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それから五日。俺の募集に我こそはと名乗りを上げる者はいなかった。
「なぜだ。何がいけないんだ……」
ギルドの長椅子に腰掛け項垂れる。毎日ギルドに顔を出すものの、受付から返ってくる返事は問い合わせすらないといった状況だった。
「元気だして、お兄ちゃん。たまにはこんな事もあるよ……」
「そうなのか?」
「……」
咄嗟に目を逸らすミアからの言葉はなく、気まずい雰囲気が漂う。
「本当の事を言うと、あんまりない……かな……」
「ぐっ……」
ミアにまで気を遣われてしまうとは……。小さなギルドでは良くあることだが、スタッグほどの大規模ギルドであれば遅くとも三日もあれば見つかるのが普通なのだそう。
その原因は、ギルド職員であるミアですら首を傾げるほど。募集要項に書いてあることは、どれも破格の内容だ。
普段はあまり顔を出さないプラチナプレート冒険者と組める。パーティを組んだだけでも冒険者としての評価は上がる。故に引く手あまたになるはずだった。
そしてもう一つは、報酬を二人で山分けということ。
金貨八十枚の半分。四十枚が手元に入ってくる。更にダンジョン内で手に入れた素材等も加算される。これほどおいしい募集はそうあることではない。
普通ならダンジョンの調査依頼は最低でも四人のパーティで遂行するものだからだ。
どんな魔物が生息しているかもわからない、新たに発見されたダンジョン。そのため、壁役となるタンク、索敵のレンジャー、いざという時のための回復役であるヒーラーは必須。そこにアタッカーを入れたら四人だ。
ヒーラーはギルド担当にやってもらうとしても、それ以外はメンバーを募集するしかなく、参加人数が多いほど報酬は減っていく。
なのになぜここまで人気がないのか……。
ミア曰く、スタッグギルドでの募集が初めてのため、俺に対する不信感や死霊術というマイナー適性であることに不安を覚えているのではないかということ。
とは言え、|魔獣使い《ビーストマスター》としてはそれなりに名が売れているはずなのだが……。
「やっぱり一人でもいいんじゃないかな……」
「絶対ダメ! 初めてなら尚更ダメ!」
弱気になる俺を必死に説得しようと試みるミア。立場を考えれば当然だ。
「もういっそ報酬全額譲るか? 別にいらんし……」
「うーん。逆に怪しくない?」
「確かに……」
だが、これ以外良い方法が思い浮かばないのも事実。
チラシでも作って配れば見つかるだろうか? それよりもシルバープレートを下げているレンジャーっぽい見た目のヤツに片っ端から声を掛けてみるのも――なんて、そんな勇気があれば最初からやっている。
仕方がないので、今回は報酬の取り分を少々増やして様子を見ることにした。
――――――――――
そして翌日。ギルドからの呼び出しがあり、やっと組んでくれる人が見つかったのかと思いきや、そうは問屋が卸さず、呼ばれたのはノルディックの作戦会議のためであった。
どんな会議をするのか参考程度に拝聴しようとしたのだが、入室は関係者以外お断りとのこと。
どうやら手の内を明かすことは出来ないということのようだ。
そりゃそうだ。本来であれば俺とノルディックは商売敵と言っても差し支えない。自分のノウハウを他人に教える義理はないといったところか。
「ん? その従魔はダメだ。それも九条君の従魔だろう?」
素知らぬ顔で作戦会議室に入ろうとしたのは、カガリとワダツミ。しかし、予想通り入室を止められた。
「ええ、そうです。ですが、ミアに懐いているんですよ。ミアから離そうとすると、俺の言うことも聞かなくなるぐらいに……」
「……。仕方ない。だが、一匹だけだ。いいな?」
「ありがとうございます。じゃあおいで、カガリ」
そう言ってミアは大きく手を伸ばしカガリの首筋を撫で、気持ちよさそうにそれを受け入れたカガリは、お返しとばかりにミアの顔を舐める。
その仲睦まじい様子は、どこからどう見ても絆を深め信頼し合っている知音の仲。
それを見せつけるようにしているのは、ミアの護衛をノルディックに容認してもらうためだ。
カガリにはミアの護衛に就いてもらう。魔物たちから守るという役目も勿論だが、ノルディックを全面的に信用しているわけではない。
バイスの話を聞いて、その疑惑は俺の中で膨れ上がっていた。
ノルディックが第二王女のことをどう思っているのかは定かではないが、婚約まで噂されている者が俺を助けるような提案をするのだろうかと。
杞憂ならいいが、そうじゃなかった場合を考えるのであれば、少なからず警戒はするべき。
ひとまず、カガリだけでも潜り込ませることには成功したので良しとしよう。
後は、作戦会議とやらが終わるのを待つばかり。一階窓口で座りながら待っていようかと振り返ると、そこに立っていたのは支部長のロバート。
「九条様の作戦会議も準備出来ております。こちらへどうぞ」
「は?」
ロバートは一人でとことこと歩いて行くと、ノルディックのいる作戦会議室の二つ隣の部屋の前で足を止めた。
「こちらで御座います」
そう言われても今の俺にはパーティメンバーなどいない。一人で作戦会議をしろとでも言うのか……。
煽られているのだとしたら、ボッチにはかなり辛い仕打ちなのでは……?
