千切豹馬ことお嬢は真面目な表情で悩んでいた。そう、彼にとってこれは死活問題であるのだ。
5月23日。
そう、今日はキスの日なのだ。
話は遡ること数時間前になる。
『國神…今日はキスの日らしいぜ、ほらキス』
『あ、あ〜ちょっとこの後予定あるんだよな〜』
『..は?ちょ、おい國神ッ』
『おっと、もう時間だから行くわ。じゃあなまた後でお嬢!!』
そう言われて、放置されてしまったのだ。
それからずっとヒーローの帰りを待ってソファーに寝っ転がっているのだが、いまだに帰ってくる気配はなかった。
「クソッ、……早く帰って来いよ國神…」
段々と募っていくイライラ感に貧乏揺すりをしながら時計へと視線を向ける。
自分がここに寝っ転がって一体何分が経過したというのだろう。
そもそも、國神からキスをしてもらったことがあったのだろうかと雑誌を適当にめくりながら考え始める。
だが、記憶をどう漁ってもあちらからキスしてくれたことはなかった。
「………いや、まて、一回くらいは…」
だらだらと流れ始める冷や汗を感じながら自分の中でむくむくと膨らんでいく不安感に苛まれる。
女の子相手ならそんな心配もすることはなかった。寧ろ、あちらから擦り寄ってくることが殆どだった。
だが、あのヒーローだけは違った。
ずっと昔から彼だけを見てきたが、いつも一線置かれていた。
今でこそ相棒という線を超え恋人、という関係にはなったもののそれでも少し距離感を感じる。
その距離感がなんなのかを千切豹馬はいまだに理解することは出来なかった。
「っだめだ!!こんなに惑わされちゃ!!」
そう自分に言い聞かせつつ机に置いておいた携帯を手に取る。
メールも何も届いていない画面を見てまたイライラが吹き出上がる。
そしておもむろに新規メール作成画面を開いて打ち込み始める。
暫く打ち込んだ後に送信ボタンを押してそのままソファーに寝転がる。
千切はそのままゆっくりと目を瞑った。
「た、ただいま〜」
ガチャリ、と扉を開いて誰も待ち伏せしていない廊下に國神は安心して溜息をつく。
「帰ってきましたよ〜、お嬢〜…って ぁ」
呼びかけると同時にリビングの扉を開けるとソファーに千切 が寝っ転がっていた。
「ね、寝てるのか…??」
スリッパを脱ぎ捨てて眠っている千切の顔を覗き込む。
「… たまには俺からした方がいいよな、」
買い物した荷物を机に置く。
髪を指で撫で顔をゆっくりと近付ける。
そのまま軽くちゅっと唇を重ね合わせ、すぐに離す。
慣れないことに羞恥心を覚えて熱くなる顔を腕で隠しながら荷物を台所へと運んでいく。
「..ぁ あのまま放置してたら風邪引いちまう」
気を落ち着けるために買い物した荷物を冷蔵庫へとしまいながらあのままだと風邪を引いてしまうと思い、寝室に行ってタオルケットを持って玄関へと戻る。
未だに玄関で眠っている千切の体へとタオルケットを掛けようとした瞬間に腕を思いきり引かれた。
「うあっ!?」
「寝てる時じゃなくて、ちゃんと起きてる時にして欲しいんだけど國神クン〜」
「千切っ…いつから起きて…!」
しっかりと体を抱き竦められ、身動きが取れないまま文句言いたげに國神は千切を見つめる。
しかし、当の千切はすっかり上機嫌だった。
「國神がただいまって扉開けた辺りから起きた」
「それほぼ最初からじゃねえかあ…、」
「だってそうでもしねェと素直になってくれないじゃん國神は。実際、この作戦は成功だったと思うぜ?」
ニヤニヤと普段の凛とした顔とは一段と違う小悪魔の顔に腹が立ち、國神は机に置いてあった雑誌で頭を叩く。
いだっ、と一言呟くだけで他には特に何もしてこなかった。
「なあ、國神もう一回」
「駄目だ」
「もう一回だけ、な?」
「…嫌だ」
吐息がかかるくらいの至近距離で強請られて國神の気持ちは思わず揺らぐ。
だが、それよりも羞恥心の方が勝り、自分からキスするなどもう出来なかった。
「愛してくれてるんでしょ?俺の事」
「別に..俺はそんなこと言って…、な….い。千切が勝手に…」
「ふ〜ん?愛してもいない奴にキスできんだヒーローは?そういうタイプじゃねェだろ國神は。俺が一番よく知ってる」
図星ばかり刺され、國神は眉間に皺を寄せる。
言い返す言葉も見つからずぐりっと肩へと額を押し付ける。
もう、どうしようもなく恥ずかしいだけだった。
「國神」
千切の低い声が耳元で響く。
(やっぱり俺は、千切が…)
言葉を返すことなく、そのまま体へと腕を回して抱き締める。
それを了承と判断した千切は國神の顎へと手を伸ばし、そのまま持ち上げて唇を重ねた。
その甘いような感覚に國神はされるがまま目を瞑った。
國神の脳裏に、千切の先程のメールが思い浮かぶ。
『錬介、愛してる』
短く書かれたその文章にすら、ドキドキとして予定を早めに切り上げて帰ってきたのだ。
(やっぱり、お嬢には敵わないな笑)
一人そんなことを考えながら、自分の唇を這う千切の舌を口内へと招き込んで絡ませ合うのだった。
コメント
4件
千國‼️珍しい嬉しいありがとうございます
新しい扉は開かないんですけどいいですね👍🏻