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男子校に通う俺――いふの、唯一の特技は「どこにいても騒動に巻き込まれる能力」やと思う。 別に自慢でもなんでもない。むしろ呪いや。
で、今日はその呪いが史上最悪レベルで暴れた日やった。
なぜか?
――“お嬢様学校”の中庭で、女の子に土下座されて告白されているからだ。
「ど、土下座までせんでええって!! 頭上げぇって!!
ていうか俺、そもそもこの学校の生徒ちゃうんやけど!?」
「……っ! ですが……私……僕……お願いしたくて……!」
目の前の女の子は、長い水髪に真っ白な肌。
どこか影のある切れ長の瞳に、仕草が上品で、声も丁寧。
そして何より――
めっちゃくちゃ可愛い。
可愛いというか、美しい。
宝石箱から転がり出てきたみたいな“人間離れした綺麗さ”ってやつや。
なのに。
なのにどうして俺に土下座してんの???
「い、いや、ほんまに何なん……? 俺なんかした……?」
「……いえ、その……今日、道で……助けていただいて……」
「助けて? ……は?」
俺はこの学校に来る前、バスを降りた直後に迷子になって、道で派手に転けたくらいやけど。
まさかそれやろか。俺が転けたことがこの子の心に刺さったんか? そんなアホな。
「……あの時、僕にぶつかってきた男たちから……“庇ってくれた”じゃないですか」
「いや、待て。ぶつかってきたんは俺の方ちゃう?
俺、視界に入らん石ころに躓いて、前におった人に突っ込んだだけやで?」
「でもあなた……僕を抱きかかえるように倒れ込んで……っ」
「いやいやいや!! そんなん事故や!!!」
中庭の周りから、制服が眩しいお嬢様たちが「キャー」「きゃぁ……♡」と騒ぎまくってる。
完全に観客。
もう嫌や。帰りたい。
「で、でも……僕……あなたみたいな男の人、初めて見ましたわ……」
「は……?」
その瞬間、土下座していた彼女が顔を上げた。
頬を赤くして、潤んだ目で、俺を真っ直ぐに見つめて。
「め、面食いなんです……僕……」
「…………え?」
「あなたの顔……僕の……ど、ドタイプで……っ!」
「ぜひ……お付き合いしていただけませんでしょうかっ……!!」
「いや重い重い重い重い!!
いきなり何!? というか俺、顔しか褒められてへんの!?
中身は!? 人間性は!?!?」
俺の叫びは、優雅な校舎の壁へ虚しく響いた。
……ほんまに今日、何なんや。
――と、この日から俺は、“お嬢様学校の姫”の標的になった。
いや、“恋愛対象”か。
同じや。どっちも怖い。
◆
「……で、なんでほとけさんが俺の学校の前におるん……?」
翌朝。男子校の門の前。
そこに立っていたのは、昨日の少女――ほとけ。
名前の響きの通り、めちゃくちゃ神聖感ある見た目やけど、実際は普通に人間らしい感情もあるっぽい。
「お迎えにあがりました」
「いやなんで!? 俺彼女やないで!?!?」
「ですが……昨日、“考えとく”と言ってました」
「それは逃げるための社交辞令やッ!! 本気にしたらあかんやつ!!」
「…………」
しゅん、と肩を落とされる。
あぁもう。罪悪感の暴力。
「……えっと、その、ほとけさん?」
「……はい」
「なんで俺なん? 顔が好きって言うてたけど……俺、そんなん言われたこと人生で一度もないで……?」
俺の質問に、ほとけは一瞬だけ目を伏せた。
「……僕の学校って……みんな……僕の“家”や、“家柄”しか見てくれないんです」
「……」
「僕が何を言っても、何をしても……
『ほとけ家のお嬢様だから』で片付けられてしまって……」
ぽつり、と落ちる小さな声。
普段丁寧な話し方が、今は少しだけ乱れてる。
「だから……道であなたを見た時……
“庇われた”瞬間……心臓がすごく熱くなって……」
「……あれ事故やけどな」
「事故でも……僕には……初めてだったんです。
本気で守られたって思ったの……」
ほとけは、胸元をぎゅっと握る。
俺は無意識に言葉を失っていた。
……そんな理由があったんか。
顔が好き、とか。
タイプだ、とか。
最初はただの面食いやと思ったけど。
この子は、本当に本気で……
“俺という人間に”惹かれてるんかもしれへん。
「……その……ごめんな。昨日はびっくりして……」
「いえ。僕が突然でしたもの」
「けど、いきなり土下座はやりすぎやで?」
「……『本気』を伝えるにはあれしか……」
「あれしかって……お嬢様の発想ちゃうやろそれ……」
くす、と彼女が笑う。
昨日より柔らかい。
……あれ?
