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「千歳、千歳」


可愛らしい、小さな手がポフポフと千歳《ちとせ》の頭を数回叩いた。


「お前、そこの文字ちょっと歪んでるぞ」

「……原因は豆千代なのでは?」

「失礼なヤツめ。お前の実力だ」


小柄な千歳の、さらに半分ほどの背丈しかない豆狸が、頭の上で騒いでいる。


「豆千代が動くから、手元がくるう」

「でもあったかいだろ? 千歳はすぐに冷えちゃうからな」


まぁそうなんだけど……。

クスリと笑って千歳は手を止め、机の上に筆を置いた。


空気は澄みきり、吐く息が白々と靄になって離散する。

涅家で過ごす初めての冬は、指先がピリリと痺れるくらいに寒さが厳しい。


肩車をする形で千歳の頭にしがみつき、暖めようとしてくれているのか……耳を覆ったり、おでこに手を当てたり、先程から豆狸が忙《せわ》しないことこの上ない。


仕事を終え、ホッと一息……少し解放される午後の時間帯。


襟巻のように首へと巻き付く、管狐のイヅナを筆頭に。

膝の上に顎を乗せて寛ぐ九尾の狐。

膝に乗りたくてお利口に順番待ちをしているのは、小鬼と、そして豆千代の弟狸である。


モフモフ獣系のあやかし達は可愛いのだが、揃ってピタリと纏わりつくと、さすがに邪魔というか、重いというか――。


「……なんでお前の周りは獣ばかりなんだ」


顔を覗かせた涅家の当主、蒼士郎が呆れ交じりに溜息をつき、「解散だ」と手で払う。

言葉通り肩の荷が下り、さぁ手習いの続きをと筆に手を伸ばしたところで、千歳はひょいっと持ち上げられた。


「借りてくぞ。……松五郎に桃を持たせたから、皆で食べるといい」


蒼士郎が告げるなり、後ろにいた使用人が桃の入った風呂敷包みを掲げ、わっと歓声が上がる。


「桃に負けた……」

「ッ……ははは、この時期の桃は珍しいからな。仕方ない」


とろけそうに甘い眼差しを向けられ、千歳は照れ交じりにコツンと額をつけた。

頭の後ろを大きな手が覆い、掬い上げるように唇が優しく触れる。


『白羽の矢』が立ち赴いた、千年ぶりの涅家。

水底に沈んだはずの生贄花嫁は『あやかし』達に囲まれ、日々賑やかに過ごしている。


さらには不器用な当主の愛にとらわれて――。


楽しすぎて、愛されすぎて。

――千歳は今日も、幸せなのだ。

あやかしに売られた『身代わり花嫁』は、愛されすぎて今日も死ねない

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