「んで、電王ってのはなんだ?」
自分で淹れたコーヒーを啜る。どうしても微妙になってしまうコーヒーも飲みなれたものだ。
「時の運行を守るもの です。イマジンっていう過去を変えようとする怪物と戦う…ヒ、ヒーロー…的な?」
恥ずかしそうにうーんと首を傾げる。
自分で自分の事をヒーローと呼ぶのは恥ずかしかったのだろう。
その様子から見て野上良太郎が電王だということを察する。
「ってことは、良太郎も変身出来るのか?」
ヒーローと言うとやっぱり思い出すのは俺ら『仮面ライダーW』や照井の『仮面ライダーアクセル』の事だ。
だから無意識にヒーロー=変身と思い描いていた為にその言葉が出た。
しかし、良太郎は首を横に振る。
「前までは変身出来たんですけど…今はほとんどイマジンも消滅して、ベルトも全部返して電王を辞めちゃったから、僕は『元・電王』って言えばいいのかな、」
そう言い、良太郎は苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
俺がふーんと言いながら、コーヒーを片手に良太郎が座ってる向かいの椅子に腰を下ろす。
すると今まで笑っていた良太郎がふっと目を伏せ、少し悲しそうな顔をした。目線が左下に向いている。きっと何か悲しい事を思い出しているのだろう。姉と義兄の事か、それとも別のことか。
その後は軽く『仮面ライダーW』についても話した。『電王』の事を話してくれていたのに、俺らの『仮面ライダーW』の事を話さないのは、なんだか気が引けたからだ。
「俺と相棒…フィリップは『二人で一人』の探偵なんだよ。」
『二人で一人』なんだとそう言うと、大体は仲が良いんだね、相棒なんだね、家族なんだね、みたいな反応が返ってくるのに、良太郎は少し違った。
「お二人は揃ってこそなんですね」
って。
そうだ。その通りなんだ。俺はフィリップが居ねぇと何も出来ない。けど、フィリップが居れば何だって出来る気がするんだ。フィリップに頼るって意味じゃなくて、フィリップが居てこそ完全な俺っていうか、フィリップが居ねぇと俺であって俺じゃないって言うか。
なんて事を興奮した様子で良太郎に話した。自分でもしっかりなんて言ったのかは覚えてない。
思ったより俺の声が大きかったのか、検索中の筈のフィリップがガレージから珍しく顔を出す。
フィリップは検索しだすと、飯も睡眠も放り出して没頭するので、顔を出すフィリップがあまりにも珍しく、思わず「ぅわっ、」と声を漏らしてしまった。
「楽しそうだね翔太郎」
俺の帽子を掛けてある、ガレージに続く扉から顔だけを出してじとりと見詰めてくる。
顔はいつも通りだが、何処か不機嫌な様子だ。
不機嫌なのは分かるが何故不機嫌なのかが分からず、頭にハテナを浮かべる。
すると良太郎がどうしたのかと小声で問いかけてきた。
俺は「理由は分からないけど、相棒が不機嫌」だと言うことを伝えた。
二人で小声で会話している様子を見ると、更に不機嫌になり、さっきまでいつも通りの顔だったのが『僕は今不機嫌だ』と言うようなあからさまな顔になった。
それを見た良太郎はある事を思い出したようにハッと顔を上げてフィリップを見ると、クスッと笑って
「翔太郎さんが『貴方と二人で一人の探偵なんだ』って自慢げに教えてくれてたんですよ。『相棒が居れば、なんでも出来る』って。」
と言った。
フィリップに言われるとは思ってなくて、「ちょ、おまっ、… !」と、分かりやすく驚いてしまった。そして恥ずかしさから、被っていた帽子を深く被って顔を隠し、なんにも聞いてません、と言うように足を組んで背もたれに身体を預ける。
あんな熱く語っていたのが、相棒の事なんだって相棒に伝わっちまったら『相変わらずハーフボイルド』なんて言われるに決まってる、なんて思いながら帽子越しにフィリップの様子を伺う。
足元しか見えないものの、その言葉を聞いた相棒がご機嫌に翻してガレージに戻って行ったのが分かった。
バタン、とドアの閉まる音を聞いてから
「なんでフィリップの欲しい言葉、わかったんだ?」
と、良太郎に聞いてみた。
「…僕の仲間…いや、友達にね、姉さん好きな子が居るんですけど、姉さんが侑斗と楽しく話してると凄く嫌そうな顔するんだ。それになんだかそっくりだったから、もしかしたらって思って。」
へにゃりと優しく微笑む。
そして懐かしそうに、自身の胸を撫でていた。
何処か寂しそうで、何処か苦しそうで。けれど何かを待っているようで。
何処かフィリップが消えた、あの時の俺に似ていて。
きっと彼にも片割れのような存在がいるのだろうと感じた。
ふと顔を上げた良太郎が外を見て「ああ、もうこんな時間なんだ」と言うので、俺も外を見る。日が沈み始めていた。
