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その後、配信は一旦締めて、家の中に戻った。
玄関の扉を閉めた瞬間、さっきまで画面の向こうにいた何万人分ものざわめきが、嘘みたいに遠くなる。急に世界が狭くなったような、不思議な静けさだ。
相田さんたちは「いろいろ詰めにゃならんことがある」と言い、簡単な挨拶だけ交わして支部の建物の方へと帰っていった。
端末をテーブルに置いて、私たちはそのまま流れで「明日からの講座、具体的に何をやるか会議」に突入した。
リビングのテーブルを囲んで、麦茶と干し肉という、どうにもオシャレとは無縁なラインナップをつまみながら話し合う。
「教えるって言ったけど、何から教えたらいいかな……」
ぽつりと漏らすと、真正面に座っていた七海が、ほとんど反射のような速さで手を挙げた。
「基礎コースっすからねぇ……あ、アレとかどうっすか?」
「ん……? アレ?」
首を傾げると、七海はニヤリと口の端を吊り上げる。
「魔力増加法っすよ! うち等は何も考えずにずっとやってるっすけど、序盤ならソコから始めるべきじゃないっすか?」
「あー……」
言われて、ようやく頭の中の引き出しが一つ開いた気がした。
魔力増加法。うっかり忘れていたけれど、言われてみれば“基礎に行く前”の話だ。
「確かに。でも、死ぬほど痛いけど……まあいいか。死ぬわけじゃないし」
あの、内側から焼かれるような感覚を思い出して、思わず肩がすくむ。
とはいえ、あれを通らなければ魔力総量は増えない。魔力の循環だけ教えても、器そのものが小さいままでは意味が薄い。
魔力増加法は“器を大きくする作業”で、
魔力の循環は“大きくなった器の中身をきれいに回す作業”。
順番を間違えると、どうしても効率が悪くなる。
最初は循環から教えようと思っていたけれど、七海の言う通り、魔力増加法からやった方がよさそうだ。
「じゃあ明日の講座は魔力増加法で。多分痛みで次の内容が頭に入っていかなそうだから、1つだけでいいかな?」
「うん、いいと思うよ~。じゃあ告知出しとくね」
「よろしく」
沙耶がソファに寝転がりながら端末をいじり、配信の枠を予約していく。
指先が滑らかに画面の上を泳いで、タイトル入力欄に次々と文字が埋まっていくのをぼんやり眺めていると、ふと気づいた。
――あ、そういえば私、端末持ってないじゃん。
魔界にいる間はそんな文明の利器とも無縁だったし、さっきの配信も全部沙耶の端末頼みだった。
この先も講座を続けるつもりなら、自分でも一台は持っておいた方がいい。
「リシル。沙耶が持ってる端末ってリシルが作った?」
テーブルの端でぐでっとクッションに沈んでいたリシルに声をかけると、彼女は「ふぇ?」と少し間の抜けた声を出してから、ぱちぱちと瞬きをした。
「えっと……あ、うん。私が作った試作品だね。研究資金を集めるために各国のお偉いさんに売ったんだぁ」
言い方が軽すぎて、聞いてるこっちの方が不安になる。
「私も欲しいから1つ作ってもらってもいい?」
そう頼むと、リシルの顔がぱぁっと明るくなった。
わかりやすくテンションが跳ね上がる。
「いいよ! 代金は血で……おねがいね!」
語尾がやけに嬉しそうだ。
そう言い残して、リシルは鼻歌交じりに立ち上がり、そのまま私の部屋に向かっていった。
材料とか渡していないけど……大丈夫なんだろうか、と顎に手を当てていると、隣のカレンが、いつもの調子でぽそりと口を開いた。
「ん、姉上は大きめのアイテム袋を持ってる。それより、あーちゃん……気を付けて」
「何が……? 血をあげること?」
「ん、そう。姑息で卑怯な姉上の事だから、素材の代金に応じた血の量を要求する」
