6.未練
「行ってらっしゃい、母さん。父さん。今日は俺が夕飯作るから、楽しんで。」
2人を玄関口で送り出すとドアが閉まるのを眺めた。
「俺も準備しよう。」
今日は1人であの場所に行く。
外は大雨。暗く濁っている。
俺はレインコートに身を包み、あの山へ向かって走った。
時間はたくさんある。
でも、凛がここに居ることはいつまでも続く毎日とは異なっている。それを知っているから。
「…はぁ、はぁ。」
山の中は酸素が少ないように感じる。
走ったせいで呼吸が乱れている。
「凛ッ…、まだ、いた。」
公園のブランコに座り込み、ゆるーく揺れる凛の背中を見た。
「もう終わりにする。俺は、お前がいなくても生きていけるくらい強くなる為に。」
「…また来たのかよ。暇だなお前も。」
どこか透けて見えることに目を逸らしながら俺は凛の横のブランコに腰を下ろした。
雨のせいで視界が歪む。
「ずっと後悔してた。あの日、お前に言わなかったこと。言えなかったこと。」
「…いいよ、言うな。今言えばもっと後悔する。お前は優しいから、そう言う奴だから。」
声が詰まって言葉が吐き出せない。
「電車の扉が閉まる時、上手く声が出なかった。言ってしまえば最後だって実感するから。」
「…大泣きしてたもんな。」
「うるさいよ。お前も目真っ赤にしてたくせに」
「死んでもまだイジるのかよ、笑」
凛が吹き出すのを横目に俺は吐き出す。
「凛が好きだ。」
驚くかと思ったのに凛はまるで知っていたかのように頷いた。
「気づいてた、ずっと。分かってた。あの日、電車が閉まる時も言いたかった事は伝わってる。」
驚きのあまり開いた口が塞がらない。
己の分かりやすさに愕然とする。
「好き…っていうか、好きだった。」
「俺も、今思えば気になってたのかもな。死んだからこそ言えたこと。だから、前向け。歩け。」
雨が一段と俺たちを、俺を、打ち付ける。
「お前の未練は、なんなんだよ。」
「……俺の未練は______。」
「そんなの…、、ずりぃよ…、笑」
今日が雨の日で良かった。
きっと、いや絶対あいつにはバレてた。
でも、泣いてた事を気にしないでいられる。
凛の未練を、俺は叶えられないかもしれない。
でも、でも、あまりに悲しすぎるよ。
俺は声をあげて泣いた。
凛の冷たい手が、俺の肩を優しく包み込んで。
俺の涙が凛を通り過ぎるのも、見て見ぬふり。
この世界は残酷。そして美しいように。