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こんにちは、音無です!
若菜(オリキャラ)が主人公です。若菜が一年の時から始まります。どうぞ!
今から五年前、その日は快晴で桜が美しく舞っていた。ある少女は、学園の門をくぐった。
特徴は、長い桃色の髪と栗色の大きな瞳。
「…父上、待っていてください。絶対に、父上を超える忍者として、成長してみせますから!」
ふわりと一つにまとめた長い髪が桜と一緒に風に舞った。
少女の名前は桃井若菜。
忍者の両親に憧れて、忍術学園に入学する十歳の少女。
入学金を払い、寮である長屋の自分の部屋に向かった。
そこには、肩まである紺色の髪をそのままにして、真新しい制服に身を包む、眼鏡の少女がいた。
眼鏡の少女は若菜を見て、顔を少し赤くして丁寧にお辞儀をした。
「初めて、多分、同室の若菜ちゃんですよね?私、先に来ていた遥です」
「遥!うん!私は若菜だよ。これからよろしくね!同室だし、同い年でしょ?敬語はいらないよ」
若菜がそう言うと、遥は笑顔で頷いた。
次の日から授業が始まり、山本シナ先生の変身術に驚き、感心する日々だった。遥とも仲良く過ごせていたが、若菜には一つだけ問題があった。
それは、食事だ。
若菜は生まれたときから、普通の子供の四分の一しか食べられない。学園では残すことはできない。
若菜の両親は、昼間は甘味処をしていて、昼はよく叔母に作ってもらっていたが、この事を言っても、変わらず同じ量の食事を作られ、一度倒れたことがあり、食堂のおばちゃんも話すのが怖かった。
その為、みんなが食べきる定食のご飯とお味噌汁を半分ずつくらいしか食べられなかった。解決策として、先生に食べてもらっていた。
よって、遥と一緒に来ても、帰りは別々になっていた。
そんなある日、いつも通り、外側の席で先生が来るのを待っていると、廊下側で固まってご飯を食べている六人の声が聞こえた。
「今日、いつもよりお腹空いてて…」
「朝ご飯食べられなかったんだろ?伊作」
「え、何があった?」
「いろいろ…ねぇ、おかずちょっとくれない?」
「無理」×5
「ねぇ〜〜〜!!!」
若菜は、その会話を聞いて、勇気を出し定食のお盆ごと持って、六人に近づいた。
若菜は、男の子とあまり話したことがない。しかし、次の授業の場所は、校庭だ。
「あの…ちょっといい?」
「ん?どうしたの?」
先程、朝食を食べていないと言った一年生の忍たまが振り返った。
「お、くノたまだ!」
「うるさかったのか?」
「いや、そこまでうるさくしていなかっただろう。なんだい?」
一斉に話し出すので、若菜は少し体が小さくなった。
しかし、この学園で変わりたいと思ったことを思い出し、言葉を紡いだ。
「お願いが、あるんだ。私の昼食、もうお腹いっぱいだから、食べてくれない?」
必死に言葉を口から出せて、うれしく思っていると、一人の少年が大声で、身を乗り出して尋ねた。
「何が余っているんだ?」
「え?全部余ってる・・・」
「えっ!?全部!?」
「それで、午後の授業は大丈夫なの?」
手に持っていたお盆から、すぐにひじきが乗った小鉢は消えた。
しかし、六人全員、若菜の食事状況を心配に思ってくれた。
若菜は彼らにはもっと勇気を出してもいいかもしれないと思った。なぜか、遙よりも頼りになる、信頼できる存在だと悟った。
「ねぇ、私も君たちの中に入っていい?お話ししたい、かも…///」
そう言っていると、なぜかは自分でもわからないが、顔が赤くなってきた。
