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「ふぅ、やっと終わった」
殆どの生徒が帰ったあと。美化委員の仕事を終え、教室に戻ってきた私はふと1つの机に目が止まる。
「ほむらちゃんの机…」
忘れ物だろうか?机に置かれていた1冊の本を手に取る。
タイトルは今昔和歌集。和歌は古典の時間に少し習ったけれど、難しいやつだった記憶がある。
でもほむらちゃんが読んでるのなら。と興味本位でページをめくっていく。
色んな歌があるなぁ。なんて思っていると角が折られたページを見つけた。よく見ると上に紫色のペンで印が付けられている和歌がある。
〘ゆうぐれは雲のはたてにものぞ思う天つ空なる人を恋ふとて〙
〘 意味 : 夕暮れになると雲を見ながら、空のように手が届かないところにいる恋人を思うだけで時間が過ぎていきます〙
「これって…….」
明らかに恋の歌だった。そうだよね。ほむらちゃんにも好きな人いるよね。と納得すると同時にガックリしてしまう自分に嫌気がさす。
はぁ…..。と肩を落とした所で誰かが廊下を走ってくる音が聞こえた。こっちに向かってきている。咄嗟に隠れたつもりが、教室に入ってきたその人物にすぐ見つかってしまう。
「まどか?何をしているの?」
「あ、えへへ。ちょっと…ね。」
「それ…..」
「あっ…」
時すでに遅しとはこういう事を言うのだろう。私の腕の中にはほむらちゃんの本が抱かれていた。
「もしかして読んだの…?」
ほむらちゃんの顔が青ざめていくのが目に見える。
「う、うん。勝手に読んじゃってごめんね…」
そう言うとほむらちゃんはいいえ。大丈夫よ。といいながらも距離を詰めてくる。
「ほ、ほむらちゃん…?ちょっと…!」
気づけば私は教室の隅まで追いやられていた。
トンっと壁に手を置くほむらちゃん。
「まどか」
「な、なに…かな」
「読んでどうだった?」
意外だった。もっとこう…勝手に読んだことを怒られると思っていたから。
「え、えと。ほむらちゃん。頑張って、きっと大丈夫だよ」
「は…?」
「だ、だからその。好きな人の事。ほむらちゃんなら絶対大丈夫だから」
「そう…なのかしら」
「そうだよ!」
そう言い終わった瞬間。ほむらちゃんが壁についていた手を私の背中に回してきた。伝わる体温が心地いい。
「………まどか。私はあなたの事が好き。愛しているわ、何があっても守ってみせる」
カッと顔が赤くなるのがわかる。心臓が脈打って呼吸が上手くできない。ほむらちゃんは私の肩に手を乗せ目を伏せたままじっと返事を待ってくれている。
どれぐらい経っただろうか?いや、一瞬だったのかもしれない。私はすうっと息を吸い込み、落ち着いたところで口を開く。
「私もほむらちゃんの事。好きだよ」
そう伝えると伏せられていた顔がパッとこちらを向く。
「ほむらちゃん?!」
ほむらちゃんは泣いていた。沢山の光の粒を落としながら。
そしてもう一度私をぎゅっと抱きしめてくる。
「良かった…。まどかも同じ気持ちだったんだね。もっと早く伝えていればこんなっ…..!ごめんね、まどか…」
「どうして謝るの?」
私がそう聞くとほむらちゃんは私の背から手を離し、どこか悲しそうな笑顔を向けてきた。そこにはもう涙はなくて…。
「瀬を早み岩にせかるゝ滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ…..。さようなら、まどか。」
アメジストの光が辺りに溢れ、眩しくて思わず目を閉じる。
────カラスの鳴き声で私はハッとする。
「あれ…?私何をして…..」
気づけば教室の隅で一人座り込んでいた。いつもならもう家に帰っている時間帯。私は慌てふためきながら帰路に着く。
その夜、宿題の為に鞄を開けると見覚えの無い本が入っているのに気がついた。
「今昔和歌集?」
どんなものかとペラペラめくっていく。
「このページ、折り目がついてる。」
恋しき別れ歌。と題したそのページに載っていた和歌はどこかで聞いたような、そんな気がするものだった。
「えぇっと、意味は…..」
〘 意味 : 川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた滝のように急流が2つに分かれる。しかしまた1つになるように、あなたと離れていてもまたいつか再会したいと思います〙
「…….私なにか、とても大切な事を忘れている気がする」
思い出せない。けれどこの本。このページが手がかりなような。そんな気がした私は、その本を優しく抱きしめてから本棚へとしまうのだった。