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るるくらげ
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「ヒナタ!」
聞こえてきた大声に、桜人は後ろを振り返る。そこには紺が、こちらの様子を見ながら立ち尽くしていた。
「……サクラ?」
「コン先輩、ヒナタ先輩が……!」
桜人は表情をコロッと変えて、焦ったように横たわったままの灯向を指さした。しかし紺は動じることなく、低い声で呟く。
「……サクラ、動くな。」
紺が自分を見つめる目に、明らかな殺意が混じっていることを、桜人は瞬時に理解した。
「あれ、バレてます?」
「ウエポン、しまい忘れてる。」
「大好きな先輩を殺した相手を前にして、あなたのくせに冷静ですね。」
「……ヒナタは死なない。」
「それはどうでしょうか。」
桜人は木で灯向の胸を刺し、引っ掛けるようにして持ち上げた。宙に浮かされた足が無気力に揺れ、靴の先から赤い血がポタポタと垂れる。
「天才だか虎だか謳われた彼も、こんなに呆気なく動かなくなりました。所詮は小さな男の子ですから、殴れば腫れるし切れば血が出るし、刺せば死んでしま……」
「犬、殺せ。」
言葉を遮るようにこちらへ走ってきた犬を、桜人は、灯向から抜いた枝で弾き飛ばした。それでもめげずに向かってくる犬に、桜人はうざったいようなため息をつくと、木を使って正面から串刺しにする。
紺は桜人を睨んだ。何とも言い難い目だった、まるで涙を堪えているかのように力が入り、怒りなのか悲しみなのかもよくわからない、ただ強い視線。
「……あなたには、ぼくを殺すことができない。あなたはヒナタ先輩と違って、弱いから。」
「お前が、ヒナタの強さを語るな。」
「体が小さくなければ、ぼくは彼に負けていたかも。あるいは、もう少し彼に警戒心というものがあれば………。」
「ヒナタを裏切ったのはお前。」
「はいはい、裏切って申し訳ありません。死ぬ前に言いたい事はありますか?聞いてあげるのでさっさと済ませてください、ぼくは暇じゃないんです。」
投げ捨てるようにぶっきらぼうだった。今までの丁寧で温厚な彼からは想像できない……いや、以前から少しだけ見え隠れしていた、彼の鋭さのようなものが、心にグサグサと刺さって痛かった。
紺は馬鹿ではない。
目の前の灯向は死んでいる。事実として、間違いなく、確実に死んでいる。理解は何となくできているのだ、ただそれを認めてしまえば、紺はもう二度と笑えなくなるかも知れない。生まれてから当たり前に陽の光を浴びて成長してきた動物は、突如としてそれが消えた時、ただ黒い暗闇の中で死んでいくことしかできない。
(……俺はヒナタの背中をずっと追っかける。ずっと。追いつかないことなんてない。)
追いついている風に思えていても、実際は追いつけていなかったのかも知れない。いつでも灯向の横にいたつもりだったが、実は灯向はずっとずっと、紺の1歩先を走り続けていたのかも知れない。彼がその歩みを止めた今、よく考えるとふと、そんな気がしてしまう。
体の至る所に感覚がない。その部位が機能していないのか、はたまた痛みに意識を引っ張られすぎているだけなのかはわからない。もう、どうでもいい。
紺は横になったまま、トランシーバーの通信ボタンを押した。
「こちら………土風。ヒナタがサクラに殺された、もうすぐ、俺も死ぬ。サクラは裏切り者だ、みんな………逃げろ。」
『……了解。ありがとう、コンくん、ゆっくり休んで。』
海斗の声だった。他の生徒たちは驚いて言葉を失っているのだろうか、対してさほど驚いていないのが実に彼らしい。それもそうか……彼は元々、気づいていたのだから。
「……ヒナタ。」
