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「とりあえず、そこんところを踏まえて、江藤ちんと付き合ったんです。男と付き合うのが初めてだったけど、前の彼女に言われた態度を改めて付き合ったら、それがウザいにもほどがあるって怒鳴られました」
「えっ?」
宮本を撫でていた手を引っ込めて、橋本は驚愕の表情を浮かべた。
「俺なんかには勿体ないくらいに江藤ちんは格好いいから、当然女のコにもモテていたし、それを目の当たりにしたら、自分の感情が抑えられなくて、人目もはばからずに手を繋いだりなんていうスキンシップをした結果、本人の怒りを買ってしまう原因になったんです」
「そりゃ、怒られるのは当然だろうな。奇異な目で見られる同性同士の恋愛は、普通は隠すものだから」
橋本の告げた言葉を、江藤と恋愛していた大学時代に聞きたかったと切に思った。だが時間は、無情にも取り戻すことはできない。
「当時の俺は、江藤ちんが怒る理由がわからなかったんです。それだけ彼との恋愛に、夢中になっていたからでしょうね」
「雅輝……」
タンブラーの表面についている水滴を、右手の親指で拭った。拭ったら周りについてる水滴が大きな塊になって、涙のように零れていく。
「でもどこかで上手くいかなくなるってことが、何となくだけどわかってました。彼の笑顔の回数が、どんどん減っていましたから。高校生だった弟の佑輝の面倒を見ているときの江藤ちんのほうが、すっごく嬉しそうに笑っていたっけな」
「随分と不器用な恋愛をしたんだな、おまえ……」
(踏ん切りのつかない恋愛をしている人に、不器用って言われるとは――)
喉が渇いたのでウーロン茶を飲みつつ隣を見たら、橋本は白目を真っ赤にして口元を押さえていた。今にも泣き出しそうなその様子に、飲みかけたウーロン茶を吹き出しそうになる。
「よ、陽さん大丈夫ですか?」
「悪かったな。つらいことを無理……に話をさせてし、まって」
「大丈夫ですよ、もう終わったことですし」
へっちゃらだというのを示すべく、思いっきり笑ってみせた途端に、目の前のカウンターに突っ伏してうずくまった橋本。予想外の展開に顔を引きつらせながら、慌てて周りを見渡した。
「陽さん、あの……」
「俺は自分の興味本位だけでっ、ぐすっ、おまえから話を聞き出すという、酷いことをしちまった。なんて……最低な男なんだ」
鼻をズビズビすする橋本を目の当たりにして、宮本も泣きたくなった。過去の悲惨な自身の恋愛を語ったせいで悲しくなったのではなく、橋本を泣かせてしまったことについてである。
(江藤ちんが怒り上戸で陽さんは泣き上戸とか、俺の友達は酒を飲むとどうして問題行動を起こすんだろう)
突っ伏してめそめそし続ける橋本を背中を撫でて宥めていたら、泣き疲れたのか眠ってしまった。しょうがないのでそのままにして、自分のお腹を満たすべく、冷めてしまったチャーハンをやっと口にする。
「宮本っちゃんの友達は揃ってイケメンなのに、酒にやられる人が多いのな」
背後にあるテーブルの上を片付けをはじめた店長が、弾んだ声を宮本にかけた。
「アハハ、どうしてでしょうね」
「おまえがいい奴だからだろ。優しいから甘えたくなるのかも」
「そこまで優しくもないですって。傷つきたくないから、保身にかけては人一倍ピカイチですよ」
胸を張って得意げに豪語した宮本に、店長は片付けの手を止めて、ふるふると首を横に振った。
「普段はのほほんとした宮本っちゃんが、ハンドルを握りしめると、人が変わるんだから不思議だよな。白銀の流星と呼ばれたおまえの走りには誰も追いつけなかったし、チームの誇りだったのに」
「それは昔の話ですって。今はデコトラが俺の相棒です」
宮本は両手を使ってハートの形を作ってみせると、店長はお盆に食器を載せながら至極残念そうな表情を浮かべつつ、微苦笑を口元に湛えた。
「俺としてはおまえが運転していたロータリー音が、耳について離れないって言うのに。忙しいかもしれないが、たまにはチームに顔を出してくれよ。NSXの新車を買ったんだ。宮本っちゃんの腕で、エンジンを回してほしくてさ」
「わかりました。現場にはデコトラで駆けつけることになりますし、NSXのエンジンを回すにしても、走りは8割が限界ですよ。人様の車を傷つけるわけにはいかないですから」
「やっぱり、全開の運転はもう見られないのか。残念だな……」
眉を下げて顔に諦めの表情を表わした店長が宮本の脇を通り過ぎてから、足をぴたりと止めた。
「眠りこけたお連れ様は、お向かいにあるビジネスホテルに連れて行くのか?」
「はい。彼の家も知らないし、自宅に連れ帰るにはちょっと……」
「確かに! 宮本っちゃんのヲタク部屋を見たら、間違いなく卒倒するだろうな」
「店長……」
思いっきりむくれた宮本を見て、可笑しいと言わんばかりの声をこれでもかと出して、店長は笑い飛ばした。
「宮本っちゃんそんなんだと、いつまで経っても恋人ができないぞ」
「いいんです。デコトラに描かれている天女様が俺の恋人だから、リアルの恋人は必要ないんですっ」
言い終えた後にあっかんべーをすると、店長は肩を竦めてやり過ごし、逃げるようにその場を去って行った。
江藤との別れを忘れるために、バイトに精を出した。それを元手に中古車を買い、ひたすら走りに打ち込んでいたあの頃が懐かしい。
その車も今はデコトラに成り代わり、仕事として荷物を運ぶ日々を送っている以上、恋人を作る暇すらなかった。自分の周りに、そこまで魅力的な人がいないというのもあったが――。
友達とこうして気軽にやり取りするほうが楽しかったし、恋人として付き合うという気苦労を、進んでしたいとはどうしても思えずにいた。
(俺みたいな見てくれの悪い奴が売れ残るのはわかるけど、渋い二枚目この人がロンリーなのが謎すぎる)
自分の片腕を枕にしてカウンターで眠る、橋本をじっと眺めた。どこかつらそうに眉根を寄せながら、目頭に涙を溜めているのに気がつき、優しくそれを拭ってやる。
「終わった俺の恋に涙するよりも、自分の恋をさっさと諦めて違う人を好きになれば、陽さんならきっと上手くいくと思うのにな。俺よりも愛情が深くて格好いいこの人なら、誰だって好きになるだろうに」
ぽつりと呟いてから、残っている宮本スペシャルを食べ終え、会計を済ませた。橋本をよいしょと背負い込むと、店長が店の扉を開けて見送ってくれる。
「宮本っちゃんがそうやって誰かをおぶっているのを見たら、チームでバカ騒ぎして飲んだくれたことを思い出すな。俺は店の片づけをして、おまえは誰かの介抱をするのに、あのビジネスホテルまで連れて行くという、役割分担をしたっけ」
「実は同じことを、俺もさっき思い出しました。久しぶりに、またバカ騒ぎしたいですね」
「だったらおまえが、チームに顔を出したら打ち合わせしようぜ。気をつけてな」
礼を言って頭を下げると、爽やかにほほ笑んだ店長が手を振って送り出してくれた。そのままビジネスホテルに行き、ツインの部屋にチェックインしたのだった。