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『失礼いたします』
ふわりと金髪をたなびかせて入ってきた、ケモ耳がついた女の人。
向日葵色のワンピースが緩やかに体にそってひらめいている。まるでそうあるのが当然のような滑らかさだ。……たぶん、 スタイルが完璧すぎるからそう見えるんだろうな。
伏せていた顔がそっと持ち上げられた。
「(……あ、目、青いんだ。)」
ウルトラマリンブルー。
その名前を聞いた時はウルトラな海だなんて大袈裟だって思ったりしたけれど…… なんだ、まったく言い得て妙な名付けじゃないか。
宝石というには深いその青は、まさに海そのものだ。
男子校という華のない場にまったくそぐわない美しさを纏った彼女は、それを僕たちに振りまくこともなくただそこに立っている。
……正確には、チェカ君のおかげで絵面がだいぶ面白いことになっているレオナ先輩を見つめている。
形の良い唇がゆるりと弧を描き、細められた海色の瞳が優しい色に染まった。
『良かった、お目覚めになられていたのですね。』
牙が覗く口から発せられたのは、高すぎず、かといって低すぎず、なんの抵抗もなくするりと耳から入り込んで体の中を優しく撫でて染み込んでいくような……そんな声だった。
ジャックの耳の片方が小さく揺れたのが横目に見えて、危うく吹き出してしまうかと思った。
チェカ君のせいでツボが浅くなっているのかもしれないな。
「まぁな。つーかなんでお前までここに……」
『チェカ様が飛び出して行ってしまわれたので、やむなく急いで伺いましたわ。……レオナ様、お怪我の方は……?』
「別に、特に騒ぎ立てるような事もない。」
『それなら良かった。安心いたしました。』
「ニーナお姉さん、おじたんのこと心配だって言ってたもんね!」
『ええ。ですからチェカ様、私に二人分の心配をさせるなんて酷いことはもうしないでくださいね?』
「うぅ……ごめんなさぁい。」
苦笑、心配、安堵、諭し、微笑み
緩やかに移り変わっていく表情の中に、完成されていないものはない。
……本当に、綺麗な人だ。
「って、皆どうしたの?」
ふと視線を感じて振り向くと、部屋中のカラフルな目が全部僕に向けられていた。
そっと足元を覗けば、我らが親分まで心なしか呆れたみたいな顔をしている。
「監督生……お前、度胸あんなぁ……」
「だからー、何なんだよ?」
「とても言いづらいんだが……その、」
「いやぁ、監督生くんって素直なんスねー?」
「……うん?」
素直?
素直……すなお……SUNAO……
……まさか。
「えと、僕、もしかして……ジャック……」
「……出てたな、声に。」
「うわあああっ!ごめんなさいごめんなさい!気持ち悪かったですよね、脈絡もなくいきなり!本っっ当にすいません!!」
「完全に恋する乙女の目だったっスねー。」
「僕男ですラギー先輩!……じゃなくて!」
とりあえず全身全霊で頭下げて、最悪土下座して……いやそれは逆にやりすぎか?でも失礼なことをしたのに変わりはなくて……ああもう!
初対面の女性をいきなり面と向かって評価するなんて。いくら褒め言葉でも嫌なものだろう。
兎にも角にもまずは謝罪。謝ろう。
そう思って、バッと振り向いた。
『ふ、ふふ、ふっ』
「え、あ……」
『ああ、申し訳ありません。つい。』
笑われている。
細くしなやかな指を口元に添えてコロコロと、まるで宝石が零れたかのような笑い声だ。美人はこんなところまで美しいのか。
『不快だなんてちっとも思っておりませんわ。お褒めいただいて光栄ですもの。』
そう言ってまた微笑んで、今度は何かを思い出したようにそっと両手のひらを合わせた。
『あら、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私としたことが……どうか非礼をお許しくださいな。』
「いや……全然、そんなこと……非礼なんて、」
美人で、性格が良くて、言葉遣いも美しい。
冷静に考えて、レオナ先輩の関係者なのだから十中八九立場がある人じゃないか。
平謝りすべきは僕だろう。そりゃまあ正体は気になるけども。
「でも確かに、オレずーっと気になってたんすよねー。」
「そうっスよ!チェカ君だけでも驚いてるっつーのに、レオナさんは 説明してくんないし!」
エースとラギー先輩のブーイングに合わせて、デュースにジャックにグリムもこくこくと頷いている。もちろん僕も。
レオナ先輩はすごく、とっても、かなり面倒くさそうにため息をついてからその人を指し示した。
「つっても別に説明することなんかほとんどねぇんだがな。コイツはただの婚約者だよ。」
『ニーナと申します。よろしくお願いいたしますね。』
「婚約者ぁ!?!!?!?」
ものの見事に全員の大声が揃ったおかげで、それなりの大きさの叫び声になってしまった。
でも仕方ないじゃないか。
だって、婚約者ってことは、この女の人はレオナ先輩の結婚相手ってことで……
そういう世界なのか。彼女がいるいないで嘆いている僕たちとは、根本的な立場が違うのか。
チェカショック以上にポカンとしている僕達を横目に、レオナ先輩はまたため息をついたし、ニーナさんはまた笑い出していた。
「また尻尾振って取り込みやがったのか?いよいよ犬だな。」
『あら、心外ですしそもそも私は犬ではなくてリカオンですわ。』
「つまり犬じゃねーか。」
『リカオンです、レオナ様。』