テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
10,233
レア
1,921
lrfw - 3147字
恋愛感情なんてものは、隠そうと思えば案外隠せる。少なくとも俺はそう思っていた。
隠して、誤魔化して、冗談にして、茶化して。
そうしていればこの関係は壊れない。
不破っちのそばにいられる。
たとえそれが友達としてでも、それだけで十分だとずっとそう思っていた。
20時を回った事務所。収録やら打ち合わせやら仕事を終えたライバーたちが帰り始め、休憩スペースに残っているのは俺と不破っちの二人だけだった。
忙しいのもそうだが、あんまり二人きりで会うとこの気持ちが他者にバレてしまうのではないかと、そんな杞憂で二人きりで遊んだり配信をしたりすることは極端に少なかった。
だから珍しく一緒になった事務所での3D配信で、なんとなく自然な流れで二人きりになれないかなって考えてわざと帰りの支度をゆっくりしたり、いつもより一本多く煙草を吸ったりした。きっと不破っち側も同じ感じだろう。そう、つまり偶然のようで必然的に二人きりになったのだ。
自販機のコーヒーを片手に他愛もない話をする。
不破っちと話せているのに、勿体ないことに俺の脳内の半分は雑念で埋まっていた。今日の収録中、ゲストライバーがBL営業だとかツッコまれた時に何気なく言った言葉「そんな趣味ねぇよ!」それがなんだか胸につっかえていたのだ。
「ロレ、今日疲れとるやろ」
「そう見えるってこと?」
「目の下、隈できとるよ」
「あー、ライブの練習追い込んでてさ、確かに最近寝れてねぇかも」
「今日はちゃんと寝るんやで?お前が思ってる以上に睡眠は大事やぞ!」
「母親か?」
「兄貴させてもらってますぅ」
「何の訂正なん笑」
いつも通りなのに。
不破っちが笑うたび、彼がいつも通りであればあるだけ、俺の胸の奥が少しだけ苦しくなる。
俺だって普段なら気にしないはずなのに、不破っちが言った通り疲れが溜まっているからか無駄な感情が込み上げてくる。
あーやっぱり好きだ。ずっと前から。どうしようもないほどにこの人が好きで、好きで、好きな気持ちに比例するように苦しい。
けれど、それはきっと不破っちも同じだから。
視線。距離感。他の誰にも見せない表情。
分かってしまう。
この人は俺のことが好きだ。
そして不破っちもまた分かっている。
俺が不破っちを好きなことを。
だからこそ何も言わない。
男同士だからとか、歳の差とか、表にでる仕事なうえに同僚だからとか。もし別れたらとか。
バレるようなことがあって、事務所内で気まずくなったら?リスナーを悲しませたら?周りが気を遣うようになったら?
彼も俺も気に入っているこの仕事を続けられなくなるかもしれない、大好きな居場所を失うかもしれない。こんだけ人がいたら、どうしてもこういう恋愛関係を受け入れられないライバーやリスナーがいるだろう。そんな人達から向けられる視線を耐えられるだろうか。
好きだけじゃ、越えられないものがある。
だから俺らは友達だった。
仲のいい友達。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……ロレ?」
「ん?」
「聞いてる?」
「あー、ごめん何だっけ」
「ふっ、珍しくぼーっとしとる」
「ごめん」
「別にええよ」
不破っちが少しだけ眉を下げる。
その顔が好きだった。優しくて。綺麗で。
少し困ったように笑うその顔が。
言葉にしたことない俺の気持ちを知ってくれているんだと安心できたから。
「……不破っち」
「なに?」
「もしさ」
「うん」
「俺らが普通に出会ってたらどうなってたんだろうな」
言った瞬間、空気が変わった。不破っちの瞬きが増えて、俺の言葉の意図を理解しようと努めているのがわかった。
俺も自分で何を言っているんだと思った。やっぱり俺疲れてんだな、そう後悔しても撤回するにはもう遅い。
「あぇー、普通って?」
「いや、まぁ、ライバーとかじゃなくてさ」
「あぁ…うん?」