返事なんて聞こえるはずもない。当たり前だ、灯向はもう、死んでいるのだから。紺は力を振り絞って、地面を這いつくばりながら、冷たくなって転がる灯向に近づく。
例え息をしていなかろうと、灯向はとても素敵だ。血にまみれた口角を少しだけ上げて、紺は掠れた声で、小さく呟いた。
「……ごめん、ヒナタ。追いついちゃった。」
「ソラちゃん!」
陸は体育館内にいた空を、校庭に面した扉から大声で呼び出した。空も紺からの伝達を聞いたのか、ひどく強ばった面持ちで外に駆け出す。
「生徒のみんな!慌てずに、校舎側の扉から廊下に出て、廊下の窓から外に逃げて、そのまま全員で縷籟警軍の本部まで行って!」
まだ心は追いついていない、今はただあの通信を聞いた衝撃に身を委ね、無理やり行動していた。
今、特待生として1番にやるべき事は、一般生徒たちの安全確保だ。縷籟警軍の本部まで行けば、彼らを保護してくれるだろう。
陸は逃げていく一般生徒たちの足音を聞いてから、校庭側の扉を閉めた。
「ジュン先輩が、ユウ先輩と本職の人達に連絡して、来てくれるって話だったんだけど……全然来ないね。」
「ぼ、僕たちも………逃げようよ……!」
うん、そうだね………そう言おうとした陸の言葉を遮ったのは、「ゴシャッ」という、どこかで聞き覚えのある音だった。
「……いっ…………!?」
ボトボトっと音を立てて、空の両腕が地面に落ちる。そのまま膝を着いた彼の背後に立っていたのは……かつての、愛おしい後輩だった。
腰元の弓に伸びかけた陸の左腕に、桜人は木を伸ばして根元から刺し落とした。前に腕を落とされた時とは非にならない痛みに、陸も思わず倒れ込む。
「よし、あと7人。」
それだけ呟いて去ろうとする桜人の背後で、声をあげたのは、空だった。
「……ミノタウロス!」
その声に振り返った瞬間、顔に目掛けて飛んできた斧を、桜人は咄嗟に避ける。右の耳と髪の毛が、少しだけ切り落とされた。
「……武器が勝手に動いた。」
放物線も描かず、顔に向かって一直線に……桜人は興味深そうに呟いてから、地面をズッと踏み込む。地面から生えた木が空の鳩尾を貫通し、空は声にならない声をあげながら血を吐く。
その木はすぐ空から抜かれ、隣に寝ていた陸の腹にも容赦なく飛んで行った。
「先輩たちの説明、すごくわかりやすかったです、ありがとうございました!………あ、もう、聞こえないか。」
先程掃除されたばかりの綺麗な緑に、赤い血が再び飛び散る様は、ひどく残酷だった。桜人はそれを一瞥してから、次の生徒を探しに、駆けていった。
「彼の目的は多分、僕らを散らすこと。だからコンくんからの連絡を放っておいたんだ、僕らが混乱して一目散に逃げていくのを想定してね。」
「なるほどね。オギさんと1対1になったらまずい?」
「うん、相当まずい。サクラくんのウエポン、相当便利なんだけど、見るに1本までしか召喚できないんだ。だからちゃんと考えて動けば、2人がかりでも殺せると思う。」
海斗とささめは両手に1人ずつ1年生の手を握り、全速力で警軍学校の敷地内の道を走っていた。
「あの、センパイ………サクラが裏切ったってのは……マジなんすか?ヒナタ先輩とコンが死んだっていうのも………。」
翔空が口を開く。その声は酷く震えていた。一呼吸置いてから、海斗が落ち着いて答える。
「うん、本当だと思うよ。」
1年生の4人は、完全に言葉を失っている様子だった。当たり前だ、彼らにとって桜人とは、大切な同級生であり、一番の仲間だったのだから。
「おれは信じない。」
「それがいいよ。サクラくんに変装した他人って可能性も捨てきれないからね。それよりも今は逃げることに集中するべき、本物のサクラくんに生きて会うためにもね。」
海斗はそう言って、ニッコリと笑った。この状況でも笑っていられる彼の心の強さには心底感心する。
「公道に出てしまうと民間人に被害が及ぶ危険性がある。本職の人達の到着まで、敷地内で鬼ごっこするしかないね。」
