テラーノベル
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テスト返却の日。教室は朝からざわざわしていて、
「終わった」「神!」なんて声が飛び交っていた。
ぷりっつは自分の答案を眺めながら、
まぜ太の方へ自然と視線を向ける。
(……あいつ、どうやったんやろ。)
まぜ太は集中すると周りが見えなくなるタイプだから、 今は先生の手元にくぎ付けになっていた。
答案が配られる瞬間——小さな祈り
先生がまぜ太の机に答案を置く。
「はい、まぜ太。よく頑張ってるな。」
その言葉に、まぜ太は一瞬きょとんとして……
ゆっくりと点数に視線を落とす。
次の瞬間。
ぱぁぁああっと顔が明るくなった。
(……あ、これは良かった顔や。)
ぷりっつは胸の中でひっそりガッツポーズをした。
休み時間——まぜ太、全力の笑顔で向かってくる。
チャイムが鳴ると同時に、 まぜ太が答案を握りしめて一直線に走ってきた。
「ぷーのすけっ!!」
「うおっ……な、なんやねん。」
「見て!!」
ドンッと答案を目の前に出される。
そこには——
過去最高に近い、しっかり“いい点”と呼べる数字。
「……すごいやん。」
ぷりっつは思わず笑ってしまう。
「ほんとに?頑張ったんだよ?」
「知っとる。毎日横で見とったからな。」
まぜ太は目を細めて、嬉しさに震える声で言った。
「……これなら、夏祭り……行ける?」
「行けるに決まっとるやろ。」
「ほんとに……?」
「ああ。 頑張ったまぜ太と、夏休みに夏祭りデートや。」
その瞬間、まぜ太はきゅっとぷりっつの袖を掴む。
「……楽しみすぎてやばい。」
「まだ早いわ、夏休みまで結構あるぞ。」
「えー……はやく来ないかな。」
「……可愛いこと言うなよ。」
まぜ太の笑顔は、
テストの点数以上にぷりっつの胸をあったかくした。
帰り道。
蝉の声が少しずつ大きくなってきて、夏の気配が漂う。
「ねえ、ぷーのすけ。夏祭りさ……」
「なんや。」
「浴衣、着ようかな。」
「……絶対似合うやろ。」
「ぷーのすけも着てよ。」
「え?俺も?」
「うん。ふたりで浴衣。」
「……悪くないな。」
まぜ太はふふっと笑い、横で歩くぷりっつの手をちょっとだけ触る。
ほんの一瞬だけ。
でもその一瞬で、ぷりっつの心臓は跳ねた。
(……夏、楽しみやな。)
(……まぜ太、絶対に連れて行くからな。)
ふたりは照れながらも、
しっかり“夏祭りデート”の約束を交わした。
夏休みに入ってすぐの夏の夕暮れ、空はまだ明るいのに、地面の熱だけは容赦なく残っている。
まぜ太は自分の浴衣の裾をそっと気にしながら、玄関先でサンダルをつま先でつついた。
「……変じゃない、よな?」
玄関に立つぷりっつは、その姿を見た途端、思わず息を呑んでいた。
紺色に白の細い模様が入った浴衣。髪は少しだけ整えられていて、首筋がいつもより白くて細い。
普段より“整ったまぜ太”は、見慣れないはずなのにすごく似合っていた。
「……めっちゃ似合てるで。びびるくらい」
「へ、変な言い方すんなよ。……でも、ありがと」
照れて耳が赤くなるまぜ太。
その様子がかわいすぎて、ぷりっつは「今日やばい日やな」と心の中でだけ言った。
会場に着くと、提灯の赤がゆらゆら揺れていた。
焼きそばの匂い、金魚すくいの水の音、人混み。夏の全部が二人を包み込む。
「ぷーのすけ、あれやりたい」
まぜ太が指をさしたのは射的。
「ええで。ほら、並ぼ」
順番を待つ間、浴衣の袖同士が軽く触れ合う。
そのちょっとした距離感が、普段よりずっと意識させてきた。
「なあ、ぷーのすけ」
「ん?」
「……今日、なんか楽しい」
気の抜けた一言なのに、妙に心臓に刺さる。
ぷりっつは笑って、軽く肩をぶつけた。
「まだ始まったとこやん。もっと楽しいのこれからやで」
まぜ太は射的で、なんと二発目で景品のぬいぐるみを落とした。
