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ツインの部屋に到着して、宮本は背負っていた橋本をベッドに横たえさせた。荷物運びを仕事にしているので人ひとりを運ぶのは、宮本にとっては造作のないことだったが――。
「陽さん、起きてください。ホテルに着きましたよ」
声をかけながら、ゆさゆさ揺さぶってみたが、まったく起きる気配はなかった。
(これはやっぱり、俺が服を脱がすことになるよな。普通の友達ならいざ知らず、相手がゲイだからこそ気を遣う。途中で目が覚めて騒がれたら、マジでどうしよう……)
ビクビクしつつも、橋本の上半身を引っ張り起こし、まずは紺色のブレザーを脱がして、壁にあったハンガーにそれをかける。振り返って橋本の様子を窺ってみたが、ベッドの上に仰向けで眠りこけたままだった。
躊躇いながら、次にネクタイを手にかけて解き、ワイシャツから抜き取ろうとしたときに、いきなり橋本が目を開けた。
「あ、起きたんですね」
宮本がほっと安心した刹那、橋本の両腕がいきなり絡みついたと思ったら、目の前の景色が一転した。背中にベッドのスプリングを感じたと同時に、人の重みも躰に感じて、目を丸くするしかない。
――これって、ちょっと……!
焦る間もなく天井の景色が橋本の顔に変わり、唇が重ねられる。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
声にならない声をあげた宮本だったが、焦りながらも、橋本の両肩に手をかけて、ぐいっと押し上げた。
「なっ何してるんですか、陽さんっ!」
「恭介……」
「違う違う! 俺は雅輝だってば」
喚くように騒ぎ立てた宮本の声に反応して、橋本がハッとした表情になった。
「酔っぱらった揚げ句に、寝ぼけて人違いするなんて、ドジなところもあるんですね」
言いながら起き上がろうとしたら、大きな手が宮本の肩根を掴んで、ベッドの上へと押し戻す。信じられない行動に驚いて見上げると、橋本の顔がいつもと違っていた。
自分に注がれる、射竦めるような眼差しだけじゃなく、半開きになった唇は荒い呼吸を繰り返していて、まるでこれからヤっちゃうぞという雰囲気をひしひしと感じた瞬間に、肌がぞわっと粟立った。
「何で怯えた顔してるんだ、雅輝。はじめてじゃないだろ」
「はじめてに決まってるでしょ……。友達とは、こんなことをしませんから」
抵抗すべく、肩を押さえつけている橋本の腕に手をかけたが、思うように力が入らないことに、ひどく焦りまくった。
それは、どこか縋るような手つきになるので、まるで橋本を欲しがっているようにとられてしまったらヤバいと、ここぞとばかりに焦燥感に駆られた。
「何を言いだすかと思ったら、江藤ちんだってもとは友達だろ。俺様のものになれとか言われて、悦んで受け入れてたくせに」
「ちがっ、俺は悦んで受け入れたりしませんって。アイツが受け入れてくれましたし……」
「へっ? もしかしておまえ、タチなの?」
橋本が告げた単語の意味がわからなくて、目を瞬かせながらキョトンとした。
「えっと、雅輝が俺様を抱いていたのか?」
宮本の様子を素早く察し、言葉を変えて質問した橋本に、無言のまま頷いてみせた。
「マジかよ……。イケメンな俺様が、おとなしそうなおまえを相手にしていると思った。逆だったという事実が衝撃的過ぎて、すげぇ驚きなんだけど」
圧し掛かっていた橋本が退き、ベッドの上でなぜだか正座をする。
無事に解放されて、 襲われないことがわかったものの、同じベッドにいられるような鋼の精神を持ち合わせていないので、自分が寝る予定でいたベッドに移動して腰かけた。
「……陽さんはキョウスケさんが好きなのに、どうして俺に手を出したんですか?」
友達だと思った橋本が、自分を襲ってきたことが信じられなくて、疑問を口にしてみた。
「あー、それはムラムラした勢いというか」
「男だから、そういう気分になるのはわかります。だけどムラムラしたからって、誰彼構わず見境なくヤってしまおうとすることが、俺としては信じられませんっ。キョウスケさん一すじって言ったくせに、これじゃあ一すじじゃないですよ」
ふたりの間を、険悪な空気が包み込んだ。あまりの居心地の悪さに橋本は黙ったまま俯き、宮本は音もなく腰をあげる。
「一緒に泊まろうと思ったんですけど、身の危険を感じるので自宅に帰ります。ここの代金は先払いしてありますので、お帰りの際はテーブルに置いてあるキーを、フロントに出してください」
「ぉ、おい……」
宮本は伝えなければならないことを一方的に告げて、振り返らずに部屋を飛び出した。
次の日になり、橋本からアプリのメッセージを使って謝罪の文面が送られてきたが、既読無視を貫いた。その理由は、とある行動を起こそうと考えついたせいだった。
これまでのやり取りで、橋本の行動パターンがわかっている情報を元に、アタックしてみようと宮本は思い立った。