ごうごうと唸る、風のようなモンスターの笑い声が響く。
俺は『視力強化』によって見つめた先にいる枯れたミイラたちから視線を外して、森の全体を見回した。
だが、どこにも普通の木など一本として生えていない。
中国の世界遺産みたいな風景の、谷間に生い茂った木々。その全てがミイラみたいなモンスターである光景は、流石に気持ち悪さを覚える。
だが、幸いなことに向こうからこちらに仕掛けてくる気配はない。
だからと言って、ただの景色として見逃せるようなものでもなく……俺は、1つ目の小僧に尋ねた。
「……あれは全部モンスターなの?」
『へい』
果たして、モンスターは素早く頷いた。
『あれは成れの果てでさぁ。もはや動くこともままならねぇ、“魔”としても半分死んじまってるんでさぁ』
「だとしたら、こっちに魔法は撃ってこない?」
『いんや。近づけば何をしてくるかは分かんねぇ。気をつけてくだせぇ』
近づくなって言うけど、モンスターがいないところ無くない?
なんてことを思っていると、遅れて周りの状況に気がついたアヤちゃんとニーナちゃんが引きつった声を喉の奥から漏らした。
俺はそんな2人が現状を受け入れる暇を待たず、再び1つ目のモンスターに尋ねる。
「ねぇ、あの木みたいなモンスターは近づいたら何してくるか分からないって言うけど……だったらどうやって鬼腫キシュを探せばいいの?」
『良いことを聞いてくださった。あっしらはね、こっちから動かなくて良いんですよ』
「どうして?」
そうやってモンスターに聞くと、彼はにまりと笑った。
『鬼腫キシュは人の命に目ざといんでさぁ。だが、その代わり知恵がねぇんだ。だって、ほらこんな場所だ。知恵比べをする法師もいないでしょう』
モンスターが「当たり前でしょ?」と言わんばかりに肩をすくめる。
『まぁ簡単に言ってしまえば、鬼腫キシュってーのは赤子みたいなもんなんですわ。力を得たいという本能のままに動く“魔”だと思ってくれればええ』
「じゃあ、ここで待ってれば来るってこと?」
『いんや。待ってるだけじゃあねぇ。呼・び・出・し・や・す・』
1つ目のモンスターがそう言うと胸元に手を入れて取り出したのは小さな鈴だった。
それは酷く錆びていて緑と青の中間みたいな色をしており、長い間使いこまれたんだろうということが分かる。
そんな鈴を手にした状態で、モンスターは顔をあげた。
『坊っちゃんに嬢ちゃん方。準備は良いですかい』
「うん」
俺が頷くと、隣にいたアヤちゃんたちも同じように頷いた。
そんな俺たちの様子を見てからモンスターはその鈴を左右に小さく振る。
振った瞬間、りぃいいんん、と透き通るような心地良い音が仙境に響き渡った。
鬼腫キシュは『第五階位』。
準備さえしていれば負けないだろうが、舐めてかかると足元をすくわれてしまう相手だ。
だから俺は覚悟を決めるようにぎゅっと握りこぶしを握った。
そうして、鬼腫キシュが現れるのを静かに待つ。
「…………」
モンスターの鳴らした鈴の音がだんだんと小さくなっていく。
異変は何も起きない。俺たちに向かって『導糸シルベイト』も伸びてこない。
そうして澄んだ鈴の音が充分に世界に溶け込むのを待ってから、俺は口を開いた。
「何も来ないけど」
『いんや』
俺の問いかけに、モンスターが静かに首を振った。
振った瞬間――ごう、と風が渦巻く。
今度こそちゃんと吹き抜けた風に乗るようにして、枯れた老人たちの頭上たちを覆っていた葉っぱが嵐のようにぐるりと群体をなすと天高く舞い上がった。
『今ので他の“魔”が起きちまうんですわ』
まるでヘビのように空中で一回りした葉っぱの群体は、迷うこと無く俺たちに向かって突っ込んでくる。
「葉っぱが動いてる!?」
「アヤちゃん。あれは葉っぱじゃないよ」
俺はすでに展開していた『視力強化』の魔法で敵の正体を見ながら告げだ。
「あれはモンスターなんだ」
強化された視界に映っているのは、緑・色・の・指・である。
人間の指がまるでイモムシのように群体をなし、それが空へと舞い上がると俺たちに向かって襲いかかってくる。
だから俺は『導糸シルベイト』を網のように編み込んで、モンスターたちに向かって放った。