「お、おお!? やった!!」
「お前今日めっちゃ冴えてるな」
「俺、神エイムだからさ」
胸を張るまぜ太。
でもどこか誇らしげにぷりっつの方へちらりと視線を送ってくる。
わたあめを分け合ったり、りんご飴を半分ずつ食べて舌が赤くなって笑ったり。
普通の夏祭りのはずなのに、二人にとっては“初めての特別な夜”だった。
そして、花火
ドンッ、と大きな音が夜空に跳ねる。
頭上で花の形がぱっと広がり、浴衣に色とりどりの光が散った。
まぜ太は空を見上げながら、ふっと小さな声を漏らす。
「……最後に花火、見れてよかった」
“最後に”。
その一言が妙に胸を締めつける。
ぷりっつは隣で息を整え、そっと言う。
「……来年も来よ。ふたりで」
まぜ太はびくっと肩を震わせた。
花火の光の中でもわかるくらい、目元がじんと潤む。
「……また、ぷーのすけと来る」
言い終えた瞬間、涙がこぼれそうになり、慌てて視線をそらす。
誤魔化すように、いつもの調子で言葉を足した。
「お、俺さ…豪運だし…運良く……一年以上生きてるかも、しれねぇし……」
震えた声。
ふざけた言い方なのに、気持ちを隠しきれてなかった。
ぷりっつはゆっくり横を向き、まぜ太の袖をそっと引っ張った。
「……大丈夫、お前強いんやから…生きてるに決まってるやろ。アホ」
その声は叱るより、優しくて、胸がぎゅっと温かくなる。
次の花火が開いた瞬間、まぜ太はその光に照らされながら、涙をこぼさないようにぎゅっと唇を噛んだ。
「……ぷーのすけと来たいから。来れるように、生きてる」
それは告白に近い、夏の夜の本音だった。
祭りの喧騒が少しずつ背中の方へ遠ざかっていく。
提灯の赤い光も、花火の後の賑やかな声も、だんだん静かになっていって、二人の足音だけが夜道にぽつぽつ響いた。
まぜ太は浴衣の袖をひらひら揺らしながら、ほんのり上機嫌の顔で歩いていた。
「……楽しかったな、今日」
「そやな。ずっと笑ってた気するわ、お前」
「笑うだろ……ぷーのすけとだったし」
その言い方が不意打ちみたいで、ぷりっつは少しだけ横を見られなくなった。
でも、その照れをごまかすように、いつもの調子でぽつりと言う。
「……でもな」
「ん?」
「約束、破ったら許さへんからな」
まぜ太はちょっと驚いた顔をして、笑う。
「脅しみたいに言うなよ……。怒ったぷーのすけ怖いから……絶対死ねないな、俺」
「当たり前や」
軽口だった。
そう言ったつもりだった。
けれど——
その“死ねない”という言葉が自分の口から出た瞬間、心のどこかがふっと崩れた。
まぜ太は急に歩みを止める。
「……ぷーのすけ」
「どしたん?」
「……俺……」
声が震えていた。
まぜ太は浴衣の袖を握りしめて、唇を噛んだまま、耐えきれないみたいに俯いた。
「……俺、まだ死にたくない……」
ぽつり。
そして涙が、そのままぽとっと落ちた。
「えっ……まぜ太——」
「だって……来年も……その先も……ぷーのすけと……いたいし… 死にたくねぇよ……まだ……やだ……」
涙は堰を切ったようにあふれて、まぜ太はもう隠す余裕もなかった。
浴衣の袖で目を拭う仕草さえ、幼くて、必死で。
ぷりっつは一歩近づき、そっとまぜ太の腕を掴む。
「すまん、思い出させちゃったか…?そんな……死ぬとか言うな」
「……っ、ごめ……ん……」
「謝らんでええて。怖なったんやろ」
まぜ太はこくんと小さく頷いた。
花火のあとの静けさに包まれた帰り道で、泣き声だけが少し響く。
ぷりっつは、まぜ太の頭に手を伸ばし、ぐしゃっと優しく撫でた。
「……生きろや。オレが横おるから」
「……ほんとに?」
「ほんまや。ウソつくかいな」
まぜ太はその言葉に縋るように、胸元に顔を埋めた。
浴衣越しでもわかるほど震えていて、ぷりっつは背中を包むように抱き寄せる。
「大丈夫や。オレが……ずっと一緒におるから」
