない。だが、彼を莫迦にする事は赦せない。

フィオナはミラベルの髪を掴む手を、勢いよく払い除けた。その手は妹の頬を掠める。そしてそのまま後ろに蹌踉めき尻餅をつく。仮面の下から、妹を睨んだ。

まさか反抗されると思っていなかったのか、動揺して目を見開いたまま微動だにしない。

「っ……何、するのよっ‼︎」

だが次の瞬間、我に返り怒り狂ったミラベルは勢いよく立ち上がると、今度はフィオナの肩を突き飛ばし顔目掛けて手を振り上げた。叩かれる、そう思った。だがその時……。

キュヴゥー‼︎

ヴィレームと一緒にいた筈のフリュイが、少し開いた扉の隙間から滑り込んで来てミラベルの手に噛み付いた。

「キャー‼︎痛いっ！何⁉︎何なの⁉︎やめなさいっ‼︎痛っ！痛いのっ！やめてー‼︎」

フリュイは噛み付いたまま手を離さない。このままだと、手を食いちぎられそうだ。

フィオナは呆然として眺めていた。頭の中では「フリュイ、やめなさい」そう言わなくてはならないのに、何故だが言葉が出ない。

次第に妹の悲鳴は更に甲高くなり、痛みに泣き出す。床に真っ赤な血がポタリと垂れ、そこでフィオナはようやく我に返った。

「フ、フリュイ‼︎やめなさい！」

キュルゥ。

今までの行動が嘘みたいに、口から手をパッと離すと可愛らしく鳴いた。そしてフィオナの足に甘える様に纏わりつく。

「うわぁん〜‼︎お姉さまぁがぁっ〜‼︎」

ミラベルは幼児の様に床に座り込み、声を上げて泣き噦る。すると廊下を誰かが走る音が聞こえた。