『結婚したーい!』
テレビから聞こえる元貴の声が、太字のテロップで強調されている。
僕は思わず、晩酌の手を止めて釘付けになってしまった。
ある占い番組に、元貴が映画の番宣で出演したらしい。
元貴は、特に自分の出演番組を観て欲しいだのはメンバーに言わないタイプで、僕はこの番組に元貴が出ることを誰かから聞いて、時間があったから晩酌ついでに観ていた。
もともと僕らの現場には、スタッフさんが時々占い師を呼んでくれたりして、占いはそこそこ身近だ。
番宣だし、映画に関連するようなことが多いのかな?なんて軽く観ていたら、割と「大森元貴」を深掘りするかのような内容だった。
僕は、初めは音楽や仕事に対する元貴の考え方なんかを紐解いている先生の話に、そうそう!なんて嬉しそうに相槌を打ったりして結構楽しんで観ていた。のに。
「恋愛」
「結婚」
先生の話が、元貴の「そこ」に触れた瞬間、心臓が暴れるような、痛むような、とにかく心が落ち着かなくなった。
観るのやめようかな。でも気になるな。いやでも傷つくだけかな。
心臓に落ち着けと言わんばかりに、日本酒を流し込む。
「笑いのツボが同じ人に弱い」
どうかな、よく一緒には笑ってるけど、僕のボケをよく止めたりスルーしたり冷めた目で見てくる時だってあるし…あれやっぱりツボは違うかもな。
あ、でも永野さんは僕も好きだよ。
今度永野さんについて話振ってみようかな。
共演者の女優さんが元貴に対して、笑いのツボで好きになるの?簡単〜!なんて揶揄っている。
簡単か。本当にそうなら、僕は10年以上も彼に片想いなんてしてないよな。
もしかして、他の人にとっては簡単だったりするのかな。
もっと簡単に、心を近づけて、心を通わせて、気持ちを伝えて、恋人になって…もしかしたらみんな簡単にしてることなのだろうか。
僕がヘタクソなだけなのかもね。
自嘲気味に笑みを浮かべて、また日本酒を飲む。
「2013年16歳でキーマンとの出会い」
ドキッとした。僕らが出会った頃だ。
テレビの中の元貴も少し考える顔をして、ミセスを結成した事、そして「藤澤涼架」と出会った年ですね、と答えた。
顔が熱くなる。お酒のせいじゃない。さらに目頭も熱くなる。
僕は、元貴が「藤澤涼架には、出会った時にすぐ声をかけた」と誰かに話をしてくれるのが一等好きだ。
元貴に、僕もまた選んでもらえたのだと、その話を何度も噛み締めては確認をする。
「このふわふわした雰囲気が大好きなんですよね〜」
いつかこう話してくれたこともあったっけ。
うん。
僕も。
僕も、元貴が大好きなんだ。
大好きなんだよ。
何度も、何度も何度も飲み込んで、心にしまい直した言葉。
君は、時々僕のことを話す時に「好き」って言ってくれるよね。
僕はその度に、泣きたくなるほど嬉しいんだよ、知らないと思うけど。
君に想いを告げて、友情ではなく恋に発展できたら…少し酔った頭でそんな夢を描いていたら。
「恋より仕事優先ですね」
また、テレビの中で先生と元貴の意見が一致する。
そうなんだよな。仕事をしている元貴はいつも真剣で、楽しそうで、苦しそうで…そして、仕事が彼の生活の全てなのだ。
そこには僕の想いのほんの少しも入る隙間はなさそうで。
それでも、そばに居られる僕はとても幸せなのだ。
だからどうか、他の誰にも隙間を与えないで欲しい。そんな事を考える僕はたまに虚しくなる。
その虚しさの前に、恐れていたあの言葉が彼の口から飛び出した。
「恋の駆け引きとかもうええ!結婚したーい!」
やられた。モロにくらってしまった。
お猪口を持つ手が震え、テレビに釘付けになる。
彼の結婚願望が強い事は、出会った頃から知っていた。暖かい家庭にずっと憧れているよね。知ってるよ、知ってるから。
あ、でも晩婚なんだ。
良かった、まだこのまま僕がそばに居続けられそうだ。
そんな事を考えて、ふふっと空気が漏れるように少し笑うと、テレビを消す。
僕は、沈む心で重くなった身体をなんとか起こして、シャワーへと向かった。
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あの占い番組を観たらしく、若井が俺をイジってくる。
控室で休憩中、俺が不意にお茶をこぼしてしまったら。
「あれ、元貴お茶こぼしてる!これも水星のせいだもんね!あれ、海王星だっけ?」
ケラケラと笑いながら、何かと番組の言葉を使って話してくる。もうええって!と言いながら、視界の端で涼ちゃんを観る。
いじる若井を、目を細めながら、下がり眉で困ったように見つめている。もーやめなよ〜、元貴がホントに怒っちゃうよ、と若井を嗜める。
彼もどうやら番組は観たらしい、若井のイジりの意味はわかっているようだから。
でも、若井のイジリはさておき、涼ちゃんは全くと言っていいほど番組に触れてこない。感想とかも言わない。
理由はなんとなくわかる。気にしてんだろ。
恋だの結婚だの、あんなくだらない話の事。
でもさぁ、見えちゃってるんだよな〜さっきから。涼ちゃんその手のスマホで永野さんのYouTube観てるでしょ。
合わせにきてるじゃん、笑いのツボ。
狙って合わせに来られるとダメだって言ってたのに、そこは聞いてなかったのかな〜。
俺はつい顔がニヤける。俺のツボはいつだって涼ちゃんだ。
あと、彼はこれも聞いてなかったんだろうけど、俺は相手に向かって行くんじゃなくて、「相手の気持ちを自分に向けさせる」の。それがうまいんだって。先生に言い当てられてびっくりしちゃったわ。
だって。だってさぁ。
思わずくくっと笑いが漏れる。
若井が 「思い出し笑い?」 って聞いてきて、「いやぁ、ほんと当たってたなぁと思って」と答える。
だって涼ちゃん、「貴方」はもうすっかり俺に気持ちが向いちゃってるでしょ。
スマホに釘付けの彼の横顔を、俺は満足気に見つめる。
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