なんか可愛いんやけど?
いや可愛いのは昨日からか。
◆
その後、俺はほとけに“半ば強制的に”男子校の授業が終わるまで待たれ――
下校時間になると、いつの間にか“門の前で再び待機”されていた。
「……ほとけさん、何でまたおるん?」
「……帰りもご一緒したくて……」
「俺、ストーカーされ始めとる? もしかしなくても?」
「違います! 僕はただ……あなたともっとお話したくて!」
「(それもうストーカーの理論や)」
「……あ、あの……やっぱり嫌、ですか……?」
泣きそうな顔で見上げてくる。
やめてくれ。心が痛む。
「……嫌やないけど……」
「……ほんとうですか……?」
ぱぁっと顔が明るくなる。
あかん。可愛い。
可愛いって思ってもうた。負けや。
「……けどな、ほとけさん」
「はいっ」
「俺は普通の男子校生なんや。
ほとけさんはお嬢様学校のお姫様。それは分かっとる」
「……」
「釣り合わへんやん。どこどう見ても」
俺が言うと、ほとけは一瞬だけ黙って……
そして。
「……僕、釣り合いなんてどうでもいいです」
「は?」
「あなたがいいんです。いふ様がいいんです」
「…………なんで“様”つけた?」
「いえ……なんか……言いたくなって……」
「言いたくなって!?」
「僕……あなたを見てると……胸がぎゅっとして……
昨日からずっと、あなた以外考えられなくて……
こんなの初めてで……」
「やめろ、心臓に悪い!!」
「僕……いふ様の顔が……本当に好きで……
鏡を見るたび、いふ様みたいな顔だったらいいのにって……」
「顔フェチの限界突破してるやん!!?」
「でも、中身も好きです。
今日も僕に『なんで来てんの』って普通に言ってくれたところ……
僕の家柄とか気にしないところ……
全部……っ」
ほとけの目が、潤んでキラキラしている。
俺は――心が撃ち抜かれてしまった。
「……あのな、ほとけさん」
「はい……?」
「俺にも……男としてのプライドがあるんよ。
ここまで言われたら……そら、ちょっとは……意識もするやろ」
「……ッ!!」
「ただし。」
「た、ただし……?」
俺は目を細めた。
「今日みたいに“突撃訪問”はやめぇ。
心臓五回くらい止まるねん」
「……気をつけます……!」
「それと、土下座もやめぇ」
「……気をつけます……!」
「あと俺のこと“様”付けで呼ぶなや」
「……気をつけ……あ、これは……やめます……」
「ほんまか?」
「……たぶん……」
「たぶんかい!!」
俺がツッコむと、ほとけはちょっと嬉しそうに笑った。
その笑顔が、あまりに綺麗で――
俺は一瞬、息をするのを忘れた。
◆
「……ほとけさん」
「はい……?」
「まだ返事はせぇへん。俺、恋愛慣れてへんから。
考える時間ほしいんや」
「……もちろんです」
「けど――」
俺は彼女の目を正面から見た。
「明日も……会いに来てもええで」
「――――っ」
ほとけの顔が、ぱぁぁぁっと花が咲いたみたいに輝いた。
「ほ、ほんとうに!? 僕、行きます!! 絶対行きます!!」
「いや“絶対”とか怖いねん! 控えめに来いや!!」
「控えめに全力で行きます!!」
「言葉の意味分かっとるか!?」
中庭に響く俺の叫び。
でも、ほとけは本当に幸せそうで。
――あぁ、しゃあないな。
うん。やっぱり、ちょっと可愛い。
◆
こうして俺は、“お嬢様学校のお姫様”と毎日会うことになった。
彼女は面食いやけど、
面食い以上に――俺のことを真っ直ぐ好きでいてくれる。
でもこれ、恋愛が始まる前からすでに騒動だらけ。
……俺の高校生活、絶対まともに終わらんわ。
でも。
それでもええかもしれへん。
ほとけの笑顔を見てると、そんな気がしてまう。
――これ、もうちょいで好きになりそうやで、ほとけさん。
(でも明日も絶対騒動起きるやろな……)
ほとけと“明日も会ってええで”と口にしてしまった翌朝。
俺は後悔と緊張の極みで、布団の中で転がり回っていた。
「……言うてもた。なんで言うてもたんや俺……!」
ほとけは可愛い。可愛いけど、勢いがすごい。
恋愛ゲームなら即“好感度MAXルート”突入してくるタイプのヒロインや。
しかもお嬢様学校のお姫様。
俺とは世界が違いすぎる。
……けど、昨日のあの笑顔を見たら、断れへんかった。
「はぁぁ……もう覚悟決めるしかないか……」
制服に袖を通しながら、俺は部屋を出た。
そして学校へ向かう途中――
「いふさん!!」
「!? なんでおるん!?」
校門までまだ10分はあるのに、道の途中にほとけが立っていた。
どこから現れたんこの子。転移魔法でも使っとる?
