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ロウソクの灯りが揺れ、壁に影を落としている。
薬師が去ってから少しの間、俺はベッドに腰掛けたまま言葉を失っていた。
「妊娠……俺が……」
何度その言葉を繰り返しても、未だに実感が湧かない。
背筋に冷たい汗が滲み、手が震えるのを感じる。どうしよう。どうしたらいいんだ。
迷いは更に迷いを積んでいくようだった。
そもそも、この身体のどこに宿っているかもわからない。
……困惑が止めどなく溢れてくる。
扉が静かに開き、レイが戻ってきた。
薬師から何かを聞いたのだろう、彼はいつもと変わらぬ落ち着いた顔で部屋に入る。
だが、その瞳の奥には、どこか強い感情が宿っていた。
俺はその視線を避けるように俯いた。
「カイル」
レイが低い声で名前を呼ぶ。それだけで鼓動が早くなるのを感じた。
彼はベッドの前に膝をつき、俺と同じ目線になった。
「……聞いたよ」
彼の声は静かだったが、その奥に喜びと驚きが混ざっているようだった。
俺はどうにも落ち着かず、膝の上で手を握りしめた。
「お前……本当に、嬉しいのか?」
絞り出すように問いかけると、レイは少しだけ目を見開いた。
その後、柔らかく微笑みながら、俺の手にそっと触れた。
「当たり前だろう」
レイの声が胸の奥にじんわりと染み込む。
「お前が俺の伴侶でいてくれるだけで十分だ。それなのに、命を繋いでくれるなんて……こんなに嬉しいことはない」
その言葉に、俺はただ黙っていた。
この世界では、彼の言うことが「当然」なのだと、頭では分かる。
だけど、あちらの世界での時間も長かった俺には、その「当然」がどうしても飲み込めない。
「……でも」
声が震えるのを自覚しながら続けた。
「俺は……まだ何も分かってない。そもそも、“鍵”としてもお前にふさわしいのかどうか……」
その瞬間、レイが俺の手をしっかりと握り直した。
温かなその手が、震える俺を包み込む。
「カイル、お前は十分だ。それ以上でも、それ以下でもない。お前が“鍵”であること以上に、俺にとって大事なのはお前自身なんだ」
彼の言葉が胸の奥に響く。
温かい、けれど重くない。包み込むようなその言葉が、少しずつ俺の不安を溶かしていく。
「お前がここにいてくれるだけでいい。お前の笑顔も、言葉も、全てが俺の力になる」
レイが穏やかに微笑む。俺の視線を真っ直ぐ受け止めるその目が、いつになく優しく感じられた。
「……そんな風に、思ってくれてるのか……」
俺は小さく呟く。それでもまだ、自分が信じきれていないのが分かる。
「信じろ」
レイが静かに言う。その声には迷いがない。
「俺は嘘は言わない。お前が必要なんだ、カイル。これだけは絶対に変わらない」
俺はレイの顔を見つめた。少しずつ、自分の中にあった違和感や疑念が溶けていくのを感じる。
この世界の「当然」を思い出すような感覚が少しずつ戻ってきた。
──この世界では、同性婚も、同性同士で子をなすことも、特別なことじゃない。
それを、俺は頭の奥底に閉まったままだった。
フランベルクの“鍵”として選ばれたこと。レイと共に未来を歩むと決めたこと。
そして、レイが俺を信じてくれているということ。
それらすべてが俺を繋ぎとめる「絆」なんだ。
「……ごめん、俺……少しだけ混乱してた」
俺が小さく謝ると、レイは微笑みながら俺の頬に手を伸ばした。
「分かっている。無理をするな」
その言葉に、俺は静かに頷いた。胸の中が、少しだけ軽くなった気がした。
※
その夜、ベッドの中でレイと並んで横になった。
俺は横になりながら、そっとレイの顔を見た。彼の穏やかな寝顔に、胸がきゅっとなる。
こんなに好きなのによく離れてたよな、俺……。
もしかして、ガタガタ悩まずに寝室に突撃でもすれば良かったのだろうか?
今になってはたらればの話だが。
「レイ……」
俺が小さく名前を呼ぶと、彼の目がゆっくりと開いた。
「……眠れないのか?」
彼が低い声で問いかける。その声に安心感を覚えながら、俺は小さく頷いた。
「ちょっとだけ……考え事してた。おこして、ごめん……」
そう言うと、レイは俺の頭をそっと撫でた。
「……お前が隣にいるだけで、俺は安心できる。だから、無理に答えを出そうとしなくていい」
その言葉に、俺は心が温かくなるのを感じた。
不安も迷いも、少しずつ小さくなっていく。
「……俺、やっぱりレイが好きだ……」
思わず零れた言葉に、自分でも驚いた。胸の中に渦巻いていた不安や迷いが、まるで溢れる水のように、勝手に言葉を作ったようだった。
その瞬間、レイの手が一瞬止まる。
次の瞬間、俺の肩に力強い腕が回り、気づけば彼の胸に顔を埋める形になっていた。
「俺もだ」
レイの低く優しい声が耳元で響く。彼の鼓動が伝わってくる。規則正しいその音が、不思議と俺の心を落ち着けていく。
「お前がいなきゃ俺はだめなんだ」
彼が囁くその声に、どんな嘘や迷いも感じられない。ただ真っ直ぐで、温かかった。