海斗がそう言った瞬間、ささめが急に足を止めた。つられて海斗も足を止め、引っ張られていた1年生たちが転びそうになる。
「………カイト、どうする?」
「うーん、先輩の本領発揮じゃない?……この子たちを守りながらは少しきつい。今から引き返してもどうせ追いつかれるなら、みんなが逃げる時間を稼いだ方がいいね。」
「わかった。まあ……自分とカイトで十分だ。」
ささめは頷くと、左手からスっとランタンを召喚する。
「ミツルくん、ミズナくん、トアくん、サツキくん。今来た道を全力で戻ってから、校舎内のどこかに隠れるんだ、1階以外に。」
海斗は帽子を外してから、唖然と固まる1年生たちに対して、「ほら、行った行った。」と追い払うような仕草をして見せた。
「……ミズナ、背中に乗ってくれ。サツキは右腕、ミツルは左腕に、死ぬ気で捕まれ。飛んでく。」
状況を察した翔空が、みずなの目の前でしゃがみ込む。彼らが去っていくのを確認してから、海斗とささめは、前に向き直った。
真っ直ぐな道の遠くの方から、こちらへ駆けてくる桜人が見える。彼が随分と近くなった時、最初に動いたのはささめだった。彼は地面から伸びてくる桜人の木を器用に避けながら、間合いを詰めていく。
ささめは自分のウエポンから毒を出せる。近づいてから出せば、桜人はその毒を吸い込んでしまう、そういう算段だろう。桜人はそう思い、器用に桜の木をしならせてささめに向かわせるが、彼には一向に当たらない。
手を伸ばせば届く位置まで距離を詰められた時、桜人は初めて……彼が手に持っている物がランタンでは無いことに気がついた。見覚えのある、包丁だ……そこで木を1度地面に戻すが、もう遅い。
頭の後ろの方からスっと伸びた手の中に、それはあった。しくじった……その動揺で、桜人は一気に息を吸い込む。
(互いのウエポンを交換し合って、目の前から馬鹿みたいに突っ込んでくるササメ先輩に意識を向かわせた上で、カイト先輩が気配を消して死角から毒を流す……。)
毒の影響だろうか、足元がぐらっと崩れ落ちた。海斗がそのまま桜人を蹴り倒し、彼の右腕を折る。そのままささめから手渡された包丁で背中を刺そうとするが、刃先が刺さるギリギリの点で、木の枝が蔓のように手首に絡んできて、止められた。
「……なんで、意識があるの。毒が効いてないの?」
ささめがそう呟いた瞬間。海斗の手首を縛り付けていた蔓が、キリキリと音を立てて軋み始めた。彼の両手はみるみると青くなり、やがて蔓がくい込んだところから流血し始める。
危機を感じた海斗が腕を引こうとしたその時、赤い血飛沫を上げながら、彼の両手がもげた。海斗が後ずさり、今度は固まっているささめに向かって、桜人は躊躇なく木を伸ばす。
その木はささめの両膝を、串刺しにするように貫通した。枝の太さに、彼の細い足は簡単に分断され、ささめはその場に倒れる。
「……ギリギリセーフ。毒を吸い込んだ時は、どうなるかと思いました〜。でも、手が無くなったカイト先輩はもう指を鳴らせないので、結果オーライですね。」
桜人がヘラヘラと笑いながら立ち上がった。
「ハルシネは強い精神力さえあれば効かないという話を聞きました。精神力には自信ありますよ、まあそもそも、2年生に落とされた耳と、折られた腕が痛すぎて、幻覚どころじゃなかったのかも。」
「ササメくん、戦える?」
返事はなかった。痛みに気を失ったのだろうか。
1人で桜人に勝つのは無理だ。今の自分には手首から先がなく、一応止血には努めているが、それにも限界がある。夕の到着が遅れすぎている、何があったのかは知らないが、彼がここに着くまでの時間を1人で稼ぐことは不可能である、それは確かだ。