自分から異性に話しかけ、仲良くなりたいと思ったことがないからだ。
六人は顔を見合わせ、にっこりと笑って頷いた。
「こっちに座って?一番真ん中だから、全員の顔が見えると思うよ」
一番最初に振り向いてくれた少年が自分の左隣をポンポンとたたいた。若菜はうれしくなって、すぐにそこに座った。
「じゃ、まずは自己紹介からかな?は組からでいい?」
そう聞くと、他の四人が頷いた。
若菜の右に座っている少年は若菜の顔をのぞき込んだ。そして、彼の向かい側に座っている少年も少し身を乗り出した。
「まずは僕ね?僕は善法寺伊作。一年は組です。で、この向かい側にいるのが・・・」
「同じく一年は組で、伊作と同室の食満留三郎だ」
留三郎が言い終わると、一番左側にいて、向かい合う二人がこちらに身を乗り出した。
「俺達は一年い組だ。俺が潮江文次郎」
「私は同じクラスの立花仙蔵。よろしく」
い組の二人が終わったとき、ひじきを掻き込んでいた少年が勢いよく顔を上げた。
大声でいきなり喋るので、向かい側の人に手で制されていた。
「私達は、一年ろ組!名前は七松小平太!」
「僕は中在家長次。小平太と同じクラス。君は?」
最後と言わんばかり、長次は若菜の顔をのぞき込んだ。若菜は胸をキュッと引き締め、息を吸った。
「私、くノ一教室の桃井若菜。同じく1年生!」
若菜がそう言うと、伊作はにっこりと笑った。
「これからよろしくね、若菜」
「うん!」
「なぁ、飯もっともらっていいか?」
「学年別対抗模擬試合・・・?」
初めての夏休みが終わり、また新学期が始まった。その日、若菜は山本先生に呼ばれていた。
その内容は、くノたまだけで行われる、学年別の試験だった。
「ええ、これはやりたい人だけが参加できるもので、出るのにふさわしい能力の持ち主を先生達が推薦しているの」
おばあちゃん姿の山本先生がおっしゃった。
学年別対抗模擬試合は、まず、学年別で一対一で試合をし、学年の一位を決める。
その後、その学年の一位は、一つ上の学年の一位と勝負することができる。
その勝負で勝てば、さらに上の学年の一位と戦うことができる。
くノ一教室でしかできない、実践を経験できるような試験だ。
「私、それに出たいです・・・!」
「そう言ってくれると思ったわ。頑張ってね」
若菜は力強く頷いた。
試合に持って行ける武器は、一種類のみ。
若菜は刀を元から得意としていて、今は自分が気に入った鉄扇を練習しているところだった。
得意な方が上位を狙えるだろうと、若菜は刀を重心的に練習を始めた。
遙や山本先生に練習に付き合ってもらうこともあったが、一番多かったのは、小平太や長次との鍛錬だった。
二人は特に鍛錬が大好きで、近距離型の小平太と遠距離型の長次だったので、バランス良く能力を伸ばすことができた。
そして、本番。若菜の応援として、伊作達六人や遙が来てくれていた。
若菜は刀で一年生、全員を蹂躙し、爆速で一年生の一位に躍り出た。
次に待つは、二年生の先輩。彼女は手裏剣を持っていた。
長距離ということで、長次との鍛錬を思い出し、本気で取り組んだ。そして、勝利を勝ち取った。
そうして、三、四、五年生と対戦し、異次元の強さを示した。
六年生はさすがの強さと言うべきか、若菜との戦いで、攻防どちらもできた。
しかし、結局、若菜は六年生との勝負も勝ちをもぎ取った。
一年後、若菜は二年生になった。他の六人や遙も一緒だった。
伊作が青色の制服に身を包む中、若菜は変わらず桃色の制服で、少し悲しくなった。
梅雨に入る少し手前、若菜と小平太、長次の三人は、山の中で鍛錬をしていた。
それぞれ、七人の中ですでに自分の得意武器を決め、その練習をしていた。
若菜は鉄扇、小平太は苦無、長次は縄鏢。
三人で、練習用の武器で、手合わせをしていた。
若菜は、柔らかい体で、攻撃を避けては一瞬で相手の懐に入ることが出来るほどの踏み切りと軽い体重を持っていた。
小平太は、無限と等しい体力を持っていたので、長期戦に長けている。
長次は、この三人の中で唯一長距離攻撃が出来るので、近距離の二人にとって、厄介な武器だった。
その日、三人は、鍛錬に夢中になりすぎて、雨が降ってきたのに気付かなかった。
三人同時にお腹がなったとき、もう少しで夕食の時間だと気付いた。さらに、体中が濡れていることにも気付いた。
走って学園に入ると、土井先生に見つかり、お叱りを受けた。
夕食の後、三人揃って、小平太と長次の部屋の前で制服を乾した。
静かに土砂降りの雨を見上げながら、何も考えずに若菜はそこにジッと座っていた。
なぜ、自分の部屋に戻らなかったのか、若菜にもわからない。そんな静かな場所に、仙蔵と伊作が通りかかった。
留三郎と文次郎は、なぜか勝負だと言って、食堂からなかなか戻らないので、そろそろ先輩や先生に怒られる頃だ、と仙蔵が言った。
若菜は、そのまま、その四人と一緒にいたが、風が吹くたびに若菜は身を小さくして、体が震えていた。
そろそろ部屋に戻ろうかと思った、その時、肩から何かが被さった。
見てみると、青い二年生用の制服だった。後ろに振り返ると、伊作が若菜の後ろに立っていた。
その上には、何も羽織っていない。
若菜が今羽織っているのが、伊作の制服だと言うことがわかった。
「寒いんでしょ?着てて良いよ。それに、着てみたかったんでしょ?」
若菜は、伊作の言葉に驚いた。
まさか、自分の考えていたことがバレていたとは。
若菜は、顔を赤くして、制服をぎゅっと握った。そして、伊作にお礼を言い、袖に腕を通した。
自分に合っていない、少し大きめの制服。
それでも、仲の良い人達と同じになれた気がして、若菜はうれしくなり、立ち上がった。
伊作は、仙蔵の隣に座って、制服をうれしそうになびかせる若菜を見つめていた。
心が苦しい、顔が熱い、若菜から目をそらせない。
「伊作!」
名前を呼ばれて、顔を上げると、喜びで頬を赤く染める、可愛らしい少女が、こちらを見下ろしていた。
「ありがとう!」
幸せそうに細められた瞳から、伊作は目が離せなかった。
若菜は、自分がまじまじと見られていることに気付き、首をかしげて、こちらも見返した。仙蔵が気付いたが、止める前に、伊作が限界だった。
「可愛い…」
「え…?///」
伊作の後ろで、片手で両目を隠し、天を仰ぐ仙蔵と、小平太がそちらに興味を示さないように、必死な長次がそこにいた。
若菜は顔を真っ赤にして、伊作は真面目な表情をしていた。
少し時間は進み、若菜が二年生で出場する、くノ一教室の学年別対抗模擬試合の日がやってきた。
若菜は去年同様、刀で出場することになっている。
試合前に顔が真っ赤の伊作からお守りをもらった。
伊作の後ろにいた五人はニヤけた表情で見守っていた。それに気付いた伊作は両腕を振り上げた。
「頑張ってね、若菜」
「ありがとう、伊作!」
若菜は去年同様、絶好調で学年一位に躍り出た。一年生には圧倒的な実力で勝利した。
ずっと体を柔らかくする体操を続けていたおかげか、若菜は想像通りの動きができるようになっていた。
また、同学年に比べて上背があり、小平太のおかげで力も強かったため、刀を軽々と振り回すことができた。
