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#ファンタジー
#クトゥルフ神話
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「※△☆▲※◎※△☆▲※◎……」
クトゥルフがツイートしている。数えてみると、“140字”ピッタリだった。
「うるさいからマナーモードにしろ。というか、俺でも理解できる言葉にしろ。日本語で話せ。来日して間もない外国人であっても俺は容赦しない。郷に入ってはゴーカートでゴーだ。タコは事故って死ね!」
パブロフがクトゥルフに向かって文句をとばす。“異世界語検定3級”程度の実力しかない彼にとって、クトゥルフの発する言葉は、ただの騒音でしかない。
「わかったよ。サルでもわかる簡単な言語にしてやる」
クトゥルフがおぞましい肢体を露にする。
タコのような頭。
イカのような触腕を無数に生やした顔。
巨大なカギヅメのある四肢。
ぬらりとしたウロコに覆われた体色は、傷んだキュウリのようだ。
「仕切り直そう。よっ、パブロン。元気か?」
クトゥルフがコウモリのような細い翼をバタつかせ、口元に生やす触腕をうごめかせる。
「俺の名はパブロフだ。風邪薬っぽく言うな」
「そうだったか? ところで、遅めのパブロン。呪いの調子はどうだ?」
「フルネームで間違えるな。パブロンは効き目が早い。それはいいが、おかげで不便な生活を強いられている。はやく解呪(かいじゅ)しろ」
パブロフは、殺意を湛えた鋭い眼光をクトゥルフに放つ。
かつて異世界で対峙したパブロフとクトゥルフ。
バトルの最中、クトゥルフに数多の呪いをかけられ、パブロフは憤慨していたのだ。
「なぜ貴様は全裸なのだ?」
「オマエがかけた呪いだろ。忘れたのか?」
パブロフは、武器・防具が装備できないという呪いをかけられている。
服も婦人服・子供服しか着られないため、つねに全裸でいることにしたのだ。
「どうでもいいけど、貴様の足をどけてくれる?」
クトゥルフのねっとりした足をパブロフが踏みつける。
積年の怨みを晴らそうと、足に力が入ってしまう。
踵でグリグリと踏みつける。
なんだ? 聞こえないぞ。
パブロフは足に一層力を入れ、ひねりを加えた。
「貴様の足に“水虫の呪い”をかけた。一生苦しむがいい! えんがちょ!」
どう見てもクリーチャーのクトゥルフが、いたずらな笑顔をむける。
また面倒な呪いをかけてきたな。といっても、水虫なら薬で治りそうだが。
他にも小指の指紋を消すなど、地味な嫌がらせをしてきやがって……。
地面に視線を落としたパブロフは、やれやれと頭を振った。
「ここで決着をつけようぞ」
とんでもない提案を、クトゥルフが持ちかけてくる。
おいおい。バトルが起きたら釣り堀壊れるぞ。
神奈川県が吹き飛んで46都道府県にされかねないな。
最悪、日本終わる……。
惑星をひとつ吹き飛ばして、ジジイにめっさ怒られたのだが。いい歳こいて大人に怒られるのは、結構しんどい。
何かを思い出したかのように、精霊のデリバリー専用スマホをパブロフが手に取る。
「助手を召喚してもいいか?」
「どうしたバファリン。恐怖で体が動かないのか?」
パブロフが太い指で操作するスマホの画面を、クトゥルフが興味あり気に覗き込む。
「これ以上、オマエから呪いをもらうのは、まっぴらゴメンなんでな」
クトゥルフに素手で触ると何かしらの病気、いや、呪いをうけてしまう。
水属性のクトゥルフに水の精霊をぶつけようと考えたパブロフ。対抗しうる風属性の精霊を呼びたいところだが、いまの彼には召喚できない。
「いまから来い」
電話1本で呼べるなんて便利すぎる!
