大雨、暴風、真夜中、そんな時にインターホンがなった。何か嫌な予感がして、ドアの穴から向こうを見た。物差しの距離だった。
ドタドタと階段を駆け上がった。空を飛ぶように、一瞬ふわりと足が浮いて、弧を描いて革が、布が、皮膚が、ぺしゃりと着き、私の自重でそれらを1枚にした。勝手に動く腕、それとは反対にぶらぶらと動く手。一度あげてしまったら2度も3度も上げてしまう。髪の毛が、重い。服が重い、足も、腕も、目も、体全体が重い、。大雨。あ、ぁ。大雨だった。大雨だ。まだ5月だというのに私が梅雨へ行ってしまったのだ。浮き上がった全ては私にしがみついている。
嫌がらせだろうか。
私は一息ついて、一呼吸をして、息を少し整えて、ドアの前に立った。
ーーー!
見覚えのあるシルエットが見えた。こんな日に?どうして??急いで扉を開ける。
「どうしたの?って、びしょびしょじゃん、」
「え…、?あぁ、……ほんとだ」
大粒がおちる。前髪から落ちる水は胸元に、横髪はズボンに、ズボンから靴へ。パタパタと水が落ち、屋根があるのに、玄関に雨が降り注いだ。どん、どん、と大きくなる雨音に、一本の白い網が見え、数秒後、空から大きな音が鳴った。
「……何しに来たの?」
「こんな大雨で、そんなに濡れて、わざわざ私のマンションまで。」
何か様子が変だった。雨できしんだ髪の毛が異様さを放つ。彼女の目の、深い黄色が。青色で黒く濁っている。
「あ、あ」
「……」
「………」
「み、見つけたん、だ」
「キレーな、花を。」
「………え?」
「とっ、てもきれいでね、」
「大事にしたいっておもったんだ、」
「リク?」
「は、はは」
「でも花、ってさ、」
「地面に付いてるから」
「ちぎったら、ね。枯れちゃ、うし」
私を無視し、淡々と話し続けている。私の声は、ゆっくり上へカーブして、彼女の頭にトンとあたり下に落ちていった。黒い空気の煙が彼女を包み込み、ドアを超えて来そうになる。ぴしょん、ぴしょん、とまだ、布から水が落ちていた。濡れた布から彼女が見える。透明。深くて濃ゆい透明になっている。
「そのまま、…置いておいても…」
「誰かに取られちゃうかも知れないし…、」
「俺、迷ったんだよ?少しの間ずーっとね?」
「それで、…、俺、気づいたんだ」
「ぐちゃぐちゃに汚してしまえばいいんだ、って」
「………まぁ、ぐちゃぐちゃにしすぎたせいで花はなくなっちゃったんだけど、。」
「風邪……ひくよ」
「ほら、家入りなよ」
彼女の腕を引っ張ろうとしたその時、逆に私の手を掴まれた。
「君がこっちに来なよ!!」
「ッハハハハハ!!!!」
思いっきり体が前に進み、黒い空気へ飛び込んだ。
ムンクの『叫び』のようになる世界は、全てをねじさせていた。重ねた色が混ざって浮き出て、目を混乱させる。雨なのに燃えるように熱くて、彼女にそれを伝えたくて、引っ張ったら、来てくれた。不安そうな顔。なんで?大丈夫?駄目だよ、君は、君はストレスに弱いんだから。君はずっと幸せじゃないと、駄目だよ……あ、…でもバラバラになったのなら、ちぎってもいいよね
彼女は、笑っていた。ぐにゃぐにゃと笑っていた。
ゴツン!!
「リク!!何して…!」
「……………?」
「詩乃、?どうしてそんな悲しい顔をするの…?」
「だめ、だよ、笑顔になってよ」
「リク…目を覚ましてよ…」
「何が?……ああぁ、血、でちゃってるよ、」
「………え、あれ、、俺…何したかったんだっけ……」
「大丈夫?何かあったの…?」
「……ごめんね、ごめんね、」
「泣かないで…」
俺の上にいる彼女の目は血が溜まっていて、溢れた血が服へ落ちる。沢山の白い布に、赤いものが滲んで、薄く広がった。大雨。ビシャビシャな服。薄着。寒い、…俺は彼女の涙を拭いながら、今起きていることを整理することにした。
「家、入ろうか?」
「……うん…」
リクは風邪を引いていた。