「……うん……」
まぜ太は泣きながら、ゆっくり、ぎゅっとしがみついた。
夏の夜気はまだ温かく、二人の影がひとつみたいに寄り添って伸びた。
落ち着いたのは、しばらく歩いてからだった。
まぜ太の肩の震えがようやく止まって、涙の跡だけが頬に薄く残っていた。
夜風がふわりと二人の浴衣を揺らす。
「……ぷーのすけ」
「ん?」
まぜ太はまだ少し赤い目をしていたけれど、はっきりとした声で言った。
「……ごめん。俺……“余命の話しないで”って言ったのに……。俺が勝手に話して……」
自分を責めるみたいに視線が落ちる。
その手がぎゅっと袖を握っていた。
ぷりっつはため息をつくでもなく、怒るでもなく、ただまぜ太の頭に軽く手を置いた。
「お前は悪くねーよ、しょうがないやろ」
「……え?」
「死ぬの怖いのは、みんな一緒や。怖 なったら、話したなるん当たり前やん」
その言葉は、まるで“責める理由なんて最初から無い”って言ってるようだった。
まぜ太の目がゆっくりと上を向く。
「……ぷーのすけ……」
「ほんでな」
ぷりっつはまぜ太の頬の涙の跡を、指でそっと拭ってやる。
「今は、泣かしてまったけど……もう泣かさん。できるだけな」
「……うん……」
ほんの少し、まぜ太の表情に笑みの気配が戻ったのを見て、ぷりっつはそっと話題を変える。
「なぁ、今日さ」
「ん……?」
「夏祭り、めっちゃ楽しかったやん?」
「……楽しかった」
「花火も綺麗で。お前、ずっとはしゃいでて」
「はしゃいでない……」
「はしゃいでた」
軽い会話ができるようになったことが、少しだけ奇跡みたいだった。
そしてぷりっつは、歩く速度を落としながら、ぽつりと本音を漏らす。
「……なぁ、まぜ太」
「なに?」
「まだ……帰りたない。 …家、行ってええ?」
まぜ太は一瞬ぽかんとしたあと、視線をそらして小さく笑った。
「……いいよ。むしろ……来てほしい」
「ほな、行こ」
手を繋ぐわけでもないのに、歩幅が自然と揃う。
夏祭りの余韻の中——
離れたくないと思った気持ちを、そのまま言葉にできた夜だった。
花火の残り香がまだ遠くに漂っていて、二人の影は並んで揺れる。
まぜ太の家へ向かう道のりが、なぜかとても短く感じた。
家の前に着くころには、さっきまでの涙の余韻はすっかり引いていた。
それでも心の奥では、夏祭りの景色と、花火の音がまだ消えずに残っている。
「ただいま……っと」
玄関の鍵を開けると、静かな空気がふたりを迎えた。
普段なら寂しく感じるこの静けさが、今はなぜか落ち着く。
「……ぷーのすけ、入って」
「おじゃましまーす」
ぷりっつが靴を脱ぎながら、ふっとまぜ太の浴衣姿を眺めた。
「……似合っとるな、まぜ太」
「い、今言うなって……恥ずかしい……」
「言いたなったときに言うんが一番ええんやろが」
「……もう……」
まぜ太は耳の後ろを赤くしながらリビングへ向かう。
ふたりとも浴衣のままなのが、なんだか祭りの続きをしてるみたいで嬉しかった。
「飲み物いる? 麦茶でいい?」
「おう。サンキュ」
いつも通りのやり取りなのに、浴衣と夏祭りの帰りというだけで、不思議と距離が近く感じる。
まぜ太が麦茶を手渡すと、ぷりっつは自然に隣へ腰を下ろした。
「……こうして座んの、なんか変やな」
「浴衣だから?」
「せや。なんか……雰囲気あるわ」
「ふ、雰囲気って……」
言われたまぜ太は、また耳を赤くする。
そんな表情を見ると、ぷりっつはどうしても意地悪したくなる。
「今日の花火、綺麗やったよなぁ」
「うん……」
「お前が隣おったから、もっと綺麗に見えたわ」
「……っ、ぷーのすけ急にそういうこと言う……!」
まぜ太が目をそらす。
それでもぷりっつの浴衣の袖を、少しだけ掴んだまま離さない。
「ちょっと、風あたってくる」
まぜ太が立ち上がるのに合わせて、ぷりっつも後ろをついていく。