なんてことを考えながら、出前用のフレーズをスマホに向かってパブロフが呟くと、0・3秒で精霊が顕現した。
「イケメンなのにドクズで、今はクソニートのデブロンさま。お呼びですかぁ?」
ぴっちぴちの青い全身タイツに身をつつむ彼女の名はクロエ。
腹の部分に白いポケットがついているため、パブロフから『クロエモン』と呼ばれている。
「俺の名前を覚える気はあるのか? オマエのポケットを引きちぎるぞ」
クロエモンは「キャバクラでのバイト経験があるから水属性です」だと主張する。
全身タイツはクロエモンの意思で着用しているようだ。メタリックの入った青い生地は、水の精霊と呼ぶにふさわしい。
「オマエは相変わらず来るのが早いな」
「いつ呼ばれてもいいように、近くで待機してるんで当然なのですぅ。数年まえからデブロフさまをずっと見守ってたんですよぅ。今日もばっちりストーキング、いえ、守護してたんですぅ!」
水の精霊クロエモンは、ベテランのストーカーだ。本日も例外なく、パブロフに付きまとっていた。
パブロフが自宅を出た時から張り付いていたのだ。パブロフらがタコ焼き屋の店主を撃退する様子を監視していたのは、クロエモンだ。
「で、どんな御用なのです? 水芸の披露? ご主人様のモノマネでしょうかぁ?」
棒つきキャンディーを頬張るクロエモンが、パブロフの顔マネをしながらパブロフをみやる。
「俺にケンカを売っているのか? オマエのポケットにワイファイって書いてポケット・ワイファイにしてやろうか? いいからクトゥルフを蹴り飛ばせ」
水属性のクロエモンは、鼻から水を出すくらいの芸しか持ち合わせていないが、キックだけは強烈である。
クトゥルフに触れたくないパブロフは、全身タイツ女に期待したのだった。
「ねえ、デブロフさま。水の精霊を呼んでもいいですかぁ?」
クロエモンも同様、クトゥルフには触りたくないようだ。
ハエのように手をすり合わせ、パブロフに懇願する。
「オマエが水の精霊を召喚してもあまり意味がない。原則、再委託は禁止だからな。責任を持ってタコを蹴り飛ばせ」
人間は精霊と契りを交わすことで未知の力を行使できる。精霊との契約とは準委任契約である。請負とは異なり、仕事の結果は問わない。クロエモンは精霊として責務を全うすればよいのだ。
「あ、そうそう。クロエね、いま生理中なんですよぅ。いまにも股から血を噴き出しそうなんで。来週から本気出すんで。時給あげてくれたら超本気だしますんで。毎度あり!」
自身のお股をパンパン叩きながら、クロエモンが全開の笑顔を放ってくる。
クロエモンは個人事業主だが、時給に換算すると506円。
契約締結時には金額に満足していたようだが、明らかに不当な報酬であることを、彼女は知らないらしい。
「クソエモン。来年の確定申告は手伝わないからな。あともうひとつ――」
「タ、タコを蹴り飛ばせばいんですね? はい、よろこんでぇぃ~!」
イタイところを突かれた様子のクロエモンは涙目。
クロエモンは個人事業主(白色申告)だ。簡易的な帳簿づけでさえ億劫がって後回しにしている。計算がニガテらしい。確定申告の時期には、パブロフに土下座をして教えを乞うている。
クロエモンが天高く舞い上がる。およそ3秒で100メートル上空に到達。
風圧で頬と口をブルブルさせながら急降下し、頑張ってますアピールをする。クロエモンの面相は、シワが伸びきったパグのようだ。
クトゥルフの5メートル手前にクロエモンが着地すると、グキッと鈍い音がした。
「やっちまったですぅ。クロエ、一生の不覚。どうやら足をひねっちまったようです……」
足を引きずりながらクトゥルフに向かって、クロエモンが走り出す。
さきほどクロエモンが飛翔したことに全く意味はない。
「確定申告のバッキャろーぃ!」
クロエモンは、自慢の美脚をクトゥルフの顔面に叩きこんだ。
濡れタオルを地面に叩きつけたような音がしたと同時、クトゥルフの頭部が、あさっての方向へとねじ曲がる。元に戻った顔を前に向けると、氷のようなクトゥルフの視線がパブロフを貫く。