「お迎えに上がりました!」
「いや昨日も聞いたけど!!
“迎え”ってそんな毎日せんでええやろ!?!」
「僕、いふさんの朝の顔が見たいんです」
「理由がピンポイントで重い!!」
俺がツッコんでも、ほとけはまったく怯まない。
むしろ昨日よりキラキラしてる。
「今日も……顔、すごく好きです……」
「顔に依存しすぎや!! 俺、顔以外褒められへんの!?」
「いえ……昨日いふさんが、真剣に話をしてくれたところ、すごく嬉しかったです」
「心が、あったかくなるみたいで……」
「……そ、そうなん」
「なので……顔も、中身も、好きです」
「……っ」
昨日よりストレートな告白に、俺の心臓が跳ねた。
この子の“好き”は目をそらされへんくらい強い。
「でもな、ほとけ。ほんまに無理はあかんで?」
「無理なんてしてません。僕、やりたいからやってるんです」
「あなたが好きだから……」
「~~~~!!」
朝から死ぬかと思った。
……いや、死んだ。
一瞬、魂抜けた。
「い、いくで! 学校!」
「はいっ♡」
なんでハートつけんねん!!
まだ付き合ってへんのに!!
俺は半分走るように彼女を引っ張って学校へ向かった。
だがその途中――
「ほとけ様!?!?」
「えっ、ほとけお嬢様!? なんで男子校に!?」
あぁぁぁぁぁ……!
やっぱり見つかった……!!
「ほとけ様……その男は誰ですの……?」
「まさか……彼氏……?」
「きゃあぁぁ!! 裏切りよぉぉ!!」
「うちの学校の姫がぁぁ!!」
「――ちゃうわ!!!」
俺の関西弁の怒号が道に響く。
「俺まだ返事してへん!! そない勝手に決めるな!!」
「……“まだ”ということは……」
「いや変な深読みすんなや!!?」
ほとけの取り巻き(※全員超高級そうな制服の子たち)の視線が
“彼氏候補を品定めする瞳”に変わっていく。
「……意外と可愛い顔してますわね」
「目元が綺麗……」
「鼻筋も良い感じ……」
「……ほとけ様、これは“優勝”ですわね」
「なんの大会やねん!!??」
俺は思った。
お嬢様って、全員こんなノリなんか?
「皆さん、いふさんを困らせないでください」
「僕が好きなんです。僕の……好きな人、ですから」
ほとけが堂々と宣言した瞬間。
「「きゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!」」
周囲のお嬢様たちが大絶叫した。
鼓膜が崩壊したかと思った。
「お、俺もう帰りたい……」
「ダメです。学校です」
「……はい」
完全にペースを握られてる。
俺はただの男子校生やのに。
◆
――その日の昼休み。
男子校の屋上。
いつもなら静かな場所やけど、今日は違う。
「おい!! 男子校にお嬢様が来てるって噂、マジか!?」
「見た見た! 超美人やった!!」
「なんでお前なんかとおるんや!!」
「死ねぇぇいふ!!(嫉妬)」
「おい待てや誰が死ぬか!!」
クラスメイトが四方八方から突っ込んでくる。
その中心に俺、その横にほとけ。
完全に公開処刑や。
「あの……皆さん。いふさんをいじめないでください」
ほとけがすっと前に出る。
男子校の荒ぶる男子たちが一瞬で静かになった。
「……え、天使?」
「光ってね……?」
「声綺麗すぎん……?」
「俺、今初めて“恋”を知ったかもしれん……」
「しっかりせぇ男子校!!
