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『今、500人を超える参列者から供えられた献花台の前で、故・秋元裕孝様の奥様であられます葉子様より、ご挨拶がございます』
献花台の前に立ったブラックスーツを着た女性は、献花台の前で参列者に深々とお辞儀をする。
横では、制服を着た女子高生が、遺影を胸に抱え、同じく頭を下げた。
『本日で、夫、裕孝がこの世を去りましてから、ちょうど百日が経過致しました。
皆様におかれましてはあまりに急すぎる夫の死を悼み、今日まで我々家族と秋元グループを支えて下さいましたことを、心より御礼申し上げます。
夫もきっと、雲の上から皆様の温かいご厚意と、秋元グループのさらなる飛躍を、心より喜んでいると信じて止みません』
言いながらわざとらしく鼻を啜る。
「またやってんの?このセレモニーの映像。何回目だよ」
リモコンを持ちチャンネルを変えようとする従業員、堤俊明(つつみとしあき)の手を掴んで制すると、小口美央(こぐちみお)は、テレビ画面に視線を戻した。
『あの日、私が夫に買い物など頼まなければ。今も彼は私の横で、この秋の柔らかな陽射しの中、清々しい青空を眺めていたかと思うと、涙が止まりません……』
カメラに映ることを十分意識した上等なレースのハンカチで、目元を拭く。
「泣く前に赤毛を染めて来いよ……法要なんだろ」
堤が毒づくのを、
「し!」
美央は睨んだ。
シーンはセレモニー後のインタビューに切り替わる。
『私は今でも、主人の死は、事故ではなく事件だったと思っております』
泣きはらしたような瞼は、よく見れば赤いシャドーであることがわかる。
口を覆う白い手には、パールが埋め込まれたネイルが施してある。
―――どこまでも胡散臭い女……。
美央は目を細めた。
『裁判まで日がありませんが、向こう側から何かアクション等はありますか』
インタビュアーが彼女にマイクを向ける。
『いえ、何かあったとしてもそれは弁護士さんに全てお任せしておりますので』
『そうですか。奥様は裁判でも、ご意見は変わらないと』
『無論です。主人の無念を晴らすことができるのは私たちしかいないんですから……!』
顔を伏せた彼女の代わりに、カメラは隣の女子高生を写す。
俯いた顔。
「似てないな。この親子」
堤が呟く。
「当たり前でしょ。だって父親の連れ子だもん」
美央は頬杖をつきながら画面を見つめた。
「裁判に来るすかね、瑛士(えいじ)さん」
「知らない」
美央はため息をつきながら食べ終わった弁当箱を片付け始めた。
「弁護士さんはなんて?」
堤が食い入るように美央を覗き込む。
「連絡が取れなくて困ってるって」
美央は保冷バックに弁当箱を入れると、頷きながら息を吐いた。
「あ、そうだ。午後一で青田の横山さん、引き取りに来るって言ってたから、準備お願いね」
「あ、マジすか。書類まだ準備してなかった」
堤は慌てて、ラーメンの器を手に立ち上がった。
「昨日のうちにって言ったでしょー?」
美央はテレビを消すべくリモコンを手にしたが、思わず指を止めた。
画面の中では、高校生の腕に抱えられた遺影がアップになっている。
幾度となく、テレビで、週刊誌で、見てきたこの顔が嫌いだ。
若いころの写真を使っているのか、それとも加工を施しているのか、肌艶がよく皺がない。
目は大きく少し垂れていて、笑顔が上品な鼻筋の通った美青年。
これで町一番の資産家だったというのだから、笑わせる。
富も、名声も、女も、財産も、何もかもを手に入れていただろう男は、41歳の若さであっけなくこの世を去った。
―――早く出てきなさいよ、バカ瑛士。
壁にかかっているカレンダーを見上げた。
裁判の日まで3週間もない。
―――出てこないと、この女たちに好き勝手言われて終わるんだからね。
美央は高校生の腕に抱えられた遺影を睨んだ。