「いい蹴りを披露した“変タイツ”が溺れているぞ。助けなくていいのか?」
クトゥルフは、精霊を変態呼ばわりしている。
「問題ない。そのうち精霊界の誰かが引き取りにくるはずだ」
水属性の精霊だが、クロエモンは泳げない。クロエモンは変顔をしながら深い池の底へと沈んでいる最中だった。
クロエモンのカラダが頑丈であることをパブロフは知っている。ゆえに、パブロフは助けない。
「首を捻った……。時差ボケか? なんだか調子が悪い……」
クトゥルフがカラダを反転させ、パブロフに背をむける。
この世界ではカラダが縮んで弱体化する、明日から本気出すなど、ダメ人間みたいなことを呟くクトゥルフ。腰をトントン叩きながら池に戻ろうとしている。
「これでもくらえ! F5アタック、バージョン2!」
半笑いのパブロフは、クトゥルフの後頭部を釣り竿でド突く。
「16種類のじゅうろく茶!」
とか言いながら、頭に穴を穿《うが》ちそうなほど、超高速で16連打する。
「オレ様の頭はエレベーターの『閉めるボタン』か! ちょ、やめて。後ろから突くとかクズだな……。本調子になったら貴様の家に行ってピンポンダッシュしてやるんだからね! 顔をみせに行くんだからねっ!」
クトゥルフは、ツンデレ女子みたいなことを言いながら、池の底へと帰っていった。
と、みせかけて再び顔をだしたクトゥルフ。
「あったま来た! 中華街にあるファミレスで“タコのマリネ”でも食おうと思ったけど変更だ。日本を支配してやる。手始めにピョコハマ市からだ。マリンタワーをポチっと折ってやるからな!」
「中華街のファミレスだと? どうせなら中華料理店へ行け! というか、なぜ神奈川なんだ?」
「ダーツを投げて刺さったのが神奈川県だったからな」
「他の都道府県でやってくれ」
「では、手下を連れて東京のタワーを破壊しに行くか。そうだな、渋谷のタワーレ〇ードでもへし折りに行くとしよう」
それは塔じゃねえだろ。池に向かってパブロフが言いかけた時、すでにクトゥルフの姿はなかった。大きな溜息を吐くと、パブロフは再び釣り糸を垂らす。
一時間ほど経過するも、クトゥルフは顔を出すことはなかった。
釣れたのは主を失った青の全身タイツだけだった。
クロエモンは全裸で帰還したのか?
パブロフは、全裸のクロエモンが職質されていることに気づいていない。精霊の衣装を回収すると、戻ってきていた魔術師の許に歩みよる。
「右肩だけ出したジジイのいるピョコハマ・ドリームランドに向かう。オマエたちを紹介したいしな」
魔術師をはじめ、パブロフの顔がクトゥルフになってしまったのだ。
終始爆睡していたシスターまでも。
もうひとりメンバーを釣ろうとパブロフは思ったが、お笑いサークルになりそうでやめておいたのだ。
パブロフは旧神ノーデンスを頼るべく、ピョコハマ・ドリームランドに進路をとった__。
★
パブロフめ、余計なことをしでかしおって……。
だが、クトゥルフが神奈川に出現したのは偶然ではない。私の住むドリームランドがあるからだ。邪神どもはここを目指してくるだろう。
パブロフたちが遊んでいる間にも、クトゥルフをはじめとした邪神どもが侵略の準備を進めている。きゃつらの手下は、数年まえから日本に降り立っていた。すでに人間界に溶け込んでいたのだ。だが、私の大事なトライデントをパブロフが二つ折りにしたおかげで、結界に綻びができた。折り悪く、手下どもの来襲をさらに早めてしまったようだ――。
紹介が遅れた。私は『ノーデンス』。動悸・息切れ・邪神の封印に効果を発揮する『旧神《きゅうしん》』である。もっとも、旧神と呼ぶのは人間だけだが。
クトゥルフめ、本当にマリンタワーをヘシ折りおったわ。宣言どおりパブロフ宅でピンポンダッシュまでしている始末。パブロフは留守だというのに。
シウマイ弁当の買い占めに始まり、あげくには観覧車を逆回転させている。クトゥルフの暴挙《いやがらせ》は、やはり捨て置けん。
パブロフらがドリームランドに到着したようだ。
私の更なる力をパブロフらに与えて封印の手伝いをさせるとしようか。