テラーノベル
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デリス子爵家の敷地内には、使用人達が住む使用人棟と言われる建物がある。
裏門に近い場所にあるその棟の近くには、子爵家で日々食される卵の為に、鶏が十数羽飼われていて、主に使用人の子ども達が交代で世話をしている。
今日の当番は料理人の息子のジム。新鮮な卵の為に鶏小屋内にある広場に鶏達を解き放った。
「たっくさん!うんでくれ~♫」
鶏全羽が産めば、卵のお溢れが貰えることもある。そんな時、父親が使用人棟の子供の為に昼食で蒸しパンを焼いてくれるのだ。
それはとても甘くて美味しいジムの大好物だった。
柱を背凭れにして座り込み、落ちていた小枝を指揮棒のように振りながら、機嫌よく歌っていると、歌が重なって誰かがハモっているように聞こえた。
振り向くと、ジムよりも小さな男の子が鶏小屋の入り口から、頭だけを傾げてこちらを見て、ニコニコしながら歌っていた。
「坊っちゃん!」
「クフフ、きちゃった」
ジムが驚いて声を上げると、坊っちゃんは可愛らしいニコニコ顔もそのままに、トテトテ歩いてジムに近寄ってくる。
坊っちゃんは、お屋敷のお坊ちゃんで偶にこうして乳母の手から逃れ、使用人棟にやってきてしまう。
初めてお目見えした時は、ジムは坊っちゃんと知らずに、近所の子供が裏口から勝手に入ったものと思い込んで遊んでしまった。
それからこうやってジムの所に来てしまうのだ。
「じむ、こで」
坊っちゃんがジムに小さな包みを渡した。
受け取ると中身はクッキーだった。
「坊っちゃん、これは坊っちゃんのおやつでは?」
「じむの!」
「そ、そんなわけは」
慌ててジムが返そうとすると、坊っちゃんは途端に可愛い顔がくしゃりと歪み、今にも泣きそうになっている。ジムはどうしていいか分からず困ってしまった。
坊っちゃんをお屋敷に送り届けたいが、鶏達は散歩を始めたばかりで、鶏小屋を空ける訳には行かないし、クッキーの包みもこのまま持っているわけにもいかない。何故ならジムが我慢できずに食べちゃうからだ。ジムもまだ6歳の子供だからお菓子が手にあれば、つい食べたくなる。
包みを手に右往左往していると、さっき泣きそうになっていたはずの坊っちゃんは、トテトテと鶏を追いかけ回し始めていた。
ジムは血の気が引く。
鶏は追いかけると逆に追いかけて突こうとするからだ。
坊っちゃんに怪我をさせるわけには行かない!
今にも鶏に飛びかかられそうになっている坊っちゃんに、ジムは覆い被さった。
鶏達は集団でジムに迫る。
鶏に突かれたら痛いかもしれない!
けど坊っちゃんを守らなくちゃ!
ジムは坊っちゃんにもっと深く覆い被さり蹲った。だが⋯。
アレ?全然痛くない
どうして?
「どうして?」
蹲っていたジムは、恐る恐る少しだけ頭を上げた。
目の端で何かがリズムを取るように規則正しく動いている。
小さい声が聞こえる。
それは知ってる節だった。
さっきまで自分がハミングしていたリズムだから。
「たっくしゃん!うんじぇくでぇ♫」
「坊っちゃん?」
ジムは、起き上がり坊っちゃんを見る。
アレ?鶏は?
そう思っていたら、坊っちゃんがさっきまでジムが握っていた小枝を持って振っている。
その小枝の先に視線を向けると鶏達が、リズムを刻むように2本の足をヒョコヒョコと片方ずつ上げて踊っているように見えた。
ジムは、鶏→坊っちゃん、鶏→坊っちゃんを交互に見るのを繰り返す。
「じむ!うた!はい!
たっくしゃん!うんじぇくでぇ♫」
「たっくさん!うんでくれ~♫」
「ちっちゃいの!」
「「「「「「「コケーッ!」」」」」」」
自分の周りの光景が信じられなくて、こわごわ歌うジムに、声が小さいと坊っちゃんが指摘した。それに同調するように鶏達も一斉に抗議する。
「たっくさん!うんでくれー♫」
腹の底から大きな声でジムは歌ったというより叫んだ。坊っちゃんは嬉しそうに笑った。
◇◇◇
「何だ?」
「いえ、何でもございません」
デリス子爵家の嫡男ヒューズの執務室。
従者のジムはヒューズが捌いた書類を、日付順に並べ変えてゆく。
「ああ、ジム。麦畑の先にある小屋が、先日の突風で少し崩れたそうだ。古いからな、立て直そうと思う。今から見に行くから馬車を回してくれ」
「えっ?今からですか?」
「何だ?」
「⋯⋯」
「早くしろよ、領民達が休憩出来ないじゃないか。暑くなって領民の皆が体調を崩したらどうするんだ」
「⋯⋯畏まりました」
ジムは、もうすぐ昼も過ぎようというのに、休憩しない|ヒューズ《主》に呆れながらも、渋々返事をした。
(領民の休憩も大事だけど、ヒューズ様も休憩しないと倒れてしまいますよ)
ジムは、馬車の手配をして執務室に戻った時、働き蜂のヒューズを心の中で心配する。
そんなジムを訝しげに見るヒューズ。
「何だ?行くぞ!」
「は、はい!(昔は可愛かったのにぃ⋯)」
キビキビ歩く主のあとを急いで追うジム。
丁度その時、使用人棟から子供達の歌声が聞こえた。
「「「たっくさん!うんでくれ~♫」」」
すると前を歩くヒューズが立ち止まった。
子供達の歌はエンドレスか、というほどずっと歌い続けていた。
その時ヒューズがジムを振り返って笑った。
さっきまでずっと眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたのに。
「ジム、昼食を食べてからにしよう。休憩は大事だな」
ヒューズはそう言ってジムを連れて談話室に向かった。
遅い昼食で出されたのは、甘い蒸しパンだった。
コメント
1件
ああ、この話めっちゃ良かった……! 幼いヒューズがジムにクッキー渡すとこからもう尊いし、まさか歌で鶏が踊るとは思わなくて笑ったわ。大人になってからも、あの歌がヒューズをほぐすトリガーになるの好き。甘い蒸しパンで締めるのがまた胸熱。番外編で過去と現在がリンクする構成、ガチ好み🔥