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ジブンが仮住まいを初めてから2週間が経ち、個人でのコミュニケーションはまだ取れている訳では無いが、住人の方達とも少しずつ打ち解けてきた気がする。102のドアを新しく付け替え、やっとドアから部屋に入れるようになった。ドアは天彦サンとテラクンが良い具合にぶち壊してくれたので、ほぼけがきで成形することが出来たので、あの二人にはかなり感謝している。
社宅にあった荷物は全て郵送してくれるみたいなので、後は荷物が送られてくるのを待つだけ。今は床にうつ伏せになりながら家具やインテリアの配置を紙に設計していた。
扉が開く音と共に「おい」と声が聞こえたので振り向くと、慧クンがジブンを見下ろしている。うつ伏せの状態から起き上がって、会釈をした。
「慧サン、どうしました?」
「お前宛ての荷物が沢山玄関に置かれてんだよ。邪魔だからさっさとどけろ。」
「あ〜、そうなんすね?全然気付かなかったな。すみません。すぐ片すんで」
「どんだけ荷物あんだよお前」
「多趣味なんすよ。とりあえず、教えてくれてあざっす」
慧サンがジブンの部屋から出た後で、ボールペンを床に置き、早足で玄関に向かった。ここからジブンが働いていたホストクラブからこのお屋敷まではかなり距離がある。辞める際に郵送にしておいて本当に良かったと思う。自分で持って帰るのを想像するだけで恐ろしいくらいだ。
玄関に行ってみると、確かに慧さんの言う通りダンボールが山積みになっている。1番近くにあったギターのハードケースを持って、小物が入っているダンボールを小脇に抱えてジブンの部屋に持っていった。ジブンの趣味の中で、既に飽きて2年ほど触っていないものがある。それが1個ではなく10個以上あるのだ。小物なのでまだ片付けやすいのだが、これで家具も多くて、趣味のものが大きくかさばるものならば、とっくに汚部屋になっていただろう。飽きても捨てられないのは、人間だけでなく、自分のものも同じだと、この荷物の多さで思い知らされた。
「奴隷帰りましたぁ〜。……えぇっ!?何この山積みのダンボール!?誰の!?」
「ああ、依央利クン。すいません。これジブンの荷物なんです。元々社宅に置いてあった荷物が送られてきたんです。すぐ片付けますね。」
ジブンがダンボールを手に取る前に、依央利クンに腕を掴まれて、引き寄せられる。いつもの依央利クンの目は底無しの穴の様に真っ暗なのに、今の依央利クンの目は瞳孔がハッキリと分かるほど明るく見えた。
「待って!その荷物、全部僕が運んであげるよ!!なんなら、配置も全部僕にやらせて!!」
「えっ、逆にいいんすか!?あぁでも、そうだな……」
「何かご不満でも?」
「いや、ジブン自他ともに認めるこだわり強い奴なんすよ。だから、ジブンが場所を指示してくんで、それに従ってくれるならお願いしてもいいですか?」
「え、何それ……」
調子に乗りすぎたかもしれない。やってくれるとはいえ、指示を出すのは流石に自分の立場を弁えることが出来ていなかったと思う。焦って言葉を漏らしていると、何故か依央利クンの目は一層輝き出した。
「さらに負荷が増えたぁぁぁぁぁ!!」
「え?」
「僕自分からはなんにも出てこない空っぽ人間だから助かるよぉ〜!奴隷冥利に尽きます!!ありがとう!!奴隷最高!Foooo!!!!!さぁ行きましょ!千秋さん!!」
上機嫌で『滅私貢献奉仕』と口ずさみながらサクサクとダンボールが玄関から消えていく。ジブンがリビングで水を飲んでいる間に山積みに置いてあったダンボールが全てなくなっていて、玄関の広さを分からせられた。ジブンの部屋から依央利クンの声が聞こえてくるので、コップを置いてから部屋へ戻った。
「依央利クン凄いっすね、あっという間に荷物が無くなったよ。本当にありがとうございます。」
「どういたしまして〜!いい負荷をありがとう」
「は?皮肉ですか?」
「え?いや……そんなつもりじゃなくて。本当にやらせてくれてありがとうございます。」
依央利クンが戸惑っている様子を見て、はっとして慌てて謝罪の言葉を零した。よくよく考えれば、彼に命令した時にあんなに目を輝かせていたのだ。皮肉ではないのは一目瞭然である。ただ、彼の言い方があの人の言い方ととても似ていたので、怖かった。
「そ、そんなことより、家具を配置しましょ!!どこに何を置いたらいいですか?」
「そうですね……。まず手前のダン箱に入ってるのが折りたたみのソファベッドなんすけど、窓際で、北枕になるようにしてください。縁起が悪いと言われてるんですけど、風水的にはいい方角なのでお願いします。」
「千秋さん、そういうの気にするんだ。スピリチュアルとか好きなの?」
