テラーノベル
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某スタジオ。
心霊現象が起こるという噂が、昔から流れている建物だった。
どの階なのか。
どの部屋なのか。
何が出るのか。
話す人によって内容が違うため、信憑性はほとんどない。
けれど――
「夜になると、誰もいない廊下を何かが通る」
その一点だけは、妙に一致していた。
チカ
「この建物の何階か忘れたけど、出るらしいやん」
ユリの顔が、一瞬で青ざめた。
ユリ
「チカ、やめて。マジで」
チカ
「……はい」
マヒナ
「出るって何が?」
ユリ
「言わなくていい」
モモカ
「心霊的なやつ」
ユリ
「モモカ!!!! やめてって!!!」
モモカ
「はいはい」
ユリ
「“はい”は一回!」
モモカ
「はい」
ナオコは隣のコハルを見る。
コハルは平静を装っているが、指先がわずかに震えていた。
呼吸も、ほんの少し浅い。
ナオコ、小声で
「怖い?」
コハル
「……ちょっと」
ナオコ
「何かあったら、すぐ来てな」
コハル
「……もうちょっと近くにいて」
ナオコは一瞬だけ目を細めて、距離を詰めた。
肩が触れる。
その温度に、コハルの呼吸が少しだけ落ち着く。
ナオコ
「ここおる」
コハル
「うん……」
収録は押した。
予定よりも遅くなり、建物の人の気配がどんどん減っていく。
廊下の照明は間引かれ、一定間隔でしか灯っていない。
光と影が交互に並び、奥へ行くほど暗く、見通せない。
楽屋の中も、さっきまでの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
誰も喋らない。
ただ、空調の低い唸りと、どこか遠くで鳴る機械音だけが、一定のリズムで続いている。
その音が、逆に静けさを強調していた。
耳の奥で、自分の心臓の音がやけに大きく響く。
ドクン、ドクン、と。
チカ
「……静かすぎん?」
ユリ
「喋らなくていい」
チカ
「こういう時ってさ、逆に――」
ユリ
「言ったら怒る」
チカ
「はい」
沈黙。
ほんの数秒のはずなのに、やけに長く感じる。
その時。
――ガタンッ。
乾いた音が、廊下の奥から響いた。
何か硬いものが床に落ちたような、鈍くて重い音。
壁に反響して、遅れて耳に届く。
全員の身体が、同時に止まる。
呼吸が止まる。
誰も、次の息を吸うタイミングを見つけられない。
マヒナ
「今の何?」
モモカ
「……何か倒れた音」
ユリ
「説明しなくていい」
その直後。
カラ……。
何かが、ゆっくり転がる音。
金属が床を擦るような、乾いた摩擦音。
カラ……カラ……。
止まる。
沈黙。
また、少しだけ動く。
カラ……。
その間隔が、不自然に長い。
まるで――
誰かが、途中で手を止めているような。
誰もいないはずの廊下。
閉じた扉の向こう。
それでも、確かに“何か”がいる気配だけが、じわじわと近づいてくる。
空気が重くなる。
温度が、ほんの少しだけ下がる。
肌に触れる空気が、ひやりと冷たい。
コハル、小声で
「ナオコ……」
ナオコ
「おるよ」
コハルはナオコの袖を掴む。
それだけでは足りないように、腕へと手を滑らせ、ぎゅっと抱き寄せる。
指先が冷たい。
コハル
「離れないで……」
ナオコ
「離れへんよ」
コハルはそのまま、ナオコの腕へ頬を寄せた。
チカ
「台車やろ……たぶん……」
ユリ
「“たぶん”って言わないで」
マヒナ
「幽霊が押してるの?」
ユリ
「マヒナやめて!!!」
その瞬間。
――パチッ。
照明が落ちた。
完全な暗闇。
視界が、一瞬で消える。
音も、消える。
空調の音すら、遠くへ引いていくように感じる。
何も聞こえない。
何も見えない。
ただ、自分の鼓動だけが、耳の奥で暴れる。
ドクン、ドクン、ドクン――
時間の感覚が歪む。
一秒なのか、もっと長いのか分からない。
背中に、冷たいものが這い上がる。
誰かが、すぐ後ろに立っているような錯覚。
息をするのが怖い。
HANA全員
「ぎゃああああああああああああ!!!」
照明が戻る。
光が戻った瞬間、現実が一気に押し寄せる。
ユリはチカの腕を全力で掴んでいた。
チカ
「いっっっっっった!!!」
ユリ
「離さない!!!」
チカ
