第2話:君の手が、少しだけ近づいた
屋上での“秘密の時間”は、
あれから何度も繰り返された。
ヒロは勉強も、生徒会も、周りの人気も
変わらずこなしながら、それでも
放課後になると屋上へ向かう。
そこで、黒瀬うりがいることが、
もう当然のようになっていた。
🎸「……でさ、あの教師が“お前に期待してる”
とか言い出してさ。笑うだろ?」
🐑「先生はうりくんのこと、
ちゃんと見てるんじゃないの?」
🎸「は ? バカか。あいつら、
成績表の数字しか見てねえよ」
タバコはもう吸っていなかった。
ヒロが何も言わずにじっと見ていたら、
うりは「うっせーな」と言いながら、
翌日から代わりに飴を舐めるようになった。
それが何だか、ヒロにはすごくうれしかった。
🎸「……あのさ、白鳥 」
🐑「なに?」
🎸「お前、なんで俺に話しかけんの?
こんな、わかりやすく
“関わっちゃいけません”って顔してんのに」
🐑「……うん。自分でもよくわかんない」
正直な気持ちだった。
けれど――
🐑「でも、うりくんって、誰よりも人のこと見てると思う。話してると、そう思うよ」
うりは、ふっと目を伏せた。
🎸「……だから、優等生ってのはタチが悪いんだよ。嘘つかねえから、やけに刺さる」
🐑「ごめん……?」
🎸「謝んな。ムカつくだけだから」
ムカつくって言葉の割に、うりの声は少しだけ、やさしかった。
その日、帰り道でクラスメイトに声を
かけられた。
「ねえ、白鳥くん。最近放課後
どこ行ってるの? なんかさ、黒瀬と
一緒にいたって聞いたんだけど」
その名前に、ヒロはわずかに肩を揺らした。
「え? ……別に、ただの偶然だよ」
「えー? 黒瀬って危ないやつじゃん。あんま関わんない方がいいよ? 白鳥くん、変な噂たったらもったいないよ」
その言葉に、何も返せなかった。
屋上のあの時間が、誰かに知られることが、なぜか無性に怖かった。
その翌日。
ヒロは屋上に行かなかった。
生徒会の仕事が忙しかったわけじゃない
テスト前でもない。
ただ、自分でも理由のわからないもやもやを、 整理できなかった。
けれど、3日後。屋上の扉を開けたとき、
そこには―― うりがいた。
🎸「……久しぶりじゃん。優等生」
飴を口にくわえたまま、いつものように
言うその声が、どこか、寂しそうだった。
ヒロは、言葉を探しながら、
少しだけうりに近づいた。
🐑「ごめん。ちょっと、
考えることがあって……」
🎸「ふーん。ま、別に。お前が来なくても、
どうでもいいし」
けれど、その言葉と裏腹に――
うりの手が、ヒロのシャツの裾を、
ほんの一瞬だけ、掴んでいた。
🐑「……嘘つくの、下手だね」
🎸「うっせ。……ほんと、タチ悪い」
その日、風は少しだけ暖かかった。
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