全員、揺れすぎやろ!!」
ほとけは少しだけ俺の袖をつまんで、小さく言った。
「……僕、こういうの苦手なんです」
「え、取り巻きとか多かったんちゃうん?」
「あれは勝手に付いてくるだけで……僕、人前は緊張するんです」
ほとけの手が震えてるのを見て、
俺はとっさに彼女を背中にかばった。
「おいお前ら! ほとけさん怖がってるやろ!
近づくな! 下がれ!」
男子校全員「ふおおおおお!!」となった。
「……いふさん……」
ほとけが俺の背中越しに、小さく呟いて。
「……やっぱり、僕……あなたが好きです」
「いきなり言うな!!
周りの男子死ぬやろ!!?」
「死んでも構いませんけど」
「こわっ!!」
でも、ほとけは笑ってた。
緊張が解けたみたいに、安心した顔や。
「いふさんが守ってくれると……僕、落ち着くんです」
「……そ、そうなん」
「はい。だから……今日、ちゃんと聞かせてください」
ほとけはまっすぐ俺を見る。
「僕の“好き”……受け取ってくれませんか?」
◆
放課後。
俺たちは前と同じ、中庭にいた。
ここで全てが始まった場所。
ほとけは緊張しているようで、でも逃げずに俺を見ていた。
「……なぁ、ほとけ」
「……はい」
「俺な……正直言うて、最初はびびってた」
「……」
「お嬢様やのに距離近いし、いきなり土下座するし、
朝は迎えに来るし、顔褒めすぎやし」
「……す、すみません……」
「いやええねん。
全部、ほとけの“本気”なんやって、分かったから」
ほとけが息を飲む。
「俺、恋愛慣れてへん。
でも……昨日からずっと、お前のことばっか考えとった」
「……っ」
「誰かに愛されるって、こんなに嬉しいんやって知った。
俺も……ちゃんと、ほとけのこと見たい思った」
声が震える。
けど、本気で言わなあかん。
「――ほとけ。好きや」
ほとけの目が大きく開く。
「俺でよかったら……付き合ってほしい」
「……っ、いふ……さん……」
次の瞬間。
ほとけが勢いよく俺に抱きついてきた。
「好き……好き……大好き……!!」
「僕、ずっと……ずっと言いたかった……!!」
「わ、分かった分かった!!
落ち着けって!! 抱きつく力強い!!」
「離しません!! 今日から僕の彼氏です!!」
「言い方!!!」
でも、腕の震え方で分かった。
ほとけ、本気で泣いてる。
「ありがとう……っ
受け取ってくれて……
僕、ずっと……あなたといたかった……」
「……ほとけ」
俺もそっと彼女の頭を撫でた。
ほとけは顔を真っ赤にしながら、
胸のあたりでぎゅっと俺の服をつまんだ。
「これから……毎日、会ってくれますか……?」
「当たり前やろ」
「いふさんの朝の顔……見ていいですか……?」
「……ええよ」
「今日から抱きついても……いいですか……?」
「……まぁ、誰も見てへんときなら」
「じゃあ“誰もいない場所”調べておきます」
「やめろ変な計画立てんな!!」
ほとけはくすくす笑って、俺の腕を掴んだまま離さない。
「いふさん……大好きです」
「……うん。俺もや」
その瞬間――
屋根の上から、お嬢様学校の生徒たちが叫んだ。
「「キャーーーーーー!!!!!」」
「きゃあああああ!! ついに!!」
「おめでとうございますほとけ様ぁぁぁ!!」
「よくやった男子校の子ーー!!」
「いやどこで見とったんやお前ら!!」
俺の叫びはまた空へ消えた。
でも。
ほとけは俺の袖をぎゅっと掴んだまま、
幸せそうに笑っていた。
◆
――こうして。
“面食いお嬢様”と“巻き込まれ男子校生”の恋は、
今日、正式に始まった。
たぶん、これからも騒がしい。
けど、なんとなく思うんや。
――この子を守りたい。
この子の隣で笑いたい。
そんな気持ちが、俺の胸の奥にちゃんとある。
「いふさん。明日も迎えに行きますね♡」
「やめへんのかい!!」
「彼氏なので♡」
「……まぁ、ええけど」
「……大好きです♡」
「……はいはい」
――俺もや。
心の中で返しながら、
俺は乗りかかった恋路を、もう逃げずに歩くことに決めた。
完