『手術中』という文字の電気が消え、手術終了が知らされる。手術の結果が良くても悪くても今は姫奈に会うきになれない僕は屋上に足を運ぶ。涼しい風で髪が吹き荒らされる。やっと息ができた気がして、今まで息が詰まっていたことに今更気づく。ベンチに向かおうとして、自販機の影からこちらを伺っている皇太郎の姿が目に入る。まったく、野性味が溢れている。
「皇太郎。」
「え〜。バレてた?」
「うん。バレバレ。190cmは大変だな。」
「ちぇっ、つまんねえ。」
屋上の柵により掛かると皇太郎はポケットから小さな箱を出してタバコを咥える。
「皇太郎タバコ吸うんだ。」
「んあ?ココア◯ガレットだぜ✨いる?」
「…いらない。」
「タバコはさ、体に良くないから。」
ココア◯ガレット咥えて煙を吹く真似をする皇太郎は見ていて愉快だけど、姫奈と同じで優等生なんだよな、こいつ。
「悠晴、ありがとな。救急車よんでくれて。」
「皇太郎、僕感謝されることなんてしてないんだよ。ごめん皇太郎。」
「やっぱココア◯ガレット食え。」
「は?」
「煙吹かしながら腹割って話すのが男だ。」
「ココア◯ガレットだけどな。」
「細かいことは良いんだよ。」
大人しくココア◯ガレットを受け取って皇太郎のように咥える。甘い。昔よく小学校の帰り道にみんなで駄菓子屋によった記憶がある。皇太郎はその時も何故かずっとココア◯ガレットだったっけ?さっき澄麗ちゃんのお墓参りに行ったときはなんともなかったのに急にポロポロと涙が流れ始めた。皇太郎はきっと不器用なんだ。不器用なりにずっと俺のことを心配してくれて、それでたどり着いたのがココア◯ガレットか。皇太郎らしいや。涙なんか引き戻せないし、もっと泣きたくなるだけなのにココア◯ガレットのせいで涙も甘い。
「何があったんだよ。らしくねえぞ?」
ずっと誰にも言えずにいた自分の思ってたこと、姫奈に昔生きる価値がないと言われたこと、澄麗ちゃんが死んでしまったことに責任を感じていること、死のうとしたら姫奈が事故にあってしまったこと、全部全部皇太郎に話した。もう涙が止まらない。
「悠晴、もっと先に話してくれればよかったのに。俺はいつも呑気に生きてるからわからないけどさ、俺も彼女が急に死んだら悠晴みたいになると思うよ。まあ彼女いないんだけどね。俺が言いたいのは、悠晴はよく頑張ってるよ。」
「ありがとう。皇太郎が人を慰められるなんて知らなかったよ。」
「え?!どういうこと?ひどくない?」
「僕また今度姫奈に会いに来るよ。」
「姫奈も会いたがると思うから早めにな。あいつああ見えて寂しがりやなんだよ。ほんと面倒くさい。」
笑いながら扉に向かって歩き、手を丸い鉄のノブにかける。
「皇太郎!ココア◯ガレットは程々にしないと血糖値上がるよ。」
「はいはい。お前は俺の母ちゃんか。」
病院の重たい鉄の引き戸を開ける。
「姫奈、来たよ。」
「いらっしゃい。」
部屋で見つけた花瓶に水を入れてうちの庭の向日葵を飾る。
「綺麗だね。」
「うん。」
「もう死のうとしたらだめだよ。」
「うん。もうしない。」
「もう、おいてかないでね。」
姫奈の目に小さな涙の粒が浮かんでいる。僕はそれを親指で拭き取り、まっすぐ姫奈の目を見る。」
「もうおいてかないよ。」
「好きだよ。」
「知ってる。」
窓際に飾られた向日葵はまるで小さな太陽のように暖かい光を放っている。
完
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