「端末って、魔石駆動の物でしょ? 普通の素材で作って――」
「ん。普通の素材は多分使わない。持っている最高級の素材を使って、法外な代金を請求するはず。それが姉上」
「……」
さぁっ、と血の気が引いた気がした。
普通に、食事一回分ぐらいだと思っていたけれど……今の話を聞いた後だと、どう考えてもやばい未来しか見えない。
「ちょっと行ってくる」
立ち上がって、そのままリシルの後を追う。
自室のドアの前まで早足で向かい、勢いのままドアを開けると――。
「うへへ……、どれ使おうかなぁ……超合金とグレートミノタウルスの魔石と……。あっ、世界樹の葉もいいなぁ」
床一面に、見たことのない素材が散らばっていた。
その真ん中で、白衣姿の魔族がニヨニヨと笑いながら、両手で素材を持ち替えている。
やっぱりな、と思う反面、想像の一段上をいかれた気もする。
「リシル」
「ひゃい!? なななな、なんでしょう……?」
ビクッと肩を跳ねさせて、リシルがこちらを振り向いた。
さっきまで楽しそうだった顔が、一瞬で引きつる。
「血の上限は食事3回分までにしてね」
「うげ……何でバレた……?」
「どれだけ高い素材使っても、3回分までしか払わないからね」
「ふぁい……。3回分で作りますぅ……」
口をとがらせて、不機嫌そうに言う。
その足元には、私が回帰前を含めて見たことのない素材がごろごろ転がっていた。
黒曜石のように光を吸い込む金属塊、
握るだけで指先がピリピリするほど濃い魔力を宿した魔石、
葉脈から淡い光が滲んでいる、不自然に瑞々しい葉っぱ。
素材自体が放つ魔力だけで、空気が少し重く感じる。
「ちゃんと壊れにくいやつにしてね?」
「そこは任せて。そこそこ頑丈で、そこそこ便利で、そこそこ可愛いの作るから……」
「……よろしく頼むよ」
小さくため息を吐いて、床に散らばる素材からそっと視線を外す。
とりあえず、“3回分”という上限を先に釘刺せただけでも良しとしよう。
リビングに戻り、カレンに礼を言う。
「ありがとう、大惨事になるところだった」
「ん、礼には及ばない」
カレンはいつもの無表情に近い顔で、ほんの少しだけ口元を緩めた。
その後は他愛もない話をして、各自のやることをすることになった。
私の役割は周囲のダンジョンの閉鎖。国際交流戦までに拠点周りのダンジョンを潰して、安全を確保してから交流戦に挑みたい。
「あと1150個ぐらいかぁ。頑張ろう」
ダンジョン内で回収するのは魔石だけでいいだろう。アイテム袋の空きをざっと確認して、最初のダンジョンのゲートに足を踏み入れた――。
◆
「これで――300か所目!」
ダンジョンから出た瞬間、肺に冷たい外気が流れ込む。
見上げれば空はすっかり暗くなっていて、頭上には星がこぼれそうなほど瞬いていた。
全体の4分の1をようやく超えたところだ。
くぁ、と小さくあくびをして、肩を回しながら拠点へ向かって歩き出す。
「ただいまー」
頭を掻きながら玄関のドアを開けると、すぐ目の前に腕を組んで立つ沙耶の姿があった。
「お姉ちゃん、遅い」
頬をぷくっと膨らませて、じと目で睨んでくる。
「……ごめん」
「みんな晩御飯待ってるから、手を洗って早くリビング来てね」
ぷりぷり怒りながらリビングに戻っていった。
言われた通りに洗面台に向かい、手を洗ってからリビングに入ると、テーブルの上には料理が所狭しと並んでいた。
「先輩遅いっすよ~! 腹と背がくっつきそうっす!」
「ごめんて」
椅子に座りながら謝ると、七海が「まぁ今回はギリ許すっす」と笑ってみせる。
湯気の立つ料理の匂いに、戦い続きだった一日分の疲れが、じわじわと溶けていく気がした。