三、四、五年生と、順調に優勝へ近付いていった。
六年生に対しても、今年は去年よりも早く、勝利を勝ち取った。
優勝が決まると、すぐに六人が若菜の方へかけてきた。
伊作は目に涙を浮かべながら、若菜の首に腕を回した。よかったと呟く伊作に、気持ちが高ぶっていた若菜は、伊作の頬に口付けした。
「ありがとう、優勝できたのは伊作がくれた、お守りのおかげだよ!」
若菜は、赤く頬を染めて、目を細めて笑った。
仙蔵はニヤけた表情で、伊作を見た。からかってやろうと思ったからだ。
しかし、伊作は真っ赤な顔で若菜に口付けされた頬を片手で覆い、いっぱいいっぱいな気持ちを押さえ込んでいた。
その表情には、喜び、恥ずかしさ、照れ、うれしさがあった。
仙蔵は、お手上げだと言うように、呆れた表情になった。
それから、ある噂が流れるようになった。
山本先生が学園長に「若菜を実践も多く、若菜にとって成長できる忍たまの授業を受けさせてやって欲しい」と頼んでいる、という噂だ。
若菜は噂の本人だが、信じなかった。
もちろん、忍たまになれば、伊作達と一緒の授業が受けることができるようになって、忍者としての能力もあがるので、うれしい事この上ない。
しかし、本人の性格上、噂は信じないのだ。
それよりも、若菜は遙の事が気になっていた。
一緒に行動しなくなったこともあれば、同室なのに最近は一緒の部屋で寝てくれないのだ。
いつも、他のくノ一の部屋で寝ているらしい。若菜は、ため息が多くなった。
「若菜、どうした?」
もう少しで三年生だからか、伊作達六人は、少しお兄さんになった気がする。
それでも、若菜にとっては変わらず大切な友達だ。
伊作は、若菜が食事中にため息をついているのが気になった。
若菜は、食事できる量は確かに少ないが、好き嫌いが多い訳ではない。むしろ、ないと等しい。
食べることは好きなはずだ。
それなのに、ため息をつく若菜に伊作が声をかけると、他の五人も食事から顔を上げた。
若菜は、少し恥ずかしくなって、小鉢を小平太に差し出した。
「いや、特に何もないよ。ごめんね。あ、魚食べる?」
若菜はそうやって、話をそらしたが、伊作はずっと、若菜を見つめていた。
それから二ヶ月後、若菜は学園長室に呼ばれた。
山本先生と並んで廊下を歩くのは、初めてだった。山本先生は若い女性の姿で、若菜は少し緊張していた。
学園長は優しく向かい入れ、ヘムへムは二人にお茶を出して、学園長の後ろに控えるように座った。
「若菜、お主は学年別対抗模擬試合で二年連続、六年生に勝っているそうだな?」
そう聞かれ、初めての学園長と話しに緊張して、若菜は頷くことしかできなかった。
学園長はしわが交えた優しい瞳で、ゆっくりと頷いた。そこで、ある提案をされた。
「若菜、忍たまのような授業を受けたいと思わないか?」
そう言われて、若菜は一瞬で答えが出てきそうだった。
くノ一教室は、少し前にできたばかりで、門下生も少ない。
学園長に孫娘が生まれたから作られただけで、授業内容も忍たま教室にはかなり劣る。
だからこそ、忍たま教室で学習ができるのなら、どれだけ忍者としての能力を上げられるか、計り知れない。
普通は、くノ一は忍たまになれるはずがない。男性と女性の在り方は違うからだ。
しかし、それほどの実力を若菜は持っていると言われたのだ。それを受け取らず、これからの時代をどう背負っていくというのか。
「はい、私は、忍たまのように、実践にあふれ、同じ土俵で戦い合う、そのような者達とこれから高め合いたいです」
若菜は正直に答えた。
