声の主はオハバリ、メット・カフー、地球の半身であるテイアのものであった。
コユキが大きな声で聞く。
「オハバリ様? なんなの? 若しかしてアタシ達って未だ地上に居たほうが良いとか? そう言うぅ?」
オハバリ、メット・カフーはキョトンとしながら答える。
「ん? んん? いやいや、そうでは無いぞぉ! こやつ等がな、御主らに付いていく、そう言って聞かないのでなぁ、是非、供に加えてくれないか? そう思ってなぁ」
「こやつ等?」
「ああっ!」
そう一言返すと、オハバリはその身に着けた二振りの刀と内掛け、腰帯を外してコユキの目の前に綺麗に折り畳んで言う。
「頼光(ライコー)と四天王! こいつ等も連れて行ってくれい!」
言われた瞬間、ここ二十五年間、コユキのお腹だけを守り続けていた、公時(きんとき)の腹掛けが嬉しそうにピッカーと光ったのである。
それを目にしたコユキはメット・カフーに言う。
「ここからは茨(いばら)の道よ? 良いのん? オハバリ様ぁ? アンタ寂しくなっちゃうんじゃないのぉ? どう?」
オハバリ、メット・カフーは相変わらずいい加減な感じで答える。
「そりゃ寂しいさっ! んでもコイツ等の望みだからな…… 連れて行ってやってくれるかな? ちゃんと返せよコユキィ! 善悪も、その馬鹿共に言い続けろよ! 早く帰ろう、皆が待っている、いいや、正一が待っているってなぁ! 判ったかぁ!」
善悪が答えた。
「う、うん、判ったでござるぅ、正一さんが寂しがっているからそろそろ帰ろうよ、そう言えば良いのでござるね? 判ったっ! いい所、良い塩梅(あんばい)でちょいちょい言ってみるのでござるよぉ、なんか、ありがとうでござるよ、正一さん……」
「礼は帰ってきてから聞くよ、百年後でも何万年後でも、この地球(ほし)がある限り俺もレグバも存在している、何があっても簡単に諦めるんじゃないぞ! いつまでも待っている、だからどんな不恰好でも惨めでも、例え姿を塵(ちり)に変えてしまったとしても、この大地まで戻って来い! ここがお前等の故郷だ! 二人だけじゃないぞ、お前たちもだっ! 皆、必ず帰って来いよっ! 判ったなぁっ!」
コユキと善悪のみならず、集合した悪魔や魔獣の全てが熱い視線でテイア、地球自体の化身オハバリに注目する。
腰帯を外したオハバリの着流しが風に吹かれてペロンと捲れ、丸出しになった褌(ふんどし)が白く輝いていた。
『だせぇ……』
絆通信で誰かが呟いていたが、声に出す者は皆無だ、人間と共闘して来たこの間に、悪魔達も結構大人になったのである。
静かなままの一同の態度をどう捕らえたのかは判らないが、オハバリの正一は満足そうな頷きをした後、手刀(しゅとう)で切り裂いた空間に身を投じながら振り返らずに言った。
「又な、シーユーアゲイン」
そう言って消え去ったのである。
コユキは呟きを漏らす。
「流石は、星その物の化身よね、私達とはスケールが違うわ……あの格好(なり)で帰るんだもの、凄い勇気だわ……」
善悪が答える。
「しかもイギリスのグリニッジでござろ? ど根性でござるな…… んじゃ、改めて地球を救おうか、コユキちゃん?」
「そうね、長短、やっちゃって」
『……』
オハバリの登場で旅立ちのムードは台無しになってしまったが、長短は真剣な表情を崩す事無く、コユキと善悪、周囲の悪魔達を見渡した後、首に掛けていた二本の念珠の内、漆黒のアンラ・マンユを両手で広げて持つ。
その姿勢のままで横に立つ美雪と視線を交わして頷き合うと、再びコユキ達に視線を戻して言った。
「お義父さんお義母さん、いや、真なる聖女コユキと聖魔騎士善悪、そしてその眷属たる心優しき悪魔達よ、僭越(せんえつ)ながら、人類を代表してアナタ方に感謝と尊崇を捧げます、あなた方こそ我等の守護者、正しく神です、ありがとうございます」
『……』
悪魔達もコユキも善悪も、揃って無言で微笑んでいた。
長短は短く息を吸い込んでから言った。
「さらばです! アンラ・マンユ『依り代封珠』っ!」
ドヒュッ!
言い終えると同時に、集った悪魔達の憑依していたソフビやアミグルミ、人の骨や眼球、様々な依り代が一つ残らず漆黒の念珠へと勢い良く吸い込まれて行ったのである。
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