「もしかして、こいつら燃やさないと祓えない?」
『へへ! 流石、坊っちゃん。なんでもご存知だ』
鍛冶師のところを訪れた際、出てきた手長のモンスターがそうだったからもしかして……と思ったのだが、まさかのドンピシャ。
仙境のモンスターって燃やさないと祓えないんだろうな、と思っていると隣にいたニーナちゃんが、何かに乞い願うようまっすぐ手を伸ばした。
そして、魔力集めて魔法を使う。
「……『燃やして』」
しかし、その言葉は虚しく妖精は形にならない。
ただ、震える手がわずかに空を切る痛ましい光景が残されただけ。
彼女はまだ、魔法が使えない。
「大丈夫だよ、ニーナちゃん」
俺はニーナちゃんを安心させるためにそう言うと『導糸シルベイト』を網目状に展開して詠唱。
「『焔蜘蛛ホムラグモ』」
ごう、と空に張った『導糸シルベイト』が燃え上がる。
その燃える網に絡まった指たちが恐ろしいほど簡単に燃え果てる。
まるで最初から油でも塗られているんじゃないかと思うほどの可燃性に、隣にいたアヤちゃんがちょっと引きつった声をもらした。
「よ、よく燃えるね」
「おかげで祓いやすいよ」
そのまま俺は『焔蜘蛛ホムラグモ』で空飛ぶモンスターたちを覆っていく。
それやってやるだけで、こちらに襲いかかってきた指が全て黒い煙になった。
その煙が晴れていくのを見ていると、アヤちゃんが俺の腕を引っ張る。
「イツキくん。下、下!」
彼女の声に導かれるまま俺が視線を落とすと、俺たちが立っている場所……その高台に向かってモンスターたちが一斉に上がってきていた。
その見た目の気持ち悪いこと。気持ち悪いこと。
まず簡単にいえばカタツムリみたいな見た目をしている。しているのだが、モンスターの顔は明らかに人間のソレである。だが、瞳が違う。モンスターの瞳はカタツムリのように伸びているが、頭から目の代わりに伸びているのは人間の腕なのだ。
その腕が俺たちを捕まえようと必死に伸ばされ、モンスターたちが言葉を紡ぐ。
『置いてけ、置いてけ』
『顔だけ、置いてけ』
『腕でも良いぞ』
『足でも良い』
『どこだって良いんだよ!』
そんな数十体のモンスターがカタツムリとは思えないほどの速さで崖を登ってきているのである。
俺はそれに向かって『導糸シルベイト』を向けた。
伸ばす糸は十本。これだけあれば充分だろう。
「『焔蜂ホムラバチ』」
生み出した炎の槍が、俺の与えた初速と重力を踏まえた二重の加速でモンスターたちに向かって接敵。爆発。
ズズン……と、重い音とともに地面が僅かに揺れる。
だが、効き目は十分。モンスターのたちは爆炎と爆風に巻き込まれて、黒い霧になって消えていった。
『ひえ〜! さすがは坊っちゃん。乙種を祓っちまったのも納得ですわ!』
モンスターを祓ったら、モンスターから拍手された。
それで良いのか。仲間じゃないのか。
しかし、ツッコミを入れている間ももったいなく次はどこから攻めてくるのかと俺はぐるりと視線を回す。そうやって視線を回している最中、俺は地面の揺れが止まっていないことに気がついた。
「……地震?」
別に日本に住んでいれば何もおかしくはないのだが、それが仙境でも起きるのかと思ったその瞬間、ガバッ! と高・台・が・斜・め・っ・た・。
当然、急にそんな体勢が崩れて立っていられるわけがない。
俺たちは急に空中に突き飛ばされて、当然、重力に引かれて地面に落下する。
『うへぇ!?』
「きゃあああああ!!!」
「……ひぅっ!」
「……っ!」
みんなバラバラの悲鳴をあげながら落ちていく中、俺は思わず真下を見た。
地面まではおよそ数十メートル。
落下に備そなえ『導糸シルベイト』を練り上げようとした瞬間、その合間に1つ目のモンスターが差し込んだ。
『坊っちゃん! いた!! 鬼腫キシュだ』
「どこ!?」
『前! あっしらの眼の前にいる!』
その声を信じて俺は目線を持ち上げ――そして、気がついた。
『でっけぇ! このデカさの鬼腫キシュなんて、あっしも初めて見ましたわ!!』
俺たちの立っていた高台そ・の・も・の・が・動いていることに。
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