言い方が少し乱暴になっていたかもしれないが、それでも、若菜の気持ちをまっすぐに伝えたまでだ。
そう伝えると、学園長は少し真剣な顔つきになった。
ヘムへムに何かを命じ、若菜ともう一度向き合った。
「それなら、二つ、試験に突破してもらわんといかん」
「試験、ですか?」
その試験の内容は、シンプルだが、片方はほとんど不可能と言っていいほど難しいことだった。
一つ目が男装を完璧にすること。これは、若菜にとってそこまで難しい事ではない。
二つ目が問題だ。
二つ目は、一つ上の学年、つまり三年生の忍たまから学園長が一人選ぶ。
その人と模擬戦を行い、その忍たまと良い勝負が出来ていればいい、といわれた。いい勝負というのは、学園長先生が判断する。若菜はその条件を飲み、当日まで訓練を重ねた。
迎えた、当日。
観客のような場所に、先生や勉強になるだろうと連れてこられた一年生。
そして、担任に頼み込んでやってきた、あの六人。
さらには、遙まで来ていた。
もちろん、学園長は審判として少し高い位置に腰を下ろしていた。
若菜は、男装姿で会場に入ってきた。
そこには、天女も顔を赤らめるほどの美少年が立っていた。
口調も練習し、男装ではなくても、普段から一人称は僕になるほど、練習してきたのだった。
一つ目の条件は問題なく合格だった。
しかし、二つ目の条件に抜擢された三年の忍たまは、あまりにも厳しかった。
なんと、小平太もやられてしまうほどの実力を持つ、桜木先輩だった。
桜木先輩が若菜の前に笑顔で立った時、小平太だけではなく、他の五人も息を止めてしまった。
若菜は、誰だかわからなかったが、学園長が名前を紹介したときにいつも小平太が話している人だと気付いた。
「桜木清右衛門です。よろしくね」
「桜木先輩、いつも小平太がお世話になっております」
「・・・小平太って、君の子供なの?」
「って事は、私は伊作の子供か」
「違うから!」
そんな茶番があったとしても、切り替えが上手いのが若菜だ。
この勝負の約束は大きく二つ。
一つ目は、武器は一種類のみと言うこと。
桜木先輩は、長刀を持ってきたが、若菜は鉄扇だった。若菜の方が見た目からして、不利になる。
二つ目は、お互い、どこかに風呂敷を巻かなくてはいけないと言うこと。
桜木先輩は、右腕の肩付近に巻いている。若菜は、風呂敷で髪を束ねていた。
それを落とすことができた者の勝ちとなる。そんな、シンプルかつ、難しい課題だった。
「では、お互い、武器を構えよ」
学園長がそう言った途端、二人は一瞬の隙もない構えをした。若菜は鋭い音を立て、鉄扇を広げた。
その音は、聞いたことないほど甲高く、鉄の良さを表していた。
「はじめっ!」
最初に、お互いに詰め寄ったが、若菜は柔らかい体で先に桜木先輩の懐に入り込んだ。
鉄扇を風呂敷に向かって降ると、いつの間にか桜木先輩は遠くへ離れていた。
桜木先輩は、長刀で若菜に突きの攻撃を始めた。
若菜は、それを全て鉄扇で受け流した。正面から受けると、最悪鉄扇が壊れてしまうことは、文次郎との鍛錬で学んだ。
特別製の鉄扇はそれくらいのことでは折れたりしないようだが、若菜の性格上そうしたくないのだ。
そんな、攻防に努めていたが、主に防御しかできず、若菜は体力だけを消耗していた。
しばらくすると、若菜は感じたことのない疲労感に襲われた。息が足りず、倒れてしまう寸前で、苦しく辛かった。
しかし、そこで諦めないのが忍たまになるものだ。
これを最後にする、とでも言うように、若菜は、体制を立て直すために深呼吸をした。
若菜は目を見開き、少しの殺気をくわえて圧力を桜木先輩に向けた。