最高戦力である灯向と紺は死んだ。ささめは戦闘不能、恐らくこのまま出血で死ぬまで意識は戻らない。悲しいことに今は、彼に応急手当をできるほどの余裕も無い。2年生は……先程の桜人の発言からするに、もう殺されている可能性が高い。蓮人と徇は恐らく助けには来ないだろう、それどころでは無いはずだ。
もう助からない。自分は死ぬ。そう悟ったら、なんだか気が楽になったような感覚がして、海斗は笑みを浮かべた。もう未練は無い、今すぐにでも殺してくれて構わない。
しかし……生き残っている仲間のために、まだ、死ねない。
海斗は桜人に背を向けると、全速力で走り始めた。怪我の痛みに足をもつらせながらも、必死に、死ぬ気で走った。桜人は驚いたような顔をしたが、すぐに後を追う。
案の定、距離はぐんぐんと縮まった。勝ちを確信した桜人が、海斗に左手を伸ばす。彼の肩に手をついたその時、彼が小さな声で何かを呟いたことに気がついた。なんだか……嫌な予感がする。
それは見事に的中したと言えるだろう。前を走っていた海斗は、急に足を止めたかと思うと、桜人にぎゅっと抱きついた。状況の理解ができないまま、距離が縮まったからか今度ははっきりと聞こえる彼の呟きに、桜人は背筋を凍らせる。
「爆発。」
海斗がそう言った瞬間、物凄く大きな爆発音が、その場に響いた。桜人は咄嗟に桜の木を盾にして身を守る。
「……爆弾?どこから……。」
まさかあんな自殺行為をしてくるとは思わなかった。桜人と違い身を守る盾がなく、吹っ飛ばされた海斗は、道の端で建物に寄っかかるように座っていた。まだ息をしている。
「カイト先輩、こんな物……どこで手に入れたんですか?殺傷力はそこまで無いとは言え、十分に危険な兵器ですよね。」
桜人は海斗に声をかけた。海斗は顔を上げると、無傷のまま首をかしげる桜人に苦笑してから、流暢に話し始める。
「僕のウエポンだよ。狸は何にでもなれる。」
「嘘ですよね。手が無いのに……。」
そこまで言って、桜人は気がついた。
「……まさか、嘘だったのは、今じゃなくて……今まで、ってことですか。」
「嘘じゃないよ。手を叩いて喚んでいたのも、指を鳴らして化けさせていたのも、ただ気分だったからやっていたに過ぎない。」
「嘘だ。手の内を明かさないために不要な段階を踏んで……ずっと信用してなかったんですね、ぼくのこと。気になります、ぶっちゃけいつから変だと思ってました?」
「犯人がいるっていう倉庫への移動中かな。イリヤくんのお陰さ。鄼哆での君の言動は少しおかしかった。そして、サラさんたち3人の言動も。彼女らを殺したのは君なんでしょう。」
「……バレてましたか。」
桜人はまたヘラヘラと笑う。
「そういえば……ササメ先輩がお好きなんでしょう。彼を置いて逃げたことには少々落胆しました。」
「僕は喋ってるササメくんが好きなんだ。」
「うわ、酷い。」
「まあ、ササメくんがいない世界を生きるつもりもないよ。」
「言いたい事はありますか?聞いてあげますよ。」
海斗は桜人と、その背後から生える桜の木を見つめてから、いつもの調子でにっこりと微笑んだ。
「君がこんなことをした先に何を望んでいるのかなんて、僕には知る由もないけれど。物事は君の思い通りにはならないよ……絶対に。」
銃口を向けられたのは、生まれて初めてだ。
夕は手を挙げると、目の前に佇む少年を見つめた。
「……どうして生徒会であるキミが、そんな物騒な物を持って、ボクのところに?」
少年は答えた。
「姐さんの死体の前で、サクラくんと、約束したから。」
「……会長が死んでしまったのは、そのサクラちゃんたちのせいだと思うけど。」
「責任転嫁しないでよ。あなたが治療していれば助かった。」
「ボクが彼女の治療を後回しにしたのは、彼女自身の意思だ。」
「僕、ミクオと約束したんだ……姐さんが怪我ひとつでも負ったら、一緒に、関係者全員を殺すって。」
