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本編小説では描かれなかった他の誰かの最後の1週間みたいですごく楽しみです!
くぅ......美しい......
「始まりの予告」
その日、空はいつもよりも、やけに高く見えた。
ないこは、いつも通りの教室にいた。窓際の席で、開け放たれた窓から吹き込む風に髪を揺らされながら、ぼんやりと空を見上げていた。だが、その空の向こう側に、世界の終わりが刻一刻と近づいているなどと、誰が思うだろう。
「なあ、りうら。地球、あと一週間で終わるんだってよ」
斜め前の席に座る少女。りうらは、ノートに落書きのような線を引いていたペンを止め、ゆっくりと顔を上げた。赤い髪が陽に透けて、光を帯びる。
「うん、知ってる」
彼女は淡々と答える。
「先生がさっき言ってた。政府発表もあったって」
「マジで? 俺、朝のニュース見てなかった」
ないこは軽く笑って見せたが、その声には不自然な軽さが混じっていた。
『地球衝突まで、あと七日』
原因は、突如現れた謎の天体だった。それが地球に接近していて、計算によれば衝突は一週間後。回避不能。
「死ぬって、どういう感じなんだろうな」
ないこの呟きに、りうらは肩をすくめた。
「さあ。でもさ、終わるなら一緒に終わりたいよね」
その言葉はあまりに自然で、静かで、胸の奥にじんわり染み込んだ。
りうらは「俺」と名乗る。けれど、どう見ても女の子だ。勝気で、口が悪くて、それでいて優しい。
ないこは、彼女のそんなところが好きだった。けれど、それを伝えたことはない。
どうしてかって? そりゃあ、まだ終わりが来るなんて、知らなかったから。
放課後、ないこはりうらを誘って、学校の裏の土手に足を向けた。二人だけの秘密基地。もう誰も来ないような古びた倉庫の屋根に登って、夕日を見下ろす。
「なんかさ、やり残したことない?」
ないこが聞くと、りうらは煙草の真似をしながら、息を吐いた。
「うーん……あるけど、言っても仕方ないだろ。どうせ、もう時間ねえんだし」
「でも、やれるかもしれないじゃん。最後なんだから、何やってもいいと思わね?」
ないこの言葉に、りうらが笑った。その笑顔は、泣きそうなくらい綺麗だった。
「じゃあ、お前は?」
「俺?」
ないこは、少し考えて、それから照れくさそうに頭をかいた。
「まだ……言ってないことがある」
りうらは目を細めた。「告白?」
「……かもな」
静寂が流れた。倉庫の上を、ゆっくり風が通る。
「明日、どっか行こうぜ」
りうらの声が、空に溶けた。
「何もかも忘れて、遊び尽くそう。ゲームの最終日みたいに」
「いいね、それ。じゃあ、明日9時。駅前集合な」
二人の約束が、地球最後の冒険を決めた。
その夜、ないこは眠れなかった。携帯を握りしめて、画面を開いたまま、りうらとの過去の写真を何度も見返す。
笑ってるりうら。 怒ってるりうら。 眠そうなりうら。
どのりうらも、全部「今」だと思っていた。でも、その「今」がもうすぐ終わる。
「……明日、言おう」
ないこは小さく呟いた。
言わなきゃ、きっと、後悔する。
空の向こうで、神がダイスを振った。
この物語は、そうして動き出したのだった。