自分の口から風水という言葉がこぼれてしまい、言ったあとで少し驚く。とっくに吹っ切れていたはずなのに、こびりついた油汚れのような気持ち悪さを感じた。
「え?あ〜……知り合いが少しかじってただけです。」
「好きな人はすきそうだもんね〜。この棚はどうします?」
「あ、あぁそれはねぇ。えっと……んーじゃあ、起きた後すぐに作業したいからソファベッドの隣に置いておいて。あぁ、ドア側に頼むよ。……あ、すみません!タメ口になってましたね。失礼しました!」
「え?全然いいよ?僕は奴隷だから全然気にしないで!」
依央利クンは、楽しそうに自分のことを奴隷と言う。あだ名だとするのなら、かなり趣味の悪い方だと感じた。
「あぁそう?ならいいけどさ。あと、ずっと気になってたんだけど、そのキミが言う奴隷ってなんなの?」
「そのまんまの意味だよ?僕はここの住人の方達の奴隷なんです。8人で暮らしてるから、その分負荷がいっぱいで最高なんだよね〜。それに加えて千秋さんが来たから負荷が更に増えたよー。もう就活なんてやめてずっと居てくれたらこの負荷をずっと感じられるから、しないで欲しいくらいだよ。……あ、あ〜!!間違えた!!えっと、仕事場が見つかるまでは僕のこと、こき使ってくれていいですからね!……あ、折角なら千秋さんも奴隷契約しましょう!!」
急に契約という言葉がでてきて驚いていると、何処から出したのかも分からない奴隷契約書と書かれた紙を差し出された。とりあえず戸惑いながらもその紙を受け取る。一通り読んでみて、彼はジブンにこき使って欲しいというのと、彼は前向きで自発的な奴隷だと言うことがわかった。
ジブンは、この奴隷契約書に捺印は出来なかった。見たところ、ジブンに対してメリットしか無いのはわかっている。しかし、ジブン以外の人とも奴隷契約をしているというのを聞いてしまっているので、抵抗があった。ジブンにとって、この契約書は、『龍見千秋は、ほかの住人と同じように本橋依央利に対し負荷を与える都合のいいヤツになることを誓います』という物なのだ。都合のいいヤツなんて、なんの価値も無い。そんなものにジブンはなりたくなかった。せめて、ジブンだけの奴隷だったらいいのに。
「ジブンのお願いを聞いてくれたら、奴隷契約をする。でも、貴方には出来ないかもしれない。」
「……は?何それ」
先程の明るいトーンを忘れてしまうほどの低い声。そして、彼の眩しいほど輝いていた瞳も、ずっと光が消えてしまった。
「奴隷舐めてます?僕は契約をしてくれるためならなんだってする。不健康な内臓を僕の健康な内臓だって交換するし、四肢だってあげる。君が嫌だって思うことだって何だってやるよ?半端な覚悟で奴隷やってないんだよね。だからそんなこと言ってないで契約してよ」
「じゃあ、キミが今結んでるだけの奴隷契約を全部破棄してくれよ。それだけさ。そしたら、契約だってなんぼでも結ぶ。ジブンはね、契約書がいるほどの大事な約束をジブン以外の人と結んでるのヤなんだよね。誰でもいいってことじゃないそんなの。ジブンそんな価値安くないんだわ。都合のいいヤツになんてなりたくないし。その変わり、ジブンと契約を結んだら、キミの作るもの以外食べないし、飲まないし、着ない。なんでも君に任せるよ。内臓だって交換してやるし、四肢だって貰ってやる。8人以上の負荷をキミにあげる。なぁに、不安にならなくたって本当さ。ジブンは約束は守るオトコだぜ。ん〜まぁ、要はジブンが契約するしないは、奴隷クン次第ってことよ。同じ屋根の下で暮らしてきた住人7人の負荷を取るか、ぽっと出の居候のジブンをとるか、よく考えな。返事は直ぐにとは言わねぇからよ。……ジブンはスキマバイトに行ってくるから、このメモに書いてあるとおりに配置しといてくれや。んじゃ、」
目を見開いて立ち尽くす依央利クンを通り過ぎて、玄関に向かう。靴を履いているところに慧サンが来て、ジブンに声に声をかけてきた。
「お前、いおと一緒に荷解きしてたんじゃねぇの?どこ行くんだよ。」
「2時間だけバイト行ってきやす。」
「いおは?」
「依央利クンなら、まだジブンの部屋で立ち尽くしてると思いますよ。」
「は?お前いおに何したの」
「ジブンと奴隷契約結んでって言ったら固まっちゃって。」
「はぁ??アイツが??ありえねぇ」
「それじゃ行ってきますね。」
「おう。」
慧サンに手を振り、玄関の扉を押して、ジブンの部屋の窓の近くに置いてあるハーレーに股がって、山道を駆けていく。ジブンが都合のいいヤツと言ったことを思い出すのと同時に、苦い味が口の中に広がり、顔を顰める。ジブンは都合のいいヤツ側じゃない、都合のいいように使う側の人間なんだと決意を固め、ハーレーのハンドルを強く握り、夜の街を横切った。
【カリスマチャージ 成功】