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「雅輝、悪い。気づかなくて」
「しょうがないよ。薄暗がりで視界が悪い上に、雑草が覆いかぶさって、穴が隠されていたし。でもこういうのがあるから、地元の走り屋には敵わないんだよな」
その後、たくさんのタイヤ痕のついたS字のコーナーを、二台とも難なく華麗にクリアした。
「敵わないと言ってるくせに、勝つ気でいるんだろ?」
「車種は違っていても、所詮車は車。同じように真似して走れば、これ以上離されることはないと思う」
橋本に向かって、左手親指を立ててみせた宮本の余裕のある表情に、思わず笑みが零れる。離されることはないと言ってのけた宮本が、宣言どおりにやることがわかったから。
「雅輝が攻略できなかったところって、もしかして大きな急コーナーだったりする?」
完璧に走りこなす宮本が攻略できなかった場所を、橋本なりに特定してみた。それは三笠山にはない、かなり大きなカーブだった。ヒルクライムではアクセルを開けながらコーナーに沿ってひた走ればいいところだが、ダウンヒルになると様子が一変する。
「それくらい、陽さんにもわかっちゃうか」
「派手なドリフトするおまえでも、あのコーナーは難敵だろ。今より傾斜がさらになくなってなだらかになるせいで、スピードがまったく乗らない。それなのに大きなコーナーでドリフトするには、ある程度のスピードが必要だから――」
「急コーナーまでスピードを殺さずに、すべてのコーナーをクリアして突破しないと、ドリフトが途中で止まっちゃうんだよ。一か所でもミスったら急コーナーの三分の一で止まっちゃうという、格好悪い姿を晒すことになる」
橋本の言葉を攫うように、宮本が続けてその後に訪れるであろう真実を告げた。
「雅輝はドリフトが好きだから、この場所を教えたが、まさかあの女に絡まれることまで想定できなかった」
目の前を悠然と走行するワンエイティを、橋本はため息まじりに眺めた。宮本に負けるとも劣らないその走りは、見ていて惚れぼれするものがあった。
「公道というところで、限界を超えたスピードで走れる場所は限られているし、それはしょうがないよ」
「しょうがなくねぇって! 俺の雅輝に色目を使いやがって」
自分ができない走りに、女性の躰を武器に使いながら宮本に媚を売った女の行動を思い出し、橋本の中に苛立ちが自然と募っていった。
「陽さん……」
「あからさますぎるんだよ、あの態度」
橋本は忌々しげに告げるなり、ぷいっと顔を背けた。
「そんなふうにヤキモチ妬かれたら、今すぐ陽さんを抱きたくなる」
ベッドでよく聞く宮本の掠れた低い声が、エンジン音にまじって、橋本の耳に届いた。