《1》
「或る罪深き魔女の名。」
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最初、戦争のせいで君が死んだって知った時は、只々とても悲しかった。
1日なーんにもしないで、横になってぼーっと途方に暮れているだけの日もあった。
あの日も、ずーっとベッドに横たわっていた。
でも、その時にふっとあることを思い出したの。
「死んだ人の魂を、こちらの世界に呼び戻す魔法がある」って、どこかの古い本で読んだことがあるって。
それなら、彼ともう一度会うことも出来るって思ったの。
この時ばかりは、自分が手当たり次第に本を読んでいた頃のことを褒めちぎりたくなったなぁ。
でも、魔法って魔法使いって種族じゃきゃ使えないって聞いたことがあったって思い出した。
じゃあ無理かなって思ったけれど、まだ人間でも頑張ったら使える魔術というのがあってね。
まだ魔術に希望があったから、それについて書いてある本を手当たり次第漁っても、似たような物も一切見つからなかった。
これはまたどうしようかと、一時は完全に諦めて元の日々に戻っていたの。
だけどこれまた偶然、ある禁忌を犯しさえすれば魔法使いの種になれるって、たまたま家に眠っていた本で読んだの。
君にまた会えるなら、私は禁忌に触れて人間をやめることだって厭わないわ。
だから、その禁忌っていうものを調べてみることにした。
私って、君のためならなんだって行動力が湧くから。
何百年も前の辛うじて読める文献、強い力を持った本物の魔法使いが書いた本や、実際に不用意に禁忌に触れて悪魔に成り下がった人間の書いた本まで。
手に入れるのには思ったより苦労したけれど、その苦労以上の価値があったと思うわ。
それで、分かったことが沢山あったの。
これだけしか話さないけれど、「禁忌」というもの自体のことね。
人以外の種族になるために「禁忌」は、…
水面や鏡のような、前の景色が反射して映る物に、自分の姿を映して、こう唱えること。
「■す■■■て■■■し、■■■■る■■、或る者は此の世にて全てを■■よう。」、と。
本当にこれだけなんて、手軽で良かったって思ったわ。
…そして、今まで簡潔に説明してきたけれど、色々な事を経て今に至るの。
鏡も用意したから、あとはあの言葉を唱えるだけだって。
少し緊張してきたけれど、これが終わってしまえば明日にでも君に会えるって考えたら、すごく気分が良くなるわ。
さあ、始めましょう、禁忌を。
──「《空白》」
《絵本の中の、小さな小さな悲劇の御話だった筈でした。》
唱えると、たちまちに身体の内から知らない力が溢れてくるような感覚に襲われた。
気のせいだと言えないほど沢山沸いてくる、知らない感覚。
これが魔力というものなのだろうか。
何にせよ、自分は人ではない者になったという実感を感じさせる。
《ああ、私は…禁忌を。》
ふと、鏡に映った自分を見ようとした。
だが鏡を見た瞬間、私の姿は空気に溶けたように消えていった。
だけどすぐに、今の姿の消失を上書きするかのように、鏡に映った私の姿が現れた。
でも、私の姿は禁忌を唱える前の姿とは少し違っていて、■■■■■■■■■■■■■いた。
《まあ、嫌じゃないかもね。この姿は実に美しいもの。》
人ではない者になったなら、まず「魔法」を試してみようかと考える。
まずは、魔法に関しての本を読んでいたときに嫌というほど名前の出てきたこの魔法を唱える。
──「Αντιπάθεια。」
やはり、大量の解説を見てきた以上発音は完璧だった。
唱えた直後、目の前に灰色の濃い霧がかかる。
思わず咳き込みそうになったが、本物の煙ではないのでしなくても平気だった。
これは魔法だと、そう思わせる。
こんなに簡単に出来るものなのか、と、思わず少し驚いてしまう。
…いや、違う。
私は魔法で遊ぶために禁忌なんて犯したんじゃなかったわ。
そう、彼と再会するためだった筈。
思い出したからか、もう一刻も早く彼と会いたいわ。
そうと決まれば早速あの魔法を…
…いや、本人の死体が無ければ魂は呼び出せないんだったわね。
私ったらうっかりしていたわ。
確か、国から送られてきた手紙によると彼の亡骸は原型はとりとめていたのよね?
