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「そっか。フィルマンとロザンナが上手くいっていない、裏事情が存在していたのね」
エリアスから話を聞いたのは、バルニエ侯爵邸から帰った翌日の朝だった。
昨日、カルヴェ伯爵邸に戻ってすぐ、私はエリアスを捕まえ、そのまま私室で話を聞こうとした。が、ドレスのままというわけにもいかず。
さらに、夕食後は「今日は疲れただろう」という理由で、就寝を余儀なくされたのだ。
夜通し聞いても構わなかったのに、というのが正直な気持ちだった。
強制的に寝かされた私は、その不平不満の感情をニナにぶつけた。勿論、その気持ちの赴くままに。
「結婚前の淑女が、婚約する相手と夜通し共にすることが、どんなことか分かっているのですか!」
ニナから淑女についての高説を、延々と受ける羽目になったのはいうまでもなく。そうしている内に、私は眠りについた。
明日、エリアスから話を聞こう、と思いながら。
しかし、それは簡単なことではなかった。何故ならエリアスは使用人であり、お父様の補佐をする仕事があるのだ。
夜まで待てない、という気持ちも大きいが、何よりエリアスに負担をかけることが嫌だった。
聞きたいことや話したいことが山ほどあっても、疲れているエリアスをそれ以上酷使させたくはなかった。けれど、小分けにして話し合うこともしたくない。
だから朝食前にエリアスを捕まえて、その旨を伝えた。勿論、お父様を説得するのは私の役目。
場所はダイニング。舞台は朝食の席。
「お父様。今日一日だけ、エリアスを貸していただけないでしょうか」
ストレート過ぎただろうか。突然、お父様は咽たのか、咳き込まれた。私は慌てて駆け寄ろうとしたが、手を前に出されてしまい、椅子に座り直す。
「マ、マリアンヌ。それはどういうことだい?」
「ちょっと話したいことがありまして……」
「どこで?」
私は首を傾けた。どこも何も。
「私の部屋ですけれど。ダメですか?」
「……エリアス。説明しなさい」
え? 何でエリアス? 私の回答じゃダメだったの?
「はい。昨日、レリアとの会話で分からないことがあったんだと思います。孤児院のことなど、マリアンヌが知らないことを、言われたのではないでしょうか」
「そ、そうだな。伝えていなかった私の落ち度だ。いいだろう。エリアス、今日の仕事は休んでいい」
「ありがとうございます」
「念のため、分かっているな」
何が『分かっているな』かは、分からなかったが、エリアスが「はい」と答えて今に至る。
多分、私が説明もなしに結論だけ言ってしまったから、お父様を驚かせてしまったのね。今度からは気をつけないと。
「事情がなんであれ、王宮で迷ったレリアが悪い」
私の説明を聞き終えた途端、エリアスは怒りを露わにした。今にも部屋から出て行くのではないかと思うほどに。
しかし、椅子から立ち上がるわけではなかったため、私は宥めることにした。
「フィルマンの方にも非があったのに。エリアスはレリアに厳し過ぎるわ」
「それは――……」
「分かっている。レリアは一緒に育った家族みたいなものでしょう。でも、少しの失敗くらいは許してあげたら?」
王宮へ行くのは、誰だって緊張すると思う。初めてなら尚更だ。加えて、誰も知り合いがいない場所。
迷ったら誰が助けてくれるの? 養女になったばかりのレリアを、誰がバルニエ侯爵令嬢だと証明してくれると言うのだろうか。
保護者であるバルニエ侯爵の姿もない状況で。
考えただけでもゾッとすることだった。
「家族、か」
「違うの?」
「いや、フィルマンが幼なじみだと言ったから」
「エリアス自身は?」
どう思っているの?
孤児院で会った時のレリアは、エリアスのことが好きなんだと思った。家族ではなく、異性として。なら、エリアスは? 家族? それとも――……。
「幼なじみに近い気がするんだ。あんなのが家族だと思いたくはないからな」
「あんなのって……。あまりいい思い出じゃないってこと?」
少なくとも、レリアからはそんな印象は受けない。
ん? 何? エリアスが驚いた顔をしている。また私、変なことでも言った?
「あっ、ごめん。てっきり知っているのかと思ったんだ」
「何を? もしかして孤児院にいた時の話を、レリアから聞いたと思っているの? ないない。そういうのはちゃんと、エリアスから聞くよ」
「そ、そうじゃなくて。乙女ゲームとかいうので、知っているのかと思ったんだ」
意外な答えに、今度は私が驚いた表情になった。
「……何で?」
「聞かれたことがなかったから」
「……確かに、言わなかったかも。で、でもそれは、知っているとかじゃなくて、聞く余裕がなかっただけで、その……」
なんて言えばいいんだろう。
1,今更だけど聞いてみる
2,また今度、聞かせてと言う
3,気まずくて何も言わない
どれも結局、気まずくなると思うんだけど。何も言わないよりかはいいかな。
だとすると、今か後になるよね。今か、後か。う~ん。
「今、聞いてもいいかな」
すると、選択を間違えたような反応が返ってきた。
「ごめんなさい。やっぱり聞かれたくないよね」
「いや、違うんだ。何から話せばいいのか分からないだけで、聞いて、ほしい」
「……それじゃ、レリアのことを教えて。デビュタントで会うことになるし、仲良くなりたいから」
内心、レリアを出しに使ってごめんなさいと謝った。しかし、この選択も微妙だったらしい。
複雑な顔をされてしまった。
「も、勿論、一番はエリアスのことだけど。迷っているのなら、どうかなって思ったの」
「……昨日、フィルマンに話したことでいいなら話す」
エリアスは表情を曇らせたまま、そう告げた。視線も逸らし、声音でも不満だと訴えていた。
だったら、すぐに自分の話をすればいいのに。
その途端、私は口元に手を当てて笑った。拗ねたエリアスが、あまりにも可愛かったものだから。