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「不審者に襲われそうになった場合はとにかく逃げる事、そして誰かに助けを求める事を第一に考えて下さいね。相手に立ち向かうのは最終手段、危険な状況からいち早く脱するのが最優先です」
「なるほど……では、クライヴさん。やむを得ず戦わなくてはならなくなった場合、敵を撃退する1番効率的な方法は何なんでしょう」
「そうですね……効果があるのはやはり急所への攻撃です。しかし注意しなければいけないのは、急所への攻撃というのは加減を間違えれば相手に取り返しのつかない怪我を負わせてしまったり、命を奪ってしまう事だってあり得るのです。それに、攻撃が上手く決まらなかったなんてことになったら、相手を逆撫でするだけになる恐れもありますからね」
「無闇やたらに攻撃すればいいという訳ではないのですね」
「はい。ですが、自分の身に危険が迫っているような切羽詰まった状況で相手の事まで考える余裕なんて無いでしょう。ましてあなたに危害を加えようとする輩に手心を加える必要はありませんから。いざという時には迷わず全力で、躊躇してはいけません」
状況を見極め、適切な行動を取れるかが大事なんだな。闇雲に体を鍛えるだけでは本当の意味で強くはなれないのだろう。
「あの、クレハ様……ここまでお話ししておいてなんですが、あなたがそのような危険な目に合う事は無いと思われます。クレハ様には殿下がついておられますし、私共も全力でお守り致しますから……」
天気の良い昼下がりの中庭。今日はレオンとセドリックさんがリズと会う為に王宮を離れているので、クライヴさんが私のお付きとして側についてくれている。せっかくなので警備隊の隊長である彼に、不審者に襲われた時の対処方などを聞いてみた。でもやはり変に思われてしまったみたいだ。
「殿下に対して手も足も出なかった私達では頼りないでしょうか? クレハ様には情けない所をお見せしてしまいましたね」
「えっ!? そ、そんな事は……」
王宮内は警備が厳しい。更に、警備隊隊長が付きっきりで側に付いてくれている。それにも関わらず自分で身を守る方法を模索している私の態度はクライヴさんを誤解させてしまった。決して彼を始め、兵士達を信用していないわけではないのだ。
「クライヴさん、違うんです。レオンには話していたのですが私武芸に興味があって……強くなりたいんです」
「強く……ですか?」
「はい。体力作りのトレーニングも以前からやっていたもので、私の日課です。レオンも最初は笑って本気にはしてくれませんでしたけど……」
よほど意表を突かれたのか、クライヴさんは目をぱちぱちとさせている。私が武芸を学びたいというのは、そんなに変な事なのだろうか。
「フッ……」
「えっ?」
彼は口元を手で覆った。指の隙間から僅かにくぐもった声が漏れている。クライヴさん……ひょっとして笑ってる……? 小刻みに肩を震わせ笑いを堪えているようなそれは、前にレオンがしたのと同じ反応だ。
「クライヴさん……」
「す、すみません。馬鹿にしたわけではないのです。いやぁ……初めてお会いした時から思っていたのですが、クレハ様は私共が想像しておりました方と随分違う」
「……ガッカリしましたか? こんなのがレオンの婚約者だなんて」
ジェムラート家の娘と聞いて1番にイメージするのはフィオナ姉様だろう。その妹なのだから、さぞ気品があって素敵な子なのだと期待させてしまったのかな……
「いえいえ、とんでもない! 誠に勝手ながら、私はクレハ様の事を姉君のフィオナ様と重ねていたのです。フィオナ様は何度も王宮にいらしたことがおありなので、私達臣下も時折ですがお見かけすることがあったんです。姉妹であられるので、きっと似ておられるのだろうなと……」
やっぱり……そりゃ姉様と比べて自分がダメダメな自覚はありますけど。でも姉様基準で評価されるのはかなり酷なので、ちょっと手加減して貰いたいです。
「似てないってよく言われます……私と姉様」
「確かに。おふたり共とても可愛らしいですが、方向性が違うというか……タイプが違うというか。フィオナ様はいかにも良家のお嬢様という感じですものね」
兵士に混ざって走り込みをやるような御令嬢は、なかなかいないですよと言われてしまう。少々気まずくなったので笑って誤魔化した。
「良い意味で予想を裏切られました。よく考えれば当たり前の事でしたのに……姉妹とはいえ別の人間ですものね。殿下のお相手が気さくな方で嬉しいです。クレハ様、改めてこれからもよろしくお願い致します」
クライヴさんは私に向かって礼をする。それは最初に会った時のものよりどこか気安くて、彼の表情も柔らかかった。呆れさせてしまったのかと心配になったけど、違ったようで良かった。クライヴさんに倣って私も礼を返す。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「殿下は夕方には戻られる予定ですので、それまでは引き続き私がお側に付いております。何かやりたい事や行きたい場所などはありますか? 範囲は島の中なので限られてはいますが……」
「えーと……でしたら湖を近くで見てみたいのですが」
「湖を?」
「はい! あの、噂は本当なんですか? 人を食べる怪物が潜んでいるという」
王宮のある島は、そのいわく付きの湖であるストラ湖の中にある。私はこれから王宮に通う事も多くなりそうだし、危険な場所はあらかじめ調べておいた方が良いと思ったのだ。
「ああ……あの噂ですか。うーん、半分嘘で半分本当てとこでしょうか。噂というのは尾ひれが付くもので、だんだんと本来の話からかけ離れてしまったり、有りもしない要素が付け加えられたりするものです」
つまり私が聞いた話は脚色されたもので、真実ではないということか。
「王宮へ不当に侵入しようとする者へのいい牽制になっているので、あえて訂正してないんですよ」
「ちなみに何が本当でどこが嘘なんですか?」
「それは……」
「楽しそうだね、ふたり共」
クライヴさんの話を遮る形で、背後から声をかけられた。聞き覚えのある落ち着いた男性の声……
「盛り上がっている所悪いが、そちらのお嬢さんに話がある。しばし、時間を拝借したいのだがよろしいかな?」
「フランツおじ様!?」
「クライン宰相!! それに……」
「やあ、クレハ。しばらくぶり」
「カミル……」
声の主はお父様の親友で、この国の宰相を務めておられるフランツ・クライン公爵だった。そして、一緒にいたのは息子のカミル・クライン……私の幼馴染だ。