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四葉 凪(よつば なぎ)は、昼休みの屋上が好きだった。
正確に言えば、「好き」というより「他に選択肢がない」だけなのかもしれない。
教室は騒がしい。
笑い声、椅子を引く音、誰かの名前を呼ぶ声。
それら全部が、私の神経を逆なでする。
だから私は、購買で買った安いパンを抱えて、今日も屋上へ逃げた。
屋上は静かだった。
フェンス越しに見える空はやけに高く、雲は授業なんて関係ない顔で流れている。
私はコンクリートに腰を下ろし、パンの袋を開けた。
ふと、視界の端に白いものが映る。
月だった。
昼の空に、薄く残った月。
夜ほど主張しないくせに、ちゃんとそこにいる。
「……最悪」
パンをかじりながら、月から目を逸らした。
見なければいい。
そう思っても、なぜか存在だけは意識してしまう。
そのときだった。
「隣、いい?」
背後から聞こえた声に、一瞬、時間が止まった気がした。
屋上は、私の安全地帯のはずだった。
ゆっくり振り返ると、そこにいたのは
ーー蒼井 光流(あおいひかる)だった。
クラスで知らない人はいない。
成績良し、運動もできて、顔もいい。
いつも誰かに囲まれている、遠い世界の人。
「……どうぞ」
声が少しだけ硬くなる。
断る理由も、勇気もなかった。
光流はフェンスの近くに腰を下ろし、弁当箱を開けた。
しばらく、風の音だけが流れる。
「ここ、静かだね」
「……はい」
会話が終わると思った。
でも光流は続けた。
「俺、こういう場所好きなんだ。人少ないし」
少しだけ驚いた。
人気者が、そんなことを言うなんて。
「四葉さんは?」
「……騒がしいの、苦手なので」
それだけ言うと、もう話すことはないと思っていた。
けれど光流は、なぜか楽しそうに笑った。
「一緒だ」
その一言が、妙に胸に残った。
パンを食べ終える頃には、二人は月の話をしていた。
正確には、私が月を嫌いだと言い、光流がそれに興味を持っただけだけれど。
「嫌い、って珍しいね」
「……自分で光れないから」
私がそう言うと、光流は少し考えてから言った。
「でも、反射するのも才能じゃない?」
私は返事をしなかった。
理解された気もしないし、否定された気もしない。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「ねえ、四葉さん」
立ち上がりながら、光流が言った。
「放課後、うち来ない?」
私は固まった。
断るべきだと頭ではわかっているのに、言葉が出てこない。
「ちょっと、見せたいものがあるんだ」
その笑顔は、あまりにも自然で。
気づけば、頷いていた。
この選択が、
自分の時間も、世界も、壊すことになるなんて。
そのときの私は、まだ知らなかった。