この世界に来てから、どのくらい過ぎたのだろう。
いまだにもとの世界に帰る方法は見つかっておらず、私はこの世界の訳のわからない勉強にはげんでいた。 もともと勉強は嫌いではなく、きっちりこなすタイプで赤点は許せない。
しかし、こんな魔法史や魔法薬学を学んだところでなんの役にも立たない。
いったいいつまでこんな生活をしなければいけないのだろう… 放課後の教室で私はため息をつく。
正直もう、うんざりしていた。 騒動に巻き込まれたり、魔法が使えないことで馬鹿にされたりと、私の精神は悲鳴を上げぼろぼろになっていた。 (…早く寮に帰って切ろう…) そう思って、私は教室を出た。
***
寮に着き、部屋を見回すとグリムがいない。
(…そういえば、今日はエース達と遊ぶって言ってたっけ…) これは好都合だ。
戸棚の奥からカッターを取り出し、左腕を捲る。 傷だらけになった汚い腕。 こんな腕を見たら、みんな何て言うんだろう。
唯一、気持ちが落ち着くものがリストカットだった。 腕に刃を当てる。 ああ、もう疲れた。 もうどうだっていい。 自分なんてここにいなくてもいい。 家に帰ったって…ずっと孤独だ どこにも居場所なんて、ない… 私を必要としてくれる人は、いない… この世界にも、もとの世界にも、 独りだ…独りだ…独りだ… 誰も、いない 私は、…私は…………
***
「…仔犬!!!」
凄まじい大声にはっと我にかえる。 部屋の入り口を振り返ると思いもよらない人が立っていた。
「…ク、ルーウェル先生…!」
「何をしているんだ!!」
何を…?
自分の腕を見ると縦横無尽に切り傷で覆われ、血が溢れていた。
「…あ…」
「何をしているんだ!早くカッターを放せ!」 先生は私の手からカッターを叩き落とす。
「腕を見せろ」
「…いや…その…何でも、ないですから…!!」
咄嗟に腕を隠そうとするが、力が入らず簡単に掴まれてしまった。
「何でもない訳ないだろう!!この駄犬が!!」
「…っ」
「なぜこんなことを…」
その言葉に、私の堪忍袋の緒が切れてしまった。
治癒魔法をかけようとする先生の手を振り払い、私は叫んだ。
「……先生に……先生に、何がわかるんですか!!!!」 「……!」
「…私が何をしたって私の勝手です!誰にも迷惑なんてかけてない!」
ボタボタと絨毯に血が垂れていく。
「仔犬!!落ち着け!!」
涙が滲んで、視界が霞んだ。
「エースも、デュースも、グリムも、先輩も、先生も、みんな、みんな嫌いだ…!!こんな生活、もう、嫌だ!!…もう、どうだっていい!!私は…私は…」 「…仔犬!」
一度溢れだしてしまった思いは止まらない 大粒の涙とともに次から次にこぼれていく 流れる涙を拭いもせずに私は叫ぶ。
「…なんで、なんで…私は、誰からも必要とされないの…?どうして誰も、私を認めてくれないの…?私に…生きてる意味、なんて…無い………!」 「……っ!!」
先生が私を抱きしめた。 コートが血で汚れるのも構わずに。
強く。強く。
苦しい程に。
「…大丈夫…大丈夫だ…」
「……っ、…ぐすっ…っ…あああ…!!!」
私は先生の腕の中で、小さな子供のように泣き続けた。
***
どのくらい時間が経ったのだろう。 部屋はすっかり暗くなっていた。
「…………」
「…大丈夫か…?」
先生はずっと、泣いている私を宥めながら傍にいてくれた。
どれだけ酷い言葉を口にしようとも。 ずっと…
そうか、ごめんな、辛かったな、と私の話を聞いてくれた。
「……ごめんなさい…」
「……」
血だらけだった腕は先生の治癒魔法で綺麗になっている。 深い傷は既に塞がっていた。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
「謝らなくていい」
その言葉に私は思わず先生の顔を見つめる。
「…謝るのは俺の方だ…何も気づかなくてすまなかった」
「…先生は、悪くない…です」
「…お前がこんなにも辛い思いをしているなんて…それが自分を傷つける程に…本当にすまない…」
「…………っ」
先生の心からの言葉にまた涙が溢れてきた。 先生はそっと私の腕に触れ辛そうな顔をした。
「…痛かったな…」
私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。 こんなにも親身になってくれる人は初めてだった。 ただ、嬉しかった。
「…先生」
「…お前は『誰からも必要とされていない』と言ったな?」
「…はい」
「それは違うぞ」
「…え?」
「先生方の間で、お前は評判だ。優秀で、優しい、お前が来てくれて良かった、と。」
そんな話が出ているなんて…。
「それから、トラッポラとスペードがいい友達を持ったと自慢していたぞ」
「エース達が…」
意外だった。グリムもそう言っていたという。
「…それに」
「勿論、俺もお前を必要としているさ…だから」 先生は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「もう、こんなことはしないでくれ。何かあったらいつでも言え。俺に何ができるかわからないが、話を聞くくらいならしてやれる。いいか?」
「はい」
自分の中にあった黒い塊がゆっくりと溶かされていく。
私を愛してくれる人が、必要としてくれる人が、ここにはいた。
私が涙を拭って頷くと先生は微笑んで言った。
「goodgirl!習った事を忘れるなよ!」
end
コメント
1件
ヤバい....泣いちゃう