少年……白家 湊都は、銃のトリガーに指をかけた。彼の後ろには、オトギリ……いや、ユキと思われる男たちが大勢で、ずらりと並んでいる。周りの医師はおろか、共に学校に向かっていた本職の警軍たちも全員、彼らの攻撃によって気を失っている。
「だから、タシロさん。僕は貴方を、殺さなきゃ。」
その言葉の直後。空気を割くような銃声が2回、春の暖かい空に、大きく響いた。
「……カイト先輩とササメ先輩、無事かな。」
みずなは小さな声で呟いた。無事であってほしい。彼らが負けるだなんて……有り得ない。
「きっと無事だろ。」
「何か言った?翼の音で何も聞こえないや。」
「きっと無事だろっつってんの!」
翔空は自棄糞気味に叫んだ。彼もまた、大きな不安を抱えているのかもしれない。いや、彼だけではない……光も颯希も、ずっと浮かない顔をしている。
翔空は校庭に降りた。翔空に乗っていた、あるいはぶら下がっていた3人は地に足をつけてから、辺りを見渡す。
「………おい、あれって!」
光が声を上げて、体育館に繋がる大きな扉を指さした。そちらを向いた一同は、目に入った景色に絶句する。
「……リク先輩と、ソラ先輩?」
「腕が……取れてる。」
この1年、ずっとすぐ傍で、色んなことを教えてくれた2人が……生気を失い、血に浸りながら寝そべっている。2人の体には穴が空いていた。
「……誰が、こんなこと………!」
「……先輩たちの話を聞くに、多分………」
みずなが言いかけたその時、背後から、声が聞こえた。
「ぼくがやったよ。」
その声に、一同は一斉に振り返る。そこには他の誰でもない、桜人が立っていた。
「……サクラ。」
「なに、トアくん。」
「変な冗談はやめろよ!お前は……」
「1年近く一緒にいただけの仲で、みんなにぼくの何がわかるの?」
「…………。」
翔空は黙った。もう、どうすればいいのか、わからなかった。
颯希も何かを言おうとするが、言葉に詰まった。するとみずなが、「ミミズ」と呟いてから、一同に声をかける。
「何やってるの。戦うよ。」
「……でも、ミズナくん。サクラくんは私たちの…………!」
「あの殺人鬼が、僕たちの何だって?」
みずなの声は冷たかった。それでも彼の眼は、完全に殺意には染まりきっていない……悲しそうとも困惑しているとも取れる、複雑な眼だった。
「……ぼくだってみんなのこと、友達だと思ってたさ。こんな事、したくないよ。」
「じゃあ、しなければ………」
翔空が言いかけたその時。音を立てて……彼の首が、飛んだ。
「……えっ?」
隣にいた颯希に血を飛ばしながら、翔空の体は力が抜けたように、ガックリと崩れ落ちた。
「したくないのは本当なんだけど、しなくちゃいけないからさ。」
次の瞬間、翔空の首を刺し飛ばした枝が、颯希の鳩尾を貫通した。それはそのままみずなの方へ飛んで行き、2人は声も出さず、バタバタと地面に倒れる。
「ここは現実だから、ボーッとしてたら死んじゃうよ。カイト先輩とササメ先輩は厄介だったな、生まれて初めて骨折した。それに比べたらみんなはアリンコだね。……さて!あとは君だけだね、ミツルくん。」
「………サクラ。」
光はその場にへたり込んだ。桜人はそんな光を、ニコニコと見つめている。
「ウエポン、出さないの?」
「……お前に向かって、出せるわけないだろ。」
「ミツルくんは優しいね。」
「なあ、サクラ。冗談なんだろ?それか、夢だ……これは夢で、本当は何も起きてなくて……。」
桜人は少し黙ってから、「うーん」と困ったような声を上げた。
「ぼく、ミツルくんのそういうところ大好きだよ。でも、僕の好きな人は、兄さんだけで十分。」
「……もういいよ、サクラ。おれはお前を攻撃なんてできないし、する気もない。だから、お前の好きにしてくれ。殺すなら、もう、それでいい。」
「わかった。この状況でもなお、ぼくなんかのこと、想ってくれるなんて……あの日、ミツルくんに傘を貸してよかったよ。じゃあね、さようなら。」
