テラーノベル
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「○○」
誰かがあたしの名前を呼んでいる。
そう理解した途端、「まだ眠っていたい」 という自分の意志とは反対に勝手に瞼が開いた。 白く霞む視界でぼんやりと周りを見渡す。 床で眠っていたせいで動くたびに体中のあちこちが痛み、 関節がボキボキと音を鳴らした。
「起きたか?」
不意に耳のすぐ横で聞き覚えがありすぎる低い声が響き、 夢の中に沈んでいた意識が急激に現実へと引き戻された。
数秒ぱちくりと瞬きを繰り返し、 視線を声が聞こえた方へ動かした瞬間。
『イ、イザナ!?!?……なんで、いるの』
見慣れた長い睫毛に囲まれた紫色の瞳と視線がかち合って、あまりの驚きに思考が真っ白に弾けて、 あたしはほとんど反射で跳ね起きた。
「鍵空いてた」
淡々とした声がそう言う。
『……おかあさんは?』
静かすぎる空間にほんの少し警戒しながらあたりを見渡すと、 イザナは 「ここにはいない」 とだけ短く答えて興味なさげにその話題を終わらせた。
そして、あたしのすぐそばで割れている皿の破片や大量に投げ捨てられている缶ビールへと視線を落とした。
数秒それを見つめると、呆れたようにはあと大きくため息を吐いてじどりとした目つきであたしへと視線をずらした。
「また殴られたのか?」
彼の耳元で花札の耳飾りが揺れる。
ため息がそのまま声になったみたいな声で言いながら、 イザナはあたしのそばにしゃがみ込んみ、 顔を覗き込んできた。
目に垂れたボサボサのあたしの前髪を彼が指で掬い、 そのまま顎を捕まれ、紫色の瞳と視線が合わせられる。 イザナはそれっきり何も言わなかったが、目だけが 「言え」 と重く圧をかけてきて、 少しだけ唇が震える。
『え、っと』
目の奥が微かに熱を持って、 水が零れる寸前のコップみたいに目の端で涙がポリポロと揺れた。
言葉にならない感情がどろどろと溶け出して、見えない炎で炙られているみたいに目の奥でじんわりと熱が広がった。 糸が絡まるみたいに思考がほどけず、 いろいろな感情がぐるぐると頭の中が目まぐるしく回る。
『あたし、いらない子だって』
あたしのせいで
あたしなんかがうまれたせいで
ぜんぶあたしのせいで
おかあさんがないてる
ずっと、 おこってる
いえにいないひがおおい
なぐられる
けられる
おとうさんもいない
どこかにいった
あたしのせいで
あたしなんてうまなきゃよかったって
あたしなんてしねばい
「○○」
名前を呼ばれ、無意識にイザナの方へと首を動かした瞬間。
『……!?』
返事をするよりも先に、唇が触れてきた。
目を閉じるタイミングすら与えられなかった一瞬の出来事に落雷が心臓に直撃したみたいに熱が一気に顔へ上がった。 驚きが追いついた頃には、彼は少しだけ笑っていた。
「元気出たか?」
落ち着いた低い声がすぐ近くで響いて、ほんの少しだけ触れただけなのに顔が熱を持って離れない。
『……めっちゃ出た』
そう言った瞬間、さっきまでの嫌な気持ちが全部嘘みたいに消えていった。 冷えていた体に段々と血が戻るみたいにじんわりと安堵と温度が広がる。途端、張り詰めていた心の糸がぷつり と千切れて我慢できずに泣き出してしまう。
「言ったろ?お前を分かってやれるんのはオレしかいねェんだって」
そう言いながらイザナが立ち上がり、子供みたいに泣きじゃくるあたしを見下ろす。暗い部屋で、更に暗い影があたしに覆いかぶさった。
涙で視界がぼやけているせいで、そう言うイザナの表情は分からない。
「あんなヤツ、全部どうでもいいだろ」
抵抗する間もなく右腕を強く握られ、足をもつれさせながら半ば引き摺り出されるようにして部屋から外へ出される。
「え、え… ど、どこ行くの?』
「オレの家」
淡々と答えながら、逃げ場を塞ぐみたいにイザナはあたしをバイクの後ろに跨がらせた。 少しぐらつくあたしの体を支えながら 「落ちんなよ」 ぶっきらぼうな声が鼓膜に触れて、冬の冷気 に晒されていた耳がふわりと暖かくなる。
『…なんで来てくれたの?』
消え入りそうなほど細い声で私はそっと言葉をこぼす。 そんなあたしに対して、 イザナはまるで呼吸をするのと同じようにさらりと言葉を返した。
「どうせ殴られてるだろうなって思ったから」
そう言いながら思いのほか丁寧な手つきで頭に子供用のヘルメットを被せられる。
これ、 イザナがあたしのために買ってくれたんだって。
頬から首へと流れる冷気が少しくすぐったかった。
『ありがとう、 だいすき』
久しぶりです
満足いってないからゴールデンウィーク明けにまた書き直すかも
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黒 透 。
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