テラーノベル
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――どれだけ経っただろうか。
暗闇の中、揺れる貨物車両の扉の隙間から、一筋の陽光が差し込む。
ヒヨリはふらつく足で立ち上がり、その隙間を覗き込んだ。
視界の先に広がっていたのは、積み木を無理矢理積み上げたように増築を繰り返した建物群。
煙突からはもくもくと黒煙が立ち上り、朝だというのにネオン看板が明滅し、異国の文字をチカチカと光らせていた。
「……西国だ。」
小さな唇が、かすかに震えながらその言葉を漏らす。
やがて貨物列車はけたたましい金属音を響かせて止まった。
その瞬間を逃さず、ヒヨリは鞄を抱えて外へと飛び降りる。
知らない場所。
知らない匂い。
何もかもが新鮮で、そして恐ろしかった。
「お兄ちゃん……ぼく、生きたよ……」
呟きながら空を見上げた、その刹那――
「おい、そこのガキィ!!!」
怒号が耳を突き破った。
振り返ったヒヨリの視線の先には、大柄な狼の獣人と、人間の男が立っていた。
ドスンドスンと足音を響かせながら、二人はまるで獲物を前にしたかのように近づいてくる。
「ひっ……!」
ヒヨリは慌てて背を向けて駆け出そうとする。だが、狼獣人が軽く跳び上がり、ヒヨリの前に着地した。
「こんなところで何してんだぁ、ガキィ……?」
獣じみた牙を剥き出しに、喉を鳴らす。
反対に逃げようとしたヒヨリは、もう一人の男の足にぶつかった。
「あっ……す、すみません……許してください……!」
涙声で懇願するが、男はニヤリと口角を上げる。
「ははっ、こいつ面白ぇじゃねぇか!」
そう言うと、ヒヨリの鞄を乱暴に奪い取った。
「や、やめてください! 返してください!」
必死に飛び跳ねるが、小さな手は届かない。
「返して欲しいのか? ほらよ!」
男は笑いながら鞄を狼獣人に投げる。
「お願い……やめて……」
ヒヨリは震えながら狼獣人の脚にしがみついた。
「チッ……しつけぇガキだな!」
狼獣人が太い腕を振り上げる。拳が落ちる――はずだった。
ヒヨリは恐怖に目を閉じ、降りかかる痛みを覚悟する。
……しかし、痛みはいつまで経っても訪れなかった。
恐る恐る瞼を開けたヒヨリの目の前にあったのは――止められた拳。
その拳を、白髪の青年が片手で握り止めていた。
猫耳のついた白い髪が風にたなびく。
腰から伸びた長い尻尾は、愉快そうに右へ左へと揺れていた。
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