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この作品は、私がpixivに上げた作品に加筆、修正を加えたものです。
流血表現が含まれます。
花龍列車本編、HOの内容を含みます。未視聴の方の閲覧はご遠慮ください。
俺はこんな死に方ごめんだ。絶対に弱者から抜け出してやる。
父親が死んだ時、そう誓った。
町外れの貧民街で俺は生まれ育った。物心ついたころから母親はおらず、父親は朝から晩までどこかに仕事に出かけていた。それでも安月給では生活が成り立たず、貧しく苦しい生活を強いられたけれど。
「父ちゃん、おなかが空いた」
「父ちゃん、おふろに入りたい」
「父ちゃん、どこかであそびたい」
「父ちゃん、あたらしい服がほしい」
「父ちゃん、もっといいところに、あっちのきれいな家がいっぱいある方に住みたい」
幼い頃は、そんなことを何度訴えただろうか。何度辛くて泣いたことだろうか。その度に、父親は申し訳なさそうに笑いながら「ごめんな、ごめんな」と繰り返し謝った。その姿を見るといたたまれなくなり、気づけば何かを訴えることも無くなった。
インフラがなく水も電気も通らない。着古して薄汚れた服。あちこちにゴミが捨てられ腐敗臭がする。ゴミを漁って、それを売って金を稼ぐ。がたがたになった家で、雨風に曝される。食べる物がなく、骨ばった体。少し気を抜けば大人に暴力を振るわれ、どこかへ連れ去られる。まともに生きることもできなかった。
そんな生活を何年も送り続けていたが、ある年突然、父親が死んだ。医者でもない自分に詳しいことはわからないが多分、過労と栄養失調だ。朝から晩まで毎日働き詰めて、まともな食事も摂れず、不調があっても医者に行けない。きっと父親は知っていたんだろう、自分の体が限界だと。それでも何もできず死んでいった。こうして父親を見ると「こうはなりたくない」という思いだけが湧いてきた。特に尊敬していたわけでもない。特筆すべき思い出だって無い。言ってしまえば「ボロボロの家と僅かなお金をくれた人」。貧乏なんてもう嫌だ、もっといい生活を送りたい、と心の底から思った。
それからは必死に金を集めた。とにかく賃金の高い仕事をした。闇バイトのようなものにも手を出した。体だって何度も売った。どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、金のためだと言い聞かせ耐え忍んだ。その甲斐あってか、富豪とは程遠くともそれなりの生活が維持できるほどにはなった。それでもまだまだ足りなかった。もっと、もっと、弱者から脱却するにはもっと金が必要だ。
そんな時、ある噂を耳にした。
『印度産の「アヘン」というものがイギリスから輸入されている。それは高額で取引され、飲めばしあわせな夢を見れる』というものだった。
鴉片を売れば大金が手に入る。弱者から脱却できる。夢のようだった。
俺はすぐに商売へ取り掛かった。
案外、鴉片はすぐに見つかり手に入った。だが、危険な薬だから政府の者などには極力怪しまれたくない。そう思い俺はそれに「虎ノ粉」と名付け、万病に効く薬だと謳い、高額で売り捌き始めた。
そんなに売れるものかと疑っていたが、噂が噂を呼びみるみる客は増えてった。なんせ中身は鴉片。一度その味を知れば必ず二度三度と買わざるを得なくなるような強い依存性がある。一度訪れた客は、必ずもう一度店を訪れた。中には生活の苦しくなった者だっていた。そういう奴らは家を捨て、家族を捨て、所持品すら売り払い、虎ノ粉を買っていった。
「騙したな」
「大嘘つき」
客やその家族に何度罵詈雑言を浴びさせられただろうか。まぁそんなことは全く気にならなかったが。そんなの騙された方が悪い。そう思っていた俺は、殆ど無視していた。
俺は大金を手に入れ、夢想していた生活を手に入れた。毎日のように客が訪れ、虎ノ粉の値段をどれだけ釣り上げても誰かが必ず買っていった。
だが、その安泰な生活は長くは続かなかった。
夜遅くに営業を終え上機嫌で店じまいをしていた頃、男が突然店にやってきた。
「万病薬の『虎ノ粉』を売っているのはここか」
俺よりも背が低い男がこちらを見上げながらそう尋ねる。
「あぁ、だが今日はもう店じまいだ。また明日きてくれないか…」
俺の返事も途中に、突然男が飛び込んできた。男の長い髪がひらりと揺れる。急いで後ずさるも壁に押さえつけられる。逃げ出そうともがいてみたが、より強い力で押さえつけられるだけ。背が低いからと少し侮っていた。
「くそっ…突然何だよ!!」
「俺は磋牙の人間だ。うちの組織も鴉片の売買に手を出そうとしたんだがな、お前が邪魔だ」
「だからウチと協定を結ばないか?みかじめ料を払えば好きに商売していいぞ」
「そんなのごめんだね。こっちにもやりたいことってのがあるんだ。だから早く帰ってくれないか」
俺が煽るようにそう言い終えると同時に、男は短刀を抜いて俺の左目を切り裂いた。視界が紅に染まり、強い痛みが走った。
「っ……。おい、何するんだ!!」
「何時までも減らず口を叩くな、相手が誰か、自分がどの立場なのか分かっていないようだな。先も言ったが俺は磋牙、裏社会では中々有名だが、お前は何も知らないのか」
「ここまで温情をかけてやっている俺達に感謝しろ。本来ならお前を今すぐにここで殺してやっても構わない。だがお前にはまだやることがