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(やっぱアイツには、太刀打ちできないのか……)
苛立ちが足音となって表れる。階段を上がる音が、えらく耳障りだった。
手に持っていたスケッチブックを、ポイッと投げるようにテーブルの上に放り出し、真っ直ぐキッチンに向かう。
冷蔵庫を乱暴に開け、お茶のペットボトルを取ろうと手を伸ばしたとき、それが目に入った。バカでかいタッパーに、メモのようなものが貼り付けられている。そこに書かれていたものは――。
『周防さんへ
いつもお世話になってます。郁也さんとふたりで餃子を作りました。これを食べて、スタミナを是非とも付けて下さい。涼一』
小さくてキレイな文字が、涼一って人の人柄を表している感じだった。だってその下に書かれている雑な字は、明らかに別人だってわかるから。
『仕事頑張れよな、何かあったら相談に乗るし。桃』
ムダに大きい文字でメッセージを書いたため、自分の名前を書くスペースがなくなってしまい『桃』だけで終わってるのが、なんだか笑えてしまう。
一見アンバランスなふたりに見えるけど、仲の良さそうな感じが、このメモから伝わってきた。きっと、ワイワイ言いながら書いたんだろう。
「せっかく小さい字できちんと書いてやったのに、どうしてそのスペースに、大きい字で書くかな……みたいな」
これを読んだらタケシ先生、苦笑いするしかない。現に読んだ自分の胸が、無性にシクシクと痛んでいるのだから。きっとタケシ先生も、同じような痛みを味わうに違いない。
きゅっと下唇を噛みしめ、なにも手に取らずに、肩を落して冷蔵庫を閉める。
俺なりにタケシ先生が喜んでくれることをしようと、いろいろ頑張ってきた。看護師さん達と仲良くなって仕事を手伝ったり、子どもたちと仲良くなるべく、絵を描いてあげたり。
それなのに――。
「アイツには声をかけたクセして、俺は完全スルーだもんな。そんなの、マジで酷すぎる……」
――認めてほしい、少しでもいいから、好きになってもらいたい。俺だけにほほ笑んでほしい。
「その美貌で魅了するだけ魅了して、タケシ先生って雪女ならぬ雪男か?」
着ている白衣が、どこかそんなふうに思わせる。あの人の凍てついた心を、俺がなんとかしたい。振り向かせてみたい!
「無謀な挑戦だけど、やってみるか……」
本当は治療を受けることが一番喜ばれるだろうけど、タケシ先生と恋がしたい。真実の恋がしてみたいから――。
「簡単に、諦めるワケにはいかないんだ!」
言いながら決意も新たに、再び冷蔵庫を勢いよく開けた。