その言葉を聞いて、光は面白そうに、彼らしく笑った。
「……お前に、傘なんて借りるんじゃなかった。」
「……ここまで来れば安全か?」
徇と蓮人は、自分たちの寮が並んでいる敷地内の道路の真ん中に座っていた。地面には、春風に揺られて散った桜が、誰かに踏まれてそこら中に張り付いている。
「……一般生徒が逃げた先の本職たちがここに向かって来る途中、死体の山を発見したそうだ。その中に……ユウもいたらしい。」
「そっか。今誰が生きてて誰が生きてないかわかんの?」
「わからん。いーんちょ、ツチカゼ、ユウは確実に死んだ。外部からの連絡は来るが、後輩からの連絡は一切来てない。……どうなってる覚悟もしておくべきだな。」
蓮人は無言で頷いた。
「幸い、一般生徒たちが逃げた先の人らが、そろそろ駆けつける頃合いだ………」
徇がそう言いながら顔を上げた時。目の前からゆっくりと歩いてくる人影が見えた。彼が無言のまま立ち上がったところで、蓮人も気がついたのか、ため息をつきながら立つ。
「一緒に帰ろう、兄さん。」
桜人は嬉しそうに笑いながら、こちらへ駆けてきた。
「それ以上近寄んな。なんでこんなことしたの、お前。」
その言葉に、桜人は立ち止まり、「兄さんが気になるって言うなら、全部全部、説明してあげるね。」と笑う。
「まあ、大体は、ジュン先輩から教えてもらった通りで合ってるよ。びっくりだよね、まさかぼくもここまでバレちゃうだなんて……兄さんが知りたいのは、どうしてぼくがユキ側に寝返ったのかってことだと思うんだけど……実は、お父様は、ユキの社長なんだ。」
「……は?」
「小城 葉一。世界を股にかけて活躍する小城製薬の社長、兼、鄼哆を牛耳っているユキゲシオアの社長。増強剤の件で全世界からの信用を失った小城製薬は、ユキゲシオアを使って金を集めたおかげで、ここまで復活したんだ。」
2人は言葉を失った。桜人が続ける。
「事は4年前、兄さんが縷籟警軍学校に入学したことから始まった。
ユキっていう真っ黒ビジネスをやっている以上、身内である兄さんが製薬会社外に……しかも、よりにもよってユキの敵である縷籟警軍に入ったっていうのは、相当まずい事だったんだ。
その時、お父様は早急に、ユキの犯罪者を適当に集めた“オトギリ”という組織を作り、縷籟警軍への攻撃を開始した。縷籟警軍の殲滅、それはつまり、兄さんの将来の選択肢を潰すこと。まあ、そんな無茶な作戦は当然、上手くいかなかった訳だけど……そんな状況は、今年度、一変した。小城家の次男であるぼくが、縷籟警軍学校に入学できる年齢になったんだ。
お父様がぼくに下した命令は単純だった……縷籟警軍学校内部の情報をユキへ漏洩させること。その甲斐あって、お父様が権力とお金を使って裏から縷籟警軍を操れるようになった。オトギリの奴らが弱すぎたのか、あるいは兄さんたちが強すぎたのか、結局全然上手くいかなくて、ぼくが尻拭いする羽目になったんだけどね。」
桜人がそこまで説明したところで、蓮人がそれを遮った。
「お前は親父の駒じゃない、それはお前が1番感じてるんじゃない?素直に人に従うような奴じゃないでしょ。本当の、お前なりの目的は何なの?何のために……こんなこと、したの。」
その質問に、桜人は嬉しそうに頬を赤らめてから、笑顔で答える。
「さすが兄さん、ぼくのこと理解してくれてるね!それは、ぼくが、兄さんのこと大好きだからだよ。実はこの奇襲はぼくの意思なんだ、ぼくからお父様に提案したんだよ。兄さんがぼく以外の人間と幸せになることがどうしても許せなかったから、ぼく以外に兄さんが好きな物、人、全部、潰すって決めたんだ。その1つ目が、縷籟警軍学校っていう……兄さんにとっての、1番の居場所だった。ぼくはずっとそのつもりだったんだ、だからお父上には協力してもらった!