そんなことを考え、ムスッとしながらもその扉を開けると、そこに座っていたのは一人のギルド職員。
俺に気が付き、読んでいた本を音もなく閉じると、その場に立ち上がり頭を下げた。
「初めまして九条様。私はグレイスと申します。ノルディック様の担当を務めさせていただいております。以後お見知りおきを」
「あ、ああ。九条です……。よろしく……」
誰もいないと思っていたので、頭は真っ白。挨拶も満足に口から出てこない。
茶色いロングストレートの髪。歳の頃は二十前後。すらっとした顔立ちで真面目そうな見た目にも拘らず、物静かな雰囲気が溢れる落ち着いた女性といった印象だ。
もちろんその胸に輝いているのはゴールドのプレート。
「どうぞこちらへ」
グレイスに促されるまま、対面のソファに腰掛ける。
一緒に入って来た白狐、ワダツミ、コクセイを見て、平静を保ちつつも、チラチラと視線が泳いでいるのがまるわかり。
そんな様子を見せながらも、グレイスはテーブルに置いてあった紙とペンを手に取ると、何かを書き込もうと身構え、俺に視線を向けた。
「では、どうぞ」
何がどうぞなのか……。その言動と行動から、恐らく俺が何か言わなければならない状況なのだろうが、何を言えばいいのかまるでわからない。
だからといって、俺が素人同然で何も知らないことを悟られるのも困る。ミアは恐らく作戦会議の内容を俺には話さないだろう。ギルド職員としてここへ来ているのだ。おかしなところがなければ、守秘義務を守るはず。
だが、グレイスが守秘義務を守るかは不明だ。ここで話した事をノルディックに漏らすことも考えられる。
顎に手を当て、悩んだ素振りを見せつつ必死に思考を巡らせる。
そこでチラリと目に入ったのは、グレイスの持っていた紙だ。それに見覚えがあった。
俺がバイスやネストたちの炭鉱案内をしなければならなくなった時、ネストがミアを呼び出していた。その時ミアが持っていた物だ。
確か、必要な道具や装備などを記入するための物だと言っていた。間違っていたら恥ずかしいことになるが、イチかバチかだ。
「逆に聞きたいんだが、馬車は必要ですか?」
質問に質問で返す作戦である。その答えに眉をひそめるグレイス。
「なぜそれを私に? それを決めるのは九条様ですが」
「俺とミアには従魔たちがいるから馬車は必要ないんですよ。慣れてないグレイスさんに乗りこなせとは言えませんし、グレイスさんの荷物の量次第なので……」
そう言いながらも、隣にいるコクセイの背中を撫でて見せる。
グレイスの視線が自然と従魔たちの方へと向き、コクセイと目が合った。そしてグレイスの動きが止まったのだ。
目が離せなくなってしまったのだろう。すぐにでも飛び掛かってきそうな大きな魔獣。慣れていない者にとっては、そう見えてしまっても仕方がない。
唾を飲み込むグレイス。それは時間にして一分ほど。
「グレイスさん? 聞いてます?」
ハッとしたグレイスは、視線を俺へと戻した。
「だ、大丈夫です。すみません。……で、では、お言葉に甘えて馬車の手配をさせていただきます」
「ええ。お願いします」
ひとまずホッとした。上手く誤魔化すことが出来たようで何よりである。
「そういえば馬車で思い出しましたが、他のパーティメンバーの方はご一緒されないのですか?」
そうだった。ミアにはレンジャーは入れろと言われていた。これでは最初から俺が一人で依頼を受けるつもりだったと思われてしまう。
だが、もう遅い。一階の掲示板には、まだメンバー募集の張り紙が残っているはず。
ここは仕方がないので本当のことを言うしかないだろう。
「残念なことに、まだ一人も見つかってないんですよ。申し訳ないのですが、誰も見つからなければ、このまま二人で依頼を遂行することになってしまうかもしれません」
「そうですか、わかりました」
意外な反応であった。嫌がるということはないだろうが、もう少し難色を示すとは思っていただけに、肩透かしを食らったみたいだ。
その後も到着後の予定や、ダンジョンに突入する時間など、事細かに聞かれ続けるのだが、なんとか誤魔化しつつ作戦を詰めていく。
というか、全部相手に任せているだけともいえるのだが……。
「どうしますか?」と聞かれるので「どうしたい?」と聞き返し、帰ってきた答えに「それで構わない」というだけの会話の連続だ。
「上手いこと躱しますね……」
という白狐に対し、ツッコミたい気持ちを我慢する。
魔獣たちと会話できることを隠さなければならない。それが知られればカガリとミアが一緒にいることが出来なくなってしまう可能性が高い。
あくまで従魔たちは、俺の命令を聞くだけの存在だと思わせなければならない。
「では、纏めるとこのようになりますが、いかがでしょうか?」
渡された用紙を上から順番に読み進める。三枚ほどの紙をペラペラと捲りながらもチラリとグレイスの様子を窺うと、グレイスは従魔たちに気を取られていた。
暇を持て余しじゃれ合うコクセイとワダツミ。そんな二匹を見て頬が緩んでいるように見えたのだ。
「良かったら触ってみますか?」
グレイスは自分の表情が緩んでいることに気が付くと、唇をきゅっと締め直した。
「……か、噛みませんか?」
不安と期待が入り混じったような表情で聞き返すグレイスに笑顔で答える。
「大丈夫ですよ。訓練されてますから。何だったら抱き着いてもいいですよ?」
一瞬だが、グレイスの表情がパァっと明るくなった。モフモフの魔獣たちと戯れる自分を想像してしまったのだろう。
グレイスがゆっくりと立ち上がり、テーブルを乗り越えて俺の座っているソファへと近づく。
手を伸ばし、前に屈めば従魔たちに触れられる距離だ。そして俺の顔を見つめる。最終確認が欲しいのだろう。
「大丈夫ですよ。それとも俺が押さえてましょうか?」
「いえ……」
俺ごときが従魔たちを押さえた所でなんの意味もないのだが、安心させるためだ。
勇気を振り絞ったグレイスが震えた手をワダツミに伸ばし、その指先がふれる瞬間だった。突如ワダツミがグレイスに牙を剥いたのである。
「ガァッ!」
「ひゃぁぁぁ!!」
心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほどに驚いたグレイスは、情けない悲鳴を上げ、勢い余って後ろに飛び跳ねると、着地した先は俺の膝の上である。
そして目と目が合う。途端に顔を赤らめたグレイスは、すぐに立ち上がった。
「す、すいません」
「いえ……」
俺はそれを見てゲラゲラと笑うワダツミを一発ひっぱたくと、スパーンという軽快なサウンドが部屋中に響き渡る。
「冗談だったのだが……」
時と場合を考えろ。
「グレイスさん。次こそ大丈夫ですから」
苦笑いで誤魔化すも、その言葉の信用度は限りなくゼロに近い。
「でも今、噛もうと……」
「いやあ、彼なりの挨拶なんですよ。驚かせてしまって申し訳ない。ははは……」
すると今度は、汚名返上とばかりにワダツミの方からグレイスに近寄って行く。
いまいち信用しきれず、逃げようとするグレイスの手を掴んでやると、グレイスはほんの少しだけ落ち着いた様子を見せた。
「ホント、次は大丈夫ですから」
それほど強くは握っていない。本気で振り払えば逃げることは出来たはずだ。
だが、グレイスは逃げなかった。プラチナプレートの冒険者には逆らえない――というのもあるのだろうが、それは恐らく建前で、目の前のもふもふを触ってみたいという欲求の方が勝っていたからだろう。
それでも逃げ腰なグレイスに身を寄せるワダツミは、わざとらしくスリスリと体を擦りつける。
人の足元で体を擦りつけるような動作は猫のそれに似ているが、そのサイズが故に猫というより虎である。
しかし、それが功を奏したのか、ガチガチに固まっていたグレイスの恐怖は次第に和らぎ、表情には笑顔が戻る。
俺が手を離すと、その手のひらでワダツミをゆっくりと撫で、モフモフの喜びに捕らわれたグレイスは、恍惚にも似た表情を浮かべていた。
ミアが毎日のようにブラッシングしているのだ。その手触りはまるでシルク。毛並みも色艶も最高品質だ。グレイスがモフモフ中毒になるのは時間の問題であった。
懐柔とまではいかないが、俺がノルディックのことを信用していないと思われないよう立ち回らなければならない。
彼女から少しでもノルディックの情報を引き出し、事を有利に進めるために……。
結局グレイスは、ノルディックたちの作戦会議が終わり、その知らせが来るまでずっとモフモフを堪能していたのだ。