コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それは、空に満天の星が輝いている日だった。
「偉月」
僕の名前を、この空の色のように落ち着き、透き通る声で呼ぶ君の姿は、まさに星そのものだった。
新品の、慣れない制服に手を通して、リュックを背負う。桜が散る道を一人で歩く。空を見上げると、そこには月が、朝日に照らされてぽっかりと浮かんでいた。
僕は高校生になった。入学式を終え、一週間経っても、高校にはまだ一人で通っていた。一緒に登下校する友達なんて、最初から出来ると思ってなかったし、望んでもいなかった。登下校だけじゃなく、教室にいるときも、一人で過ごしていたいし、昼休みも一人で弁当を食べていたい。でも、そんな僕でも一つだけ、高校生になったら叶えたいことがあった。
それは、月や星について語り合える仲間をつくること。
すごく仲良くならなくたっていい。僕と同じように、友達を必要としていない、ただ、語り合える相手が欲しかった。
月が好きになったのは小学生低学年の頃だった。自分の名前に「月」が入っているから、という理由だったが、月を見たり、調べたりしているうちに、月の魅力に惹かれていった。それと同時に星や宇宙にも興味を持った。ただの友達という存在が嫌いだった僕にとって、月や星は初めての良い友達だったのかもしれない。
僕は高校で月仲間を作るために、まずは天文部に入ることにした。
学校に着いて、普通に授業を受けて。放課後までの時間はそう長くは感じられなかった。
天文部の部室にゆっくり向かう。校舎の最上階の四階の、一番奥がその部屋だった。深呼吸してから、ドアノブに手をかける。それと同時に、扉の向こうの誰かがドアノブを捻って、開けた。僕はドアノブを握ったまま、部屋に引っ張られる。
「……え…」
「わっ」
2人とも、そのまま倒れるように転んでしまった。僕は転ぶ恐怖で閉じていた目をゆっくり開いた。そこには、長い黒髪に透き通るような白い肌の君が、仰向けになっていた。
僕は今の状況の理解に時間がかかって数秒動けなかったが、我に返ってすぐ立ち上がった。驚いたのと、女子とこんなに距離が近くなったことがなかったのとで、心臓がすごくバクバクしている。相手に聞かれていないだろうか。
僕の驚く表情を見てか、君はぷっと吹き出した。
「君、天文部に入るの?」
まだ心臓がうるさくて上手く話せず、僕はコクコクと頷いた。
「そっか。」
君は落ち着いた声をしていた。
天文部の部室は、人数が少ない部活だからか、少し狭かった。小さい窓があって、少し大きな机が一つと、椅子が何個か置いてある。君は椅子を窓の近くに持っていって、ゆっくり腰掛けた。僕はやっと落ち着いてきた心臓をまたうるさくさせないよう、君から少し離れた椅子に座った。
少し沈黙が流れた。何か話しかけようか、と僕が悩んでいると、君はゆっくり口を開いた。
「私も天文部に入るんだ。私の名前は藍川星那。君は?」
僕もゆっくりと口を開く。
「俺は、栖雲偉月。」
僕の名前を聞いて、ぴくっと反応した。
「…もしかして、月、好き?」
「…なんでわかったの」
「名前に月が入ってるから。」
そこまで分かるなんて、と僕は驚いた。君はそんな僕には構わず話を続ける。
「私も、自分の名前に星があるから、星が大好きなの。生まれ変わったら星になりたいくらい。」
そう言って、君は僕を見て、ふわっと笑った。
どきっとした。君の笑顔は人を安心させるような、心を満たしていくようなものだった。