その日、俺らのチームはいつものように練習を行っていた。基礎的なトレーニングやストレッチをこなして投げ込み練習をしていた時、「それ」は起きた。
誰かの「危ない!」という声に次いで飛んできた球が隣の人間の胴体にぶつかる鈍い音、そして俺の目の前で地面に崩れ落ち蹲るその人。
「西さん!」
握っていたボールを放り出し、俺はその人に駆け寄る。
「うう…」
やや朦朧としてはいるが、意識はある。倒れ込む時に一度膝をついているので、頭は打っていない。コーチ達もやって来て球が当たった場所を念入りに調べたが、幸い打撲だけで済んでいたようだ。
「西さん、今日は部屋戻りましょう。送ります」
一様に心配そうな顔で見守るチームメイト達が、口々に俺もついていくと声を上げる。
そのうちの何人かに手伝って貰って連れ帰った西さんをベッドに寝かせ、俺は万が一があった時の為部屋に残ることにした。
「寝てもたし、西さん」
間近で寝顔見れるの、こんな時でさえなかったら嬉しいんやけどな。
けどこんな風に目の前で泣きながら魘されてたら、流石に変な欲なんて吹き飛んで100%心配が勝つ。
「ちょっと待っててくださいね…」
なるべく音を立てないよう立ち上がり、冷蔵庫を探す。扉を開け、冷凍スペースを覗くと…予想通り、そこにはいくつか保冷剤が冷やされていた。
「あった!」
中からなるべく大きいものを1つ選び、タオルに包んでから西さんの額に乗せる。発熱している様子はないが、冷やして少しでも楽になってくれたら、と思っての行動だ。
そこから更に暫く経ったが、西さんが起きる様子はない。もしもこのままずっと目を覚まさなかったら…そんな不安が心をよぎって、いつしか俺も泣きそうになりながら繰り返し名前を呼んだ。何度目かに「勇輝!戻ってこい!勇輝!」と呼び掛けた時、彼は漸く「おれの、なまえ…?」と消え入りそうな涙声で呻いて目を覚ました。
「あ、西さん!西さん、大丈夫すか!?分かりますか?
「へ?才木…?」
その何とも間の抜けた反応を、普段なら吹き出しながら茶化した事だろう。でも今は、彼が無事に目を覚ましてくれた事への安堵とさっきまでの不安が綯い交ぜになって押し寄せてきて、とてもじゃないけれどからかおうなんて気持ちにはなれなかった。
そして夢の内容を知りたいと頼むと、西さんは少しずつ内容を話してくれた。
「個体差のあるクローン達」「クローンだけど、彼らは一人一人独立した別の人間なんじゃないだろうか」「一人使い物にならなかったら、代わりを立てる為に沢山いるのか」
俺は真剣に聞き入って、いつしか彼が夢で見た「それ」に彼や俺自身の姿を重ね合わせていた。
『使えない投手はさっさと代えろよ』
『あいつもう駄目だな、終わったわ』
『こいつの代わりなんか、掃いて捨てる位いるじゃん』
俺等の商売柄、世間からそういう言葉を吐かれることっていうのは割かし多い。俺も、彼も。他の誰かだって、きっとそういう事を沢山言われてきてるだろう。「投手としての彼に」代わりはいると分かっていても、「彼自身」の代わりなんて俺にはいないからこそ、そんな言葉が痛かった。たとえ顔も声も体つきもまるきり同じの別個体であろうと、それは「彼」じゃない。そんな事をストレートに口にするのは小っ恥ずかしくて、思わず茶化してしまったけど、もし本当に西さんのクローンが現れたら…そいつとも仲良くしたい。それも嘘偽りのない本心だ。
それを聞いて笑う西さんに何だか俺もホッとして、続けざまの軽口を返す。
「あ、今笑った。うわーうざい、西さんうぜぇー!」
その後の彼の言葉は、実はしっかり聞こえてた。びっくりするやら嬉しいやらでいっぱいいっぱいになってまた大声を出してしまったけど、彼の本音も、俺への「ありがとう」も、ちゃんと届いてた。
「元の西さんが一番やで、俺も」
その言葉だけじゃ足りない気がして、そっと手を伸ばし彼の髪を撫でる。それを拒まれなかったという事実と掌に伝わる柔らかい感触が、何だかいやに嬉しい。
ねえ、勇輝。
また、その名前呼ばせてよ。願わくば、今度は起きてる時に。
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