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時は文政のころ、江戸神田にとある農民が住んでいた。名を勝田治郎右衛門という。
齢三十にして妻子もなくいつも独りだった。
当麻家はかつて肥州の武家だったが、どこかの代で農民に転落した……らしい。
今日も、そして明日からも、平穏な日々が続く。
そう思っていた。
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しかし、悲劇が舞い降りた。
二百年後に「文政の大火」として教科書に載ることとなる、大火事である。
火が背後まで迫ってきて、裸足で、何も考えず本能のまま走った。生き延びたかった。
でも転んだ。
足元には蛇のようなものがあった。
持つとかなり重い。しかし輝いていた。
死ぬ間際だというのに縁起を担いで蛇を掴んだ。「これがおれを助けてくれる」と咄嗟に思った。
すると、視界が暗くなった。
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目を覚ました。見覚えがある家屋だった。
梅野伝三郎という町医の家だった。
「正気に戻ったか。薬代は結構だよ。」
「先生、ありがとうございやす」
茶を飲みながら、治郎右衛門と伝三郎は話を続けた。すると、
「ほれ、これ。随分、大事そうにかかえておったからからのう。」
と言って伝三郎は一本の焼けてぼろぼろになった銭差しを取り出した。
治郎右衛門はため息をついた。あの時掴んだ蛇がただの銭差しだったと知った。
伝三郎は、「こんなに焼けておる。よければわしが、傷のないのに換えてやろうか。」
と言い、差しをほどいた。
鉄銭が流通の大半を占める中、この銭差しのものはすべて銅銭だった。
殆どの銭は焼け伸びていたり、黒くなっていたり、欠けていたりして見栄えが悪くなってしまっていたが、 一枚だけ眩しく光り輝く一穿があった。明らかに「黄金色」だった。
二人は驚き、急いで手に取った。
「これは何だ」