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「ねぇ、君、一人? 良かったら、俺達と遊びに行かない?」
思い出に浸る俺へ無遠慮な声が掛かる。視線をあげると、カウンターの両隣それぞれに、見知らぬ男が二人座っていた。ナンパだろうかと面倒臭い気持ちになって「先約がありますので」と丁重に断るも、ナンパ男二人は諦めが悪く俺に話しかけ続ける。
「君、綺麗な目をしてるね。お花みたいな色してる」
「ああ、いえ。そんなことは」
「髪の毛も白銀色だね。桜か何かのプランツェイリアンかな?」
「……成程、そういうことか」
こいつらはナンパ男ではなかったらしい。だが俺を「桜か何かの」なんていう辺り、プランツェイリアンに対しての知識は中途半端で、こういう奴等がプランツェイリアンに話しかける目的は一つだ。こいつらが求めているのは、俺と言う「プランツェイリアンの肉」だ。
「静かに。暴れると、他のお客さんの迷惑になる」
「俺が迷惑になるんじゃなく、あんたらが迷惑に成るんだろう」
銃かナイフかは分からないが、どちらにしても俺以外に怪我をする人間が出すことは本意じゃない。俺は大人しく、二人の男達の間に連れていかれることとなった。
「最近、俺たちの組織の間でも話題になってるんだよ。そこらじゅうのカルト教団を壊滅に追い込んでいる、人外級に強いプランツェイリアンがいるってさ。まぁ、植物型の宇宙人なんて元から人外なんだろうけれど」
クククと何が面白いのか喉を鳴らす男の言葉が、カズちゃんのことを指していることは明白だった。元々、プランツェイリアンは俺達地球人よりもはるかに強い。だが、その中でもカズちゃんは別格なのだ。あまりにも冗談みたいに強いので、以前、玲葉さんに理由を尋ねたことがある。おじさんが言うに、カズちゃんは「リィヴァルシャンヌ」と呼ばれる存在らしい。
別名を「不崩の聖樹(くずれずのせいじゅ)」とも呼ばれる彼のような存在は、プランツェイリアンの中でも珍しいらしい。地球で同じ現象を説明するとするなら「先祖返り」と言われるそれは、原種のプランツェイリアン、つまりはご先祖様の特性を色濃く残した異能を持つ。
カズちゃんは通常ならば三つが限度の植物異能――――カズちゃんのお母さんである円華さんですら七つが限度のその力――――それを無尽蔵に繰り出せるのだ。また、玲葉さんのように自らが生成した毒茸やそれによって集まる毒虫の効果で体調を崩すこともない。そういった意味で、カズちゃんは殆ど無敵と言えるだろう。
「強いプランツェイリアンほど、人間の限界を突破させる為の妙薬となる。君ほどに強い花ならば俺達を不老長寿……不老不死にすることすら出来るだろうさ! 君には少し痛い思いをさせるが、君達の種族は強いから、そうそう命の危険には直結しないだろう?」
こいつらにとっては、他人が自分の手によって傷つけられ死の危険にさらされることすら「少し痛い」の範囲なのだ。何と言ったって、自分達には痛む場所などなく、欲で感性が死滅した脳みそでは此方の傷みに気付くことすらままならないのだろう。まぁ、此方としても無抵抗で食われようとは思っていない。全殺しにならぬ程度、九分九厘殺し程度にはボコボコにして、警察へ突き出すことくらいは考えている。なんて言ったって、こいつらは俺とカズちゃんのデート計画を邪魔してきたのだから。
「さて、着いた。此処が我々の祭壇だ。そして君が、我々の未来への供物だ」
臭い科白を恥ずかしげもなく口にして、二人の男は俺をちゃちな建物の中へ引きずり込む。元は会計事務所か何かだったんだろう狭い部屋には、四人分の一人掛けソファと低めの長テーブルしかない。俺は仕方なく、長テーブルへ腰を下ろし、一人掛けソファに靴のままで足を乗せた。最近の子は行儀が悪いなぁ。なんて男達は余裕気に笑っているが、見ず知らずの人を自分の妄想の為に拉致するような人間に礼儀だのなんだのと詰られる謂れはない。
そもそも、こいつらだって十分に「最近の若い子」だろう。俺が童顔だから学生とでも考えているんだろうが、男達も二十代後半と言った程度だ。そんな雑談をする気も起きず、意味もないのでわざわざ訂正はしないが。
「行儀が良かろうと悪かろうと、あんた達は俺を原材料として、妙薬とやらに加工するんだろうな。俺としては、頬肉が一番のおすすめだ、きっと柔らかくて美味しいだろうからさ」
余程の馬鹿なんだろうか。分かりやすい挑発の意味も気付かず、男の一人が俺の言葉に警戒も持たず俺の頬に触れる。美しいな、なんて呟きながら、その実今すぐにでもこの面の皮を剥いでやろうという算段でいるのだろう。こいつらを狙っている俺の額が、どれだけ硬いかも知らないで。
腹筋を倒してからもう一度起き上がる要領で、相手の鼻っ柱へ額を叩き込む。硬い肉がぐにりと潰れる不快な感覚に、錆びた鉄の匂いが鼻先にかかる。ぐらりと倒れた仲間を見て、もう一人の男が「畜生!」と俺へ飛び掛かる。腕力では部の悪い体格差であるから、踵で鳩尾を抉るように突き上げる。グェ、と蛙の潰れるようなえづく音に、俺は「しめた」と思ってテーブルから立ち上がる。呻き蹲る男達の背骨が砕けるようにと踏みつけながら、事務所の扉を開ける。地下から一階へ向かうやや急な階段を駆け上がると、外に繋がる光が見えた。……が、現実はそううまくはいかないらしい。
否、これがサイコホラーやスプラッター映画ならば、大分上手な展開だ。光の中で見えた人影が、俺の顔面に向かってきたと気づいた瞬間、目の中にいくつもの赤い星が飛ぶ。顔を殴られたのだと理解するまで数分かかる間に、人影達は俺を捕まえて、今度は事務所の二階へと俺を運び込んだ。