「高校とか大学とか?そういうさ、この仕事ほど周りを気にしないでいい場所で出会ってたら」
不破っちはしばらく黙ってから 小さく笑っていつもの少し甘い呂律で言った。
「……付き合っとったんちゃう?」
心臓が止まるかと思った。
「は…?」
「いや、だって」
不破っちが困ったように笑う。
「ロレ、俺のこと好きやろ」
「っ…」
「俺も、お前のこと好きやし」
あまりにも自然で、当たり前みたいに言うものだから、俺は何も返せなかった。
だってこの人はいつも、俺以上に周りを気にしていて、この気持ちを匂わせるようなことを言葉にすることはなかったから。
あぁ、そうか。俺が欲しがっている言葉を察して、俺の欲望を見透かして、言ってくれたんだ。どこまでも優しくてずるい人。
「でもまぁ」
不破っちが視線を落とす。
「現実はそう上手くいかへんよな」
その声が少しだけ寂しそうで。
俺は気づけば立ち上がっていた。
「ロレ?」
大好きな声で名前を呼ばれて、引き寄せられるように、気づけば彼の顔がすぐそこまでの距離に近づいていた。不破っちが不思議そうに見上げる。
潤んだアメジストに惹き込まれる。
不破っちも俺の何かに惹き込まれたのか、次の瞬間には俺らの距離はゼロになっていた。
どちらが先だったのかも分からない。
柔らかい。そんな馬鹿みたいな感想が最初に浮かんだ。
数秒。数十秒。時間の感覚なんてとうに消えていた。
唇が離れて、目が合う。
何も言えない。何も聞けない。
静寂だけが俺らの間に流れていた。
そんななかで初めに気づいたのは不破っちの耳が赤くなってること。見たことないくらい赤くて、この人にも羞恥心があったんだと少し驚いた。
不破っちは少しだけ目を伏せて、それから困ったように、泣きそうなほど優しく笑った。
「……すまん」
「え?」
「忘れて、ローレン」
喉が動く、けれどそれ以上はなく声にならない。
「今日はもう帰るわ」
不破っちが立ち上がって肩から鞄をさげる。
振り返らない。ただ出口の前で一度だけ立ち止まった。
「友達おらんなるん嫌やから。何も失いたくなくてさ俺。……っ、ごめんな、臆病で」
聞いたことないくらい小さく、不破っちらしくない頼りない声だった。
「じゃあな、ロレ」
扉が閉まる音を最後にこの部屋は静寂に包まれた。驚くほど静かで、先ほどまでここにもう一人いたのが嘘のように思えて、なんだか可笑しくて思わず笑ってしまう。
「ははっ…」
悔しい。あんな顔をされたら追いかけられない。あんな優しい声で言われたら引き止められない。
今日確信してしまった。本当に、どうしようもないくらい両想いで、実ることはないんだって。
「……最悪だろ」
不破っちが自分を好いてくれている事実が嬉しい反面、同じくらい苦しくて悔しい。
手に入ったわけじゃない。
むしろ、手を伸ばせば届く距離にあったのだと知ってしまった途端に遠くなった。
友達を続ける理由は山ほどある。
諦める理由も山ほどある。
それでも、あのキスだけは、あの体温だけは、きっと一生忘れられない。
「忘れて、か」
無理に決まってる。忘れられるわけがない。
だってあんた、あんな顔するんだから。
天井を見上げる。
そして誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。
「俺も、今あるものを失うのは怖ぇよ。でも俺はそれ以上にあんたが欲しかった…」
返事はない。けれどきっと、同じ夜のどこかで不破っちも俺と同じ顔をしている。
そんな気がした。
コメント
1件
うわ…読んだ直後、胸がぎゅーって苦しくなったよ…(;;) 「友達おらんなるん嫌やから」って不破っちの声、すごくリアルに浮かんできた。お互い好きなのに、それを武器にしあってるみたいな距離感が切なくて。キスの後の「忘れて」ってセリフ、めっちゃ刺さった…あの優しさが逆に残酷だよね。 ローレンが最後に呟いた「あんたが欲しかった」、その気持ちが静かに爆発してる感じが伝わってきた。この先どう転んでも、傷つくのが分かってるのに読まずにいられない…続きが気になる作品です🥀