ベランダの戸を開けると、夜風がふたりの浴衣をゆっくり揺らした。
「……今日、楽しかったな」
「うん。めちゃくちゃ楽しかった」
「まぜ太、笑いっぱなしやったで」
「……ぷーのすけがいたから、だよ」
その一言は、花火よりも胸に響いた。
風の音だけがしばらくふたりの間を通り抜ける。
手を繋いでないのに、指先が触れそうな距離。
まぜ太は少し迷ったあと、そっとぷりっつの袖をまた掴んだ。
「……ねぇ、ぷーのすけ」
「なんや?」
「今日は……帰らないでほしい」
小さな声。
けれど確かに、求めてくれた言葉だった。
ぷりっつは笑ってうなずく。
「帰る気なんて最初からないわ」
「……バカ」
「知っとる」
ふたりはそのままリビングに戻り、少し距離を詰めて並んで座った。
浴衣の袖が触れ合うたび、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
「……なぁ」
まぜ太がぽつりと呟く。
「ずっと今日みたいだったらいいのにな」
「……なるで」
迷いのない声。
「まぜ太が望むなら、どんな日も“今日みたい”にしたる」
「……ぷーのすけ、やっぱ優しい」
「優しいんちゃう。お前が好きなだけや」
「っ……」
ちいさな沈黙。
でも苦しくない沈黙。
やがて、まぜ太がそっと寄りかかった。
「……少しだけ、このまま……」
「好きなだけ寄ってええよ」
夜の静けさと、浴衣の布の擦れる音だけがふたりを包む。
その夜は特別なことは何もしなかった。
ただ隣にいて、寄り添って、笑って——
それだけで十分すぎるほど幸せだった。
朝の光がカーテン越しに差し込み、ソファの上に柔らかい影を落としていた。
昨夜のまま浴衣で並んで寝落ちしたふたりは、同じタイミングで目を覚ます。
「……おはよ、ぷーのすけ」
「おはよ。よう寝とったな、まぜ太」
「……ぷーのすけの隣だと、落ち着くんだよ」
まぜ太はまだ少し寝ぼけた声で笑い、ぷりっつはその顔を見て自然と頬がゆるむ。
「なぁ、まぜ太。昨日の夏祭り……めっちゃ楽しかったな」
「うん、ほんと。今日もまだ余韻ある……」
まぜ太は浴衣の袖をいじりながら、ふと視線を上げた。
「……ねぇ、ぷーのすけ。
またどっか、一緒に行かない?」
「ええで。行きたいとこあるん?」
「うん……。あのね、日帰り旅行がしたい。 遠くじゃなくていいから……ぷーのすけと“初めての旅行”」
言った瞬間、まぜ太の目は期待でほんのり輝いた。
ぷりっつは胸がぎゅっとなるのを感じながらも、明るく笑う。
「ほな旅行にしよか。 場所は……海とかどうや?」
「海……いいじゃん……! ぷーのすけと海……やば……想像したらもう楽しい……」
「まだ行ってへんのに?」
「未来の楽しみを想像するのって幸せなんだよ」
まぜ太の言葉に、ぷりっつの胸の奥がじんわりあたたまる。
“未来”を口にして笑えるまぜ太が、愛おしくて仕方ない。
「じゃあ、行く日決めよ。夏休み中がええよな」
「うん……うん!絶対行こ! 写真とかいっぱい撮って……海入って……夜は花火したりして……」
「なんかもう全部計画立ててへん?」
「だってワクワクするんだもん」
その笑顔は、昨日の涙が嘘みたいに明るかった。
「……ぷーのすけ」
「ん?」
「未来の約束……できるの、嬉しい」
その一言が、たまらなく重くて、あたたかかった。
まぜ太が“未来”を話してくれるだけで、 ぷりっつにとっては何よりの救いだった。
「俺も嬉しいで。 お前と行く初めての旅行……めっちゃ楽しみや」
「ふふ……俺も」
ふたりは顔を見合わせて、同時に笑った。
“その先の景色を一緒に見よう”と、自然に言い合っているような笑い方だった。
浴衣のまま座る朝のリビングに、静かに幸福が満ちていた。
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