桜木先輩は、全く息切れをしていなかったが、若菜の圧で、つい立ち止まってしまった。
若菜の圧は、プロの忍者である父すらも、体がこわばるほどの威力を持つ。
殺気を出せるようになれば、誰でも失神するだろうと、言われている。
その一瞬の隙を、若菜は逃さなかった。思い切り地面を踏み込み、軽やかに舞い上がった。
そのまま、若菜は鉄扇を右腕の風呂敷に向かって振り下ろした。
しかし、次の瞬間には、若菜の背中の方回っていた。桜木先輩は真剣な表情でそこに立っていた。
若菜は、すぐに体制を立て直し、桜木先輩に鉄扇をむけたが、振り返った瞬間、ふわりと癖のついた若菜の長い髪が肩に掛かった。
風呂敷が切れたのだった。
若菜は、ショックと悔しさと申し訳なさで、目の前が真っ白になり、体力の限界を迎え、手が震え、過呼吸になり、白目をむいて倒れた。
「若菜!」
地面と若菜の頭がぶつかる直前、伊作が若菜を抱きしめ、顔をのぞき込んだ。
幸い、若菜は静かな寝息を立てているだけで、命に別状はなさそうだった。
伊作は大粒の涙を若菜の頬に落としてしまった。生きていることがうれしくて、泣くことをやめることができなかった。
その様子を見て、桜木先輩はただ静かに泣き叫ぶ伊作と倒れてしまった若菜を見つめていた。
そこに、学園長の声があたりに響いた。
「この試験、若菜の勝利!よって、忍たま教室への移行を許可する!」
みんなは可笑しいと思い、桜木先輩の風呂敷を見た。すると、その風呂敷は、あと一本の糸だけで繋がっている、ギリギリの状況だった。
若菜は、最初に間合いに入って、半分ほど風呂敷を切り落とし、最後の踏み込みで、さらに半分切ろうとしていた。
だが、体力と脚力が育ちきっておらず、最後まで切ることができなかった。
桜木先輩だけでなく、小平太も他の四人も心の底から驚き、若菜を感心していた。
「ふふ、可笑しな後輩ができてしまった」
桜木先輩は、悔しそうにしながらも、笑ってまだ眠っている若菜をもう一度見つめた。
しかし、その顔を伊作が手で覆った。
桜木先輩が彼を見ると、薄い殺気のようなものを感じた。何やら、ただの恋仲ではない何かが、あの二人に芽生えているのを、桜木先輩は感じた。
そして、一番の理解者になってやろうと思いながら、同室の友である若王寺勘兵衛の元へ帰って行った。
若菜は、三年生になる前の長期休みの前に、忍たまと同じ長屋へ引っ越すことになった。
最初は、やめといた方がいいと言われていたが、若菜がそうしたかったのだ。
将来のことを考えれば、先生達が止めるのも頷けるが、若菜の意思は先生方にも届き、最終的には全員を頷かせることができた。
そこで、問題になるのは、同室であった遙の事だ。
若菜は、しばらく会えていない同室の少女のことを思ってため息をついた。
部屋に入ろうと扉を開けると、中には、若菜の着物を引き裂く遙の姿があった。
若菜が声をかけると、遙は怯えたような表情になった。しかし、若菜は、引き裂かれた着物よりも遙に会えたことがうれしくて、着物など目に入っていないに等しかった。
若菜は、入り口に背中の方を向けて、お互いに見合うように座り、笑顔で遙にこれまでのお礼を述べた。
「遙、二年の間、僕と同室でいてくれてありがとう。そして、場所は変わってしまうけど、これからも一緒に立派なくノ一を目指そうね!」
「…っ!」
パァァァン!……
若菜は、そう言って、遙に手を伸ばした。握手をしてくれると思ったのだ。
しかし、帰ってきたのは平手打ちだった。
若菜の左頬は、赤くなってしまった。