「宿まで送っていこう、依頼者を守るのも、探偵の仕事なんでね」
と言って、良太郎と外に出た。
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「姉さん……侑斗……」
宿まで来ると、やっぱり帰ってきていない、と良太郎は俯いた。
明日帰る予定だったそうで、今日で最後の宿泊になると言っていた。荷物は増えるも減るもせず残っていたらしい。「送ってくれてありがとうございます」と事務所に帰る俺を宿の前まで見送りに来てくれた。
「不安で眠れないかと思うが、しっかり寝てくれ、」
じゃあな、と良太郎に背を向け、ひらりと手を振る。我ながら『かっこよかったのではないだろうか』なんて思った。ら、
「あぁん?なんで此奴と一緒に探偵が居るんだァ?」
いつの間にかドーパントが良太郎の後ろにいた。咄嗟にダブルドライバーを取り出して構える。「ぅわあっ!」と声を上げて良太郎は前に倒れ込む。
「チッ、此奴、依頼しやがったのか」
そう言って良太郎に伸びる手を俺とフィリップは人目につかない所でWになって阻止をする。
「大丈夫かい、野上良太郎」
フィリップが良太郎に声を掛けた。
「わ、ぁ、凄い…、あっ、大丈夫…です……!」
良太郎は驚きながらもこくりこくりと頷いて、邪魔にならないようにその場から少し離れる。
「仮面ライダーか、はぁ、今日は辞めておくか、またなァ、」
と言ってフュンと不思議な音を立ててドーパントは『消えた』。
「っくそ、逃がした」
そう言いながら、人が周りに居ないのを確認して変身を解く。
にしても、向こうから姿を現してくれたのは助かった。なんせ情報が何も無かったから。そう思いながらドーパントが居たところに不意に目をやると、そこには普通とは思えないほど砂が落ちていた。これは何かの情報だと思い、砂を小瓶に少しばかり入れた。良太郎はその大量の砂を長く見つめていた。
〜〜〜〜〜〜〜
ドーパントが良太郎を狙ってると分かった今、長時間1人にすることは出来ないと判断して、事務所に良太郎を泊まらせることにした。
良太郎は荷物をまとめ、遅れてこちらに来るようだ。俺は一足先に事務所に戻った。
「ただいま〜」
と事務所の扉を開けると、買い物に行っていた亜樹子が帰ってきていた上に、最近結婚したばかりの照井も一緒に事務所に居ていた。しかし照井の様子がおかしく、緊急事態だと言うことが雰囲気でわかった。照井に外傷はないものの頭を痛そうに抱えている。
「竜くん…記憶喪失らしいの…。私のことも忘れちゃってて…、ここに来たら何か思い出すかもって思って連れてきたんだけど、頭が痛いって……!」
泣きそうになりながら亜樹子が説明をする。
照井はずっと「俺はっ……」と苦しそうにしている。とりあえず何か思い出したか、目線を合わせて聞いてみる。しかし「分からない……ッ」と俯きながら繰り返す。
とにかく、ドーパントと遭遇したことと、依頼人が狙われているからこっちで寝泊まりするという事を亜樹子と照井に伝えて、俺と相棒は検索を始めることにした。もしかしたらあのドーパントが記憶を奪ったのかもしれない。
しかし検索も上手くいかなかった。
何か余計なワードが入っているようで、1冊も残らなかった。
そうこうしていると、照井が落ち着いてきたらしい。俺とフィリップは満足のいく結果が出ていないが、照井の様子を見るためにガレージから出てきた。よくよく見ると青いメッシュが髪に入っている上、メガネをかけている。赤のジャケットに青のメガネって…さてはアクセルとトライアル意識してやがるな?
照井はいつものような眼力がなく、元気がなさそうだ。亜樹子はずっと寄り添っている。
「お前を見ていると何か思い出せそうだ」
と亜樹子の手を握る照井を見た時はびっくりしすぎて、コップをひとつ割ってしまった。
記憶が無くなっているからか、普段の照井とは雰囲気が全然違う。なんだかいつもより優しそうで…ちょっと胡散臭い。
……… というか、良太郎が遅い。
また不幸な目にあっているのだろうかと、少し心配し始めた頃、事務所の扉が開いて
「すみませんっ、遅れましたぁ〜」
とボロボロの良太郎が入ってきた。
どうやら荷物を抱えながら事務所に向かっていると、曲がり角で自転車とぶつかり、坂道を転がり落ち、電柱に頭を打ったとの事。
それだけでも酷いのに、知らない女性に声を掛けられ「なんでここ数年、なんの連絡もなかったの!?」「他に女でも出来たんでしょ!!」と一方的に言われ、ビンタをくらったようだ。
頬に綺麗なモミジを作っていた。
その様子を見ていたであろう照井が少し気まずそうに目を逸らしたのは気のせいだろうか。