「痛い痛い痛い!!!骨いく!!!」
ユリ
「無理!!!無理!!!無理!!!」
モモカ
「チカうるさい!!!」
チカ
「ユリが握り潰してくる!!!」
ユリ
「離したら死ぬ!!!」
チカ
「誰も死なん!!!私の腕が死ぬ!!!!」
一方。
コハルは完全にパニックだった。
ナオコの首に腕を回し、勢いよく抱きつく。
身体ごと押し付けるように密着する。
コハル
「ナオコ!!!ナオコ!!!無理!!!怖い!!!」
ナオコ
「大丈夫、大丈夫やから」
コハル
「離れないで!!!絶対離れないで!!!」
ナオコ
「離れへんよ。ここおる」
コハルはさらに腕に力を込める。
服を掴み、顔を肩へ埋める。
コハル
「見えない……見えないのが一番怖い……」
ナオコ
「見んでええよ。こっち向いとき」
コハル
「うん……」
ナオコはコハルの頭を引き寄せ、視線を完全に自分へ向けさせる。
背中をゆっくり撫でる。
コハル
「今消えた!!!絶対消えた!!!」
ナオコ
「消えたな……」
コハル
「認めないで!!!」
ナオコ
「ごめんごめん。大丈夫やから」
コハル
「ほんとに……?」
ナオコ
「ほんま。私おるやろ?」
コハルは小さく頷きながら、さらに身体を寄せた。
コンコン。
扉が叩かれる。
乾いた音が、やけに近く感じる。
全員、凍りつく。
誰も動かない。
誰も返事をしない。
コハル
「やだ……やだ……」
ナオコ
「大丈夫。人やと思う」
コハル
「違ったらどうするの……」
ナオコ
「その時は私が出る」
コハル
「一緒に行く……」
ナオコ
「離れへんの?」
コハル
「無理……」
ナオコは小さく息を吐き、背中を撫で続けた。
コンコン。
スタッフ
「HANAさん、終了ですー!」
一気に力が抜けた。
チカ
「終わったぁぁぁ……」
ユリ
「……生きてる……」
チカ
「腕死んでるけど?」
ユリ
「それは、ごめん。」
帰り道。
誰も一人で歩かない。
コハルはナオコにぴったりくっついたまま。
腕を絡めるだけでは足りず、時々服を掴み直す。
コハル
「まだ怖い……」
ナオコ
「もう外やで」
コハル
「でも思い出す……」
ナオコ
「今日はずっと一緒におる」
コハル
「ほんとに?」
ナオコ
「ほんま」
コハルは少しだけ安心したように、ナオコの肩へ頭を預けた。
帰宅後。
玄関の鍵が閉まる音が、やけに安心感をくれる。
コハル
「ただいま……、おかえり……。」
ナオコ
「おかえり、ただいま。」
コハルはそのままナオコに抱きつく。
今度は静かに、でも離れたくないように。
コハル
「今日……一緒に寝る時……」
ナオコ
「うん」
コハル
「ずっとくっついてて……」
ナオコ
「うん」
コハル
「置くだけも……して……?」
ナオコの目がやわらかくなる。
ナオコ
「もちろん」
寝室。
いつものように、コハルが前。
ナオコが後ろから抱きしめる。
バックハグ。
ナオコの手が、ゆっくりコハルの胸へ回る。
そして――
そっと、手を置く。
動かさない。
ただ、そこにあるだけ。
コハルは自分から、ナオコの手へ手を重ねた。
逃げないように、確かめるように。
コハル
「……あったかい」
ナオコ
「ここおるよ」
コハル
「離れないでね……」
ナオコ
「離れへん」
コハルはさらに背中を押し付ける。
完全にナオコへ預けるように。
コハル
「ナオコ……」
ナオコ
「ん?」
コハル
「好き……」
ナオコ
「私も好きやで」
そのまま。
コハルは安心したように眠りへ落ちた。
ナオコは手を動かさず、ただ静かに寄り添い続ける。
外にはもう、何もいない。
ここには、二人だけ。
それだけで、十分だった。
#HANA
⭐︎ひろ⭐︎
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コメント
1件
読ませていただきました!心霊パートの空気感、すごく丁寧で一気に引き込まれました。照明が落ちた瞬間の「時間の感覚が歪む」という描写、すごくリアルで背筋がゾクっとしました…。一方で、コハルとナオコの二人の距離感が繊細に描かれていて、怖いだけじゃなくて温かさもあって、そのバランスが素敵です。「ここおるよ」の台詞、何度も繰り返されることで安心感が増していく感じが好きです。続きが気になります!