そういえば彼が亡くなったって聞いてずーっと放心してたから、まだ弔えてなかったわね。
うちの国はあっちでお墓の用意をしてくれない冷たい国だから、亡骸が安置されている場所へ取りに行く必要があるの。面倒だわ。
まあ、今はそれで助かっているのだけれど。…
多分死体は腐ってはいない筈…だから、早速取りに行きましょう。
大丈夫、腐っていても最悪魔法で元に戻せるわ。
…あ、今の私の姿だとかなり目立っちゃうから、変身の魔法で人間の頃の私に戻しましょう。
本当に魔法が使えるってすごく便利なのね。禁忌犯して良かった。
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さ、彼の遺体が入った棺を持って帰って来たわ。
なんというのか、死臭?安置所はすごかった。
棺は思ったより重かったけれど、重力の魔法の力でなんとかなったわ。
あの魔法頭に入れておいて良かったー。
じゃ、早速棺を開けてあの魔法を使いましょうか。
棺を開けると、見慣れた彼の姿があった。
赤い髪、青色をした瞳。
綺麗な肌に、亡骸に着せる為の真っ白な服を纏っている。
ああ、この亡骸は…彼だ。
改めてそう思わせるほどに、長く会っていなかった。
最期に会ったときと違うのは、…生気の感じられない肌と瞳だけだった。
それは、彼は死んでいるのだと、もうこの世にはいないのだと、そう思わせる。
「─こうして対面するのは何年ぶりかしら?」
「やっぱり、魔法ですぐにまた会えるとしても、少し不安になってくる。」
「ねぇ、私が魔法を使ったら…」
「戦っていたときのお話、沢山聞かせてよね?」
そう語りかけてみても、彼の亡骸はぴくりとも反応しなかった。
当然だった。
──死者の魂をこちらの世界に呼び出す魔法。
「代償はあるけれど、君とまた会えるなら安いものだわ。」
またそう呟いて、魔法の用意をする。
魔法の呪文はとうに暗記している。
さあ、代償を払おうか。
…使用者自身の身体の一部。
それも、肉の部分。
それを、死神に捧げる。
「君の為だから、ちっとも痛くなんてないわ。」
そう呟き、果物ナイフを手に取った。
…ナイフで左の腕を少し抉った。
これだけで足りるなら、楽なものね。
抉った箇所から血が流れ出しているけれど、そんなもの気にも留めない。
切った肉を棺の隣に置いて、早速呪文を唱える。
───「Θάνατος。」
そう、唱えた。
これが呪文。
未だ生気を取り戻さない彼の亡骸をぼうと眺める。
あれだけ本を読み込んだもの、失敗はしていない筈。…
…急に目眩がする。
なんだ…?死神が裏切った…?
「あ──」
途端、目の前の景色が暗転して、なにもみえなくなったまま、いしきがとぎれ────
「ねぇ、起きて、起きて~。」
「み~ず~き~!」
ああ、聞き慣れた声がする。
私を呼ぶ…
カイナ!カイナの声だ!
途端に、ぼんやりとした景色に色が着く。
起き上がって、徐々に感覚を取り戻していく。
「 起きた!良かった…!、おはようミズキ!」
左側に頭を向けると、目にも肌にも生気に溢れている彼の姿が見えた。
どうやら、出血で気を失っている間にベッドに運んでくれていたらしい。
ああ、久しぶり、久しぶりだ。
「ねえミズキ、左腕からすごく沢山血流して倒れてたけど、大丈夫?」
「…うん、ええ、…おはようカイナ。、私は元気よ。」
そう言葉を返す。
少し強がりはしているけれど、カイナとまた会えたからすごく元気だ。
「うん、良かった。」
「ねぇ、ところでさ。」
「僕の為に禁忌なんて犯してまで魔法を使ったんでしょ?」
「ずっと君を見ていたよ。幽霊になって。」
「え”」
彼の衝撃的な言葉に、思わず変な声を漏らす
れ、ゆ、ゆ、幽霊って…
人って死んだらまず、冥界とかに送られるんだと思っていたわ…
だから幽霊なんてフィクションかと…
じゃあ…今までの彼が亡くなってからの、到底彼には見せたくない行動も全て見られていたの…?
…少し、少しだけ殺して欲しいわ。…
「ね、ねぇ、見てたのって本当にずっと…?」
「うん、ずっと。」
「君がベッドでひたすら虚空を見ているところとか、魔術の本をひたすらに読み漁ってるときも…」
「なにしてんだろって思ってずーっと見てたよ。」
ああ、わざわざ行動を言葉に表してきた。
この時点で彼が冗談を云っている訳ではないことが確定したわ。
彼に絶対に悪意は無いのだろうけれど、彼も知らぬうちに私がすごく傷付いているわ…
ううああうあー…
「ちょっと、全部見られてたって考えたら私が恥ずかしくなってくるからその話はやめて…」
「…あっ、ミズキにとっては恥ずかしいんだねこれ?」
「じゃあやめとく。」
「そうだ、さっき魔法を使う前に言ってた、『戦っていたときの話』っていうのを話してあげるよ。」
「…ありがとうね、じゃあ早速その話を聞かせて。」
「うん。じゃあまずは僕の死因から── 」
「初っぱなからすごい言葉が飛び出すわねぇ。」
「ふふ、こんな話し方なんて、僕らくらいしか出来ないね。」──────
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《この御話は、1人の魔女によって、ハッピーなトゥルーエンドで締め括られました。》
《どうです、この幸せな現実で終わってしまうのはさぞかし物足りないでしょうか?》
《それとも、これが1番に良い結末だと考えますか?》
《どちらにせよ、この御伽噺はこの結末で終わり。》
《それでは、ご来館ありがとうございました。》
《まだ物語を読んでいきますのなら、どうぞご自由に。》
《あなたの趣味に合った作品が、また見つかると良いですね。》
《それでは、私はもう行きますので。》
《左様なら。seeya、です。》
コメント
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とんでもなく感情移入してしまった、すごい……… 書き方が尊敬すぎますね。好き。 最後の会話、なんだかもう…胸が詰まった…。 ハッピーはいいなあ