びっくりして、ゆっくりと遙の方に顔を向けると、遙は目に涙を大量に浮かべながら、若菜のことを睨んでいた。我慢していたものを吐き出すように、遙は次々と若菜に言葉を浴びせた。
「私、伊作君が好きだったの。いつも誰にでも優しくて、声をかければ、必ず振り返ってくれていた。一年生の最初の頃は。あんたが、伊作君だけじゃなく、他の五人とも出会ってた。しかも、仲良さそうで。食堂には、毎回私といく癖に、帰りはそれぞれバラバラで、私が声をかけても、伊作君は…。全部、あんたのせいだ・・!」
遙がそう言い終わると、背中に痛々しい視線を感じた。
振り返ると、そこには、たくさんのくノ一教室の生徒がいた。若菜は、その生徒達に睨まれていた。
背筋が凍るような感覚がした若菜は、最低限の荷物をまとめて、部屋の隅に置いていた風呂敷を盗むように手に取り、走り出した。心の底から、伊作に会いたいと思った。
その晩、若菜は伊作と留三郎の部屋に泊まった。
しかし、寝付けず、夜中に長屋の屋根に上った。
一人寂しく、真っ暗な夜空を見上げていると、声が聞こえた。自分を呼ぶ、優しい声だった。
その声は、出会ったときから変わっていない。
若菜は、その日、彼の布団の中で寝た。
次の日、留三郎は何も言わないでいてくれた。
その後、話を聞いた小平太や長次がくノ一の長屋へ行き、若菜の私物を取ってきてくれた。
それから、新しい長屋の準備が整うまで、若菜は伊作達の部屋で寝ていた。
移動をする時も、六人はそばにいてくれた。
若菜は、遙の行動を忘れられずにいたが、忍たまとして、一つ学年が上がる事が少し楽しみだった。
それから、新学期が始まった。
若菜は新しい若草色の制服を纏った。忍たまの三年生のために作られた、特別な制服だった。
自分の長屋を出ると、他の六人も同じ制服を纏って待っていてくれていた。若菜は気持ちが弾んでいた。本当に跳ね上がる勢いで、教室に入った。
それから、三年間、若菜は六年生になるまでに沢山の経験をした。
得意武器を刀から鉄扇に本格的に移行して、鍛錬を重ねたし、仙蔵と共に火薬の勉強もした。
若菜の移行は異例の事態過ぎて、すぐに委員会に入ることはできなかったが、体育委員会や図書委員会、保健委員会にも手伝いを任され、土井先生にも火薬委員会の手伝いをお願いされたこともあった。
遙が三年生の途中で、学園を去ってしまったのは、正直悲しかった。
しかし、若菜に立ち止まる時間がなかったのは、彼らのおかげだ。
気を落としている若菜を強引に体育委員会の活動に引っ張っていく小平太と桜木先輩。
返却期限が過ぎている本を持っている生徒を追いかけ回す若王寺先輩や長次も若菜を引っ張っていった。
伊作や仙蔵は、自分の得意分野である毒や火薬の勉強に付き合わせた。
文次郎と会計委員会の仕事を徹夜で手伝わされ、用具委員の少し危ない仕事も留三郎と一緒にやらされた。
それに耐える者こそ、忍たまだと先輩は思っていた。
若菜はそれらに全て耐え、期待以上の成果を成し遂げた。
若菜は、いつの間にか笑顔を取り戻していた。
また、食事に関しても、食堂のおばちゃんにいつの間にかバレていた。
「あんた、食べれる量が少ないんじゃないの?」
そう聞かれ、若菜は、怖がりながらも、頷いた。
すると、おばちゃんは優しく頷き、若菜に一つのどんぶりを渡した。
中身は、具だくさんの豚汁で、暖かい湯気が立っていた。
量も、若菜がお腹いっぱいと感じる位の量だった。若菜が顔を上げると、おばちゃんは笑顔で頷いた。若菜は、笑顔でお礼を言い、いつものメンバーのところへ小走りで向かった。