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#微グロ有り
🪼🫧 海月 シー 🔑🌙ᙅ⩬
18
店先に並んでいた、なんでもない一輪の花。美しい色をしていた訳でも、素晴らしい香りがしていた訳でも無いが、ただ咲き誇るその様に心を奪われた。
29歳、裏路地の会社員。
定職に就いている、安定した収入を持ち合わせている。そう言ってしまえば悪くない人生かもしれないが、結局は選び切れぬ選択肢を流されるまま受け入れて来た結果に過ぎない。
あれになりたい、これになりたい。と積極的に自分を形作らず、息をするだけの木偶の坊。そんな自分が嫌だと感じた事こそ有れど、本気で変えようとしたことは無かった。
より良い人生を。そう思ったことさえあれど…
しかし、そんな俺にも今更”好き”と呼べる物が出来てしまった。
そこ吹く風のようにふわふわと漂っていた自分にとって、根を張り全力で花開こうとする姿に感激でもしたのかもしれない。
艷やかな紅色の花弁がふわりと揺れる。
しかし、それらに影響され自らを顧みられる程良く出来た人間でもなかった。
今日もまた、日々を噛み潰すだけだ。
知っていたんだ。自分以外は皆花開いていて、何者かに成れているんだって。誰に言われずとも分かっていた。
都市を包んだ三日間の温かな光、三日間の酷く冷たい暗闇、そして一日の沈黙の中で、俺は常に同じ思考へ囚われた。
きっかけは、そこまで大した事でもなかった。
俺の上司が仕事を辞め、飲食店を開いた。
ずっと前から夢見ていたが、いつか捨ててしまった夢。しかし、L社の倒産からいつ死んでも可笑しくない。それならばやりたい事、好きなことを精一杯やってみたい。なんてことを言っていた。
それに感化され、さまざまな奴が会社を辞めていった。
先輩、同期、後輩までもが自分の好きな様に生きる様を見て、焦りではなく尊敬の念を抱いた時点で俺は終わっていたのだろう。
好きとはなんだろうか?
俺にとって…それは店先に並んでいたあの花なのだろうか。
俺は、あの花の為に人生を賭けられるだろうか。
…きっと、出来もしない。例え本心から好きだと認められても、他の花々のように好きだけで生きてはいけない。
なら何故、店前の花なんかに心奪われたのか?
それは、ただ…誰かによって育てられ、流された先にも 咲き誇る事が出来る未来があると。自分だって、いずれは他の花達のように…と、勝手に希望を抱いただけなのではないか。
好き なんてそれらしいきっかけを見つけ、努力もなしに望んだ人生を歩めると、勝手に舞い上がっていた自分が惨めに感じる。
…結局、何も変わってはいない。
皆、初めから咲き誇っていた。だから生きたいように生きれて、その上で美しいのだろう。
俺は、どうだ?
誰もが足元の徒花を踏み潰し前へ進んでゆく。自分だけの花を大切に育て、自分だけの好きを見つめ咲き誇っていた。
足元で踏み潰れるつぼみ。あるいはどれだけ時間が経とうと花弁すら咲かせぬ種。それが俺だった。
案の定人員も足りず、倒産の噂が流れ始めた頃、真っ先に俺が切り捨てられた。
資金やら、土地費やら人件費やらそれらしい理由でまくし立てられる。が、その実意欲も置いておくメリットもない俺をさっさと切り捨てたかったのだろう。そんな思惑見え見えの提案に対し、大した抗議も出来ず去る俺は何を考えていたのか。
ただ、そこが好きでは無いことだけは知っていたから。何一つ留まる理由も無かったのだろう。
まだ日の浅い夕暮れ前刻。やはり裏路地は閑散としており、そんな中行く宛もなく歩を進め続けていたその時。気が付けばあの店前で立ち尽くしていた。
紅の、何でもない花。何となく買ってみたんだ。
そして、千切った。その花が俺の『好き』なのか、それすら俺には決められなかったから。花占いなんて幼稚な方法で、それを決めようとしたんだ。
好き、嫌い、好き、嫌い…違う。
嫌い、好き、嫌い、好き……違う。
嫌いでは無かった。どれだけ自分勝手で、私的な理由でその花を見ていたとして、心奪われたのは確かだから。
だが好きでも無かった。そう言ってしまえば…自分の好きを最大限生きる彼らと違い、自分の限界がこの程度だと分かってしまうから。
何も変わりはしなかった。ただ、好きかもしれないという気持ちだけ。
好き、嫌い、好き、嫌い、好き──…
そう呟いて、好きかもしれぬ、あの日目を奪われた花を引き千切っていく。
この時間が永遠に続くことを願って。この審判が、永久に終わらぬことを願って。
好き、嫌い、…『好き』
最後の花弁一枚を残して、自分の腕は止まった。
決まってしまう。
好きだなんて気持ちだけじゃあ…少なくとも、自分ではこの都市で生きていけないのに。
嫌いだと自分の気持ちを決めてしまえば、もう何も残らないことを知っていたのに。
足元には、大量の花弁。
踏み潰すことも出来ず、乗り越え前へ進むことも出来ず、ただ散らばるのみ。
好きかもしれやぬ花の死体を眺め、まだ残る一枚の紅い花弁がひらりと揺れるその様から目を逸らした。
その時。
目を逸らした先に、一輪の花が咲いていた。意気揚々と談笑し、誰よりも充実した人生を送っていそうな花を。その瞬間、ずっと前から自分の周りには沢山の花が生えていたことに気付く。
やりたい事を精一杯やりたいと叫んだ花。
自分だけの好きを見つけた花。
踏み潰した徒花に気付きもしない花。
尽くが咲き誇り、誰も彼も自分が一度は憧れた花だった。
俺は…俺は、その花弁らを引き千切った。何輪かは逃してしまったが、構わず続ける。
…『嫌い』。『好き』、『嫌い』、『好き』『嫌い』『好き』『嫌い』…
抵抗し、暴れ狂うその茎を抑え細かく区切ってゆく。その両手は、どれだけ赤黒く湿ろうと止まりはしなかった。
まだ、終わらない。
まだ、決まりやしない。
まだ、生きてゆける。
赤色の花弁がべちゃりと足元へ落ちる。
それに共鳴してか、手足はより花を引き裂きやすいよう鋭くなる。残された何百もの茎は俺に巻き付き続ける。そうして…最後の一枚。紅の花弁を大切に胸へ突き刺した。
そして、新たな花へ向かう為…その徒花らを踏み潰す。
きっと、好きじゃない。
きっと、嫌いでもない。
それでも良かった。少なくとも、今の自分ならば好きな様に生きていけるのだから。…ようやく、花開くことが出来たのだから。
流されるだけの人生ではない。根を張り、全力で花開いた、より良い人生を。
けれど、紅い一枚の花弁が揺れる度、この果てにあるものが『好き』だと知ることとなるんだろう。
好きとはなんだろうか。
嫌いとはなんだろうか。
…まだ、分かりやしない。
だから。いつか胸を張って好きだと言えるまで、この一枚はとっておこうと思うんだ。
幸い、まだ花は沢山残っていたから。
真っ赤な一輪の花が、ふわりと揺れた。
コメント
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この第9話、すごく刺さりました。29歳の会社員が「好き」という感情に悩み、花占いに縋る様子が痛いほどリアルで…。最後の花弁を胸に突き刺して「まだ生きていける」と決意するところ、心臓を掴まれました。きっと好きじゃない、きっと嫌いでもない——それでも花開くことを選んだラスト、すごく好きです。kさんの描く心理描写、毎回深くて読むたびに考えさせられます。次話も楽しみにしてますね!