帰ってきてよ、兄さん!もうここには……兄さんが大好きだったもの、なにもないよ。兄さんには世界の全部を手に入れる器がある!それが叶うんだ、小城製薬に戻れば!」
楽しそうにそう豪語する桜人は、気味が悪かった。
蓮人は黙った。ただ色んなことが衝撃的で、言葉を失った。自分にのしかかった責任、桜人への呆れ、父親への嫌悪、もう何が何だかわからないほど押し寄せた感情の波に呑まれ、どっと疲れたような感覚に陥る。
ただ1つ、明確な事があるとすれば……今目の前にいる弟を、なんとしてでも、殺さなければいけない。父親の悪意を利用し、色んな人の命と大切な物を踏みにじって、ヘラヘラと笑っているこの悪魔を、全ての責任を持って葬らなければならない。
「ジュン、下がってて。あいつは俺を殺せない、全部、俺がキリつけるから。」
そんな蓮人を見て、桜人は悲しそうな顔をした。
「こんな状況になってもなお、ジュン先輩の心配をするんだね……そういう紳士的なところが、すごく素敵。でもジュン先輩よりぼくの方が強いし、兄さんのことずっと大切に思ってるよ。」
桜人がそう言いながら取り出したのは、拳銃だった。徇は咄嗟に後ずさり、蓮人も警戒して手を挙げる。
「……ジュンに撃ったら俺に当たるよ。」
「当たらないよ!試してみ……」
桜人が言い終わらないうちに、辺りにはパン!と銃声が響いた。2人は咄嗟に身構えるが、しかし……いつまで経っても弾が飛んでこない。いや、それどころか、そもそも桜人は引き金に指をかけていない。
「……どうして、ぼくが………………?」
そう呟いたかと思うと、桜人はその場に倒れた。胸元から円形に血が広がり、起きてくる様子はない。彼の背中には、小さな穴があいていた。
それを見た時、2人はやっと、彼の背後から誰かが、彼を撃ち殺したのだと理解する。いや、理解はしていなかったが、目の前の景色を受け入れざるを得なかった。
銃口から細い煙を上げ、桜人の背後に立っていたのは、海都だった。
「……シロイエのとこの弟か?オギを殺した、んだよな?」
徇はそっと彼に近づいていく。蓮人もその後ろに付いて行こうとした時…………辺りにもう一度、大きな銃声が鳴った。
前を歩いていた徇が、突如として自分に向かって倒れ込んで来た時、蓮人の背筋はスっと凍った。共に地面にへたり込み、咄嗟に徇を抱きしめる。
「………レント、オレ……。」
「ジュン、喋んな。」
胸から出血している。手でそれを必死に抑えるが、血で汚れるだけで、一向に出血は止まらない。
「……気味が悪いんですよ。ジュン先輩、貴方は、姐さんに代わって生きていいような人間じゃない。」
ずっと黙っていた海都が、そう言った。
「……最初に持ちかけたのは私らでした。私たちはオギさんが裏切り者であること、そしてこの惨殺計画を事前に知っていたので……私たちも特待生を殺したい、協力する。姐さんの前で手を合わせる彼にそう持ちかけ、オギさんはその計画に乗りました。他人に協力を仰ぐだなんてあまりにも危険なのに、乗ってくれたのは……恐らく、貴方たちのおかげです。オギさんのウエポンは広範囲への攻撃が得意なので、きっと貴方がた2人がそうやって固まることを想定して、死角からジュン先輩だけを撃ち殺して欲しかったんだと思います。
しかし……オギさんに生きられては困ります。なぜなら彼は奇襲の発案者であり、つまりは姐さんの死に加担した者だから……私たちの目標はあくまで、姐さんの死に関わった人間を全員殺すことですから。誠に申し訳ないですが、裏切らせていただきました。」
訳がわからなかった。そうだ、訳がわからない。急に弟が後輩たちを殺し始めたかと思えば……今度はその弟が生徒会に撃たれて死んで……その後すぐ徇も撃たれ……夢のようにちぐはぐで、本当に理解不能な展開だ。
「でも、それが姐さんへの冒涜なことくらい、私たちもわかっていました。姐さんはきっと、特待生のみなさんに、生きていてほしかった。」
そうだ、これは夢だ。夢に違いない。腕の中で息をしていない徇も、目の前で撃たれ死んだ弟も、全部、全部、全部、夢だ。
「私たちはその罪を償わなければなりません。罪の無い人をエゴで殺してしまった、姐さんの想いをめちゃくちゃにした……その罪を、この命をもって、償わなければなりません。」
視界がグラッと歪んだ。動悸が耳元でうるさく、息ができない。
夢だ。夢だ。夢だ、夢だ、ゆめだ、ゆめだ………
「大好きな姐さんと……先立った兄さんに……会いに行かなくては。」
空には桜が舞っている。
春の暖かい空気を切り裂くように、破裂音に似た銃声が、耳を突き刺して響いた。
「……………っ!」
汗でぐっしょりな布団が肌に心地悪く、蓮人はベッドから飛び起きた。
「………なんだ、夢か。」
卒業間近なのにも関わらず、また同じ夢を見てしまったようだ。毎晩毎晩、徇を始め、特待生たちが惨殺される夢を見るだなんて……しかも今回は特に内容がちぐはぐだった。
(ポンコツが裏切って全員殺す〜とか、コッテコテだな。俺が思ってるより、あいつの事、嫌いなのかも。)
部屋から出て、階段を降りた。降りた先には台所があって、その台所ではいつも、徇が料理を作っていて……
「なあ、ジュン。俺、また変な夢見てさ。」
徇は手元から顔をあげると、蓮人に言った。
「おはようございます、レント先輩。」
敬語?レント先輩……?
