わたしたちはいつも通りに途中まで一緒に帰った。その間、いろんな話をした。
英語の授業の時、先生の様子が少し変だったとか、最近はまっているSNSのこと。体重が増えただの、減っただの。
小町と礼紗と三人でいると、すごく楽しいし、元気がでる。
それに……。嫌なことも、忘れられる。家に帰ったときの辛い気持ちさえも……。
家に着いてみると、父親と妹がリビングのソファで二人そろって座り、テレビを見ていた。
(うわ……。よりによって、二人そろってる……)
わたしは一瞬にして、嫌な予感がした。心がブルブルッと震え出すのを感じる。
(こんなの、今日に始まったことじゃない。いつだってこうだった。いまさら、ひるむこともない。恐れることもない)
そう思いつつも、わたしはこれから言われるであろう恐ろしい言葉に血の気が引くのを感じた。
「おう。亜子。お帰り」
「た、ただいま……」
父の正彦は185センチの長身でガッチリした体型をしている。一重で、キッと睨みつけてくるような目つきの持ち主。
強面で、気性も荒く、反抗しようものなら酷い目に遭うことははっきりと分かる。職業は高校の教員。職場ではきっと、嫌われているに違いない。
わたしは父親には目を向けずに、自分の部屋へ向かおうとした。
その時だ。
「亜子。ここに座れ」父親が向かいのソファを指さしながらわたしに言った。
「は、はい……」
(嫌だな。今日は何言われるんだろう……)
「お前、最近どうなんだ?入学してからしばらく経つけど。ちゃんとやってんのか?」
「ま、まあ……。普通にしてるよ。お父さんが考えるような悪いことはなにもない」
「そうか。ちゃんとしろよ?俺に恥かかせんな。入学式ではパッとしない顔してたけど、目を覚めせよ」
「は、はい……」
「もう行っていいぞ」
その言葉を受け取り、肩をガックリと落としながら青ざめた顔でソファから立ち上がると、今度は妹の忍の方が声をかけてきた。
「お姉ちゃん。お父さんの言う通り、ちゃんとした方がいいよ。わたしと違って、成績だって良くないんだから。それに、これは関係ないかもだけど、顎の形だってイマイチなんだし?」
忍は中学三年の妹。身長はあまり高くないが、細身。伸ばした黒髪を高い位置でポニーテールにしている。
顔つきはキツく、父親によく似た一重を持つ。部活は弓道部で、どうやら、部長をしているらしい。
性格は非常に気が強く、しっかり者。わたしのことをいつもバカにするが、友達とはうまくやっているようだ。
「ねぇ、お姉ちゃんてば!」
(なんだろう……?まだ、何かあるの?)
わたしは何も言わずに、知らんふりをして階段を上った。後ろからギシギシという音と共に、忍がわたしの後を追って上って来る。
「あのさ」
「まだ何か?」
「お父さんからわたしと比べられないように過ごした方がいいよ。もし、比べられない秘訣が知りたいなら、教えるけど?」
(なに……それ……)
「そんなの、いらないよ」わたしはそれだけ言うと、その時残されていた力をすべて振り絞って、自分の部屋のドアを開いた
(なんなのよ。二人そろって。これ……。いつまで続くんだろう?)
わたしは目に集まって来る熱いものを我慢できずに、こぼしてしまった。一度そうなってしまうと、止められない。机の上に置いておいたピンク色のボックスティッシュを持ってきて、必死で涙と鼻水を拭く。
辛くてしかたない。
誰かに、助けて欲しい。
(もういやだ。あ……。でも。わたし、お母さんに約束したんだ。もっと強くなるって。それを忘れちゃだめだ)
そう思ったわたしは急いで一階に降り、母親の仏壇がある部屋に向かった。部屋の中にはわずかに線香の香りが残っている。
朝に父親、わたし、忍がつけたもの。どうか、母親に届いていて欲しい、と強く願いながら。
わたしは仏壇に向かって、丁寧に手を合わせた。
「お母さん、高校入学してから一ヶ月が経ったよ。わたし、強くなるから。ちゃんと、見ててね!」