蓮人は驚いて、徇を見た。
「あの、何回も言ってますが、俺はジュン先輩じゃないですよ。彼は8年前に亡くなられました。また寝ぼけてるんですか?自認がいつまでも18歳の三十路まっしぐらおじさんはちょっとキツイっすよ。」
蓮人は下を向いて、その場に膝をついた。
「ごめん、ソウ。また……忘れてたみたい。」
「……今日の仕事は断りますか?」
「いや、平気。ほんとごめん。そっか、そうだね、ジュンは、死んだんだった。」
「ええ。……さて、できました。美味くないですが、これ、食ってください。」
人呼んで“特待生虐殺事件”から、8年の歳月が経った。
犯人である少年の名は小城 桜人。彼は8年前の春、縷籟警軍学校特待生を11名、自身のウエポンで虐殺した後、同校の生徒である白家 海都により射殺された。また、海都は桜人の他に、当時の4年特待生であった黒瀬 徇を、海都の兄であり共犯だった白家 湊都は同じく田代 夕を、それぞれ射殺している。2人はその後、持っていた銃で自らの喉を撃って自殺した。
本件の被害者で唯一の生き残りである蓮人が全てを世に公表し、首謀者であった小城 葉一は連行された。最高指導者であり彼自身が財源でもあった小城製薬は、あっという間に廃業に追い込まれた。
「俺は角倉 双。あの事件の後もう一度受験をして縷籟警軍学校に入学し、数年前に卒業した、貴方の後輩です。あの家は俺の家です、俺の家族が引っ越したのをきっかけに、入学前に住んでいた家を、俺に譲ってくれました。貴方と俺はビジネスパートナー、法典に仕える警軍として、共に仕事を………」
「わかった、わかってるよ。もう思い出してるから。」
「先輩は認知症のお爺さんなので、わからないことがあったらなんでも訊いてください。」
「それが先輩への態度なの?」
2人は坂を下った。初夏の暖かさには少し心地の良い風が吹いて、耳の後ろの髪の毛が静かに浮いて踊る。街のシンボルである大きな塔、その背後に広がる雲ひとつない青空を見ていると、ふと、この国は平和なのかも知れないと……今まで身に起きたことは全て幻だったのではないかと思える。
こんな夢を見てみたい。ただ暖かい太陽に照らされて、徇と、灯向と、桜人と、みんなと、川辺で昼寝をしたい。ただ1歩1歩、坂を下る度足に返ってくる反動は、その夢をいとも簡単に否定してくる……今自分がいるのは紛れもなく現実で、彼らはもう死んだのだと。
道路脇の雛菊が、誰かに踏まれて萎れていた。蓮人はそれを見つめながら、双の影について行く。
この歩みを止める訳にはいかない。全ては縷籟で罪を犯した者を、この世界から根絶するため……そして、帝王の仰せのために。
『夜夢を喚ぶ』 完結
ここまで読んでくださった方々、キャラクターを提供してくださった方々、本当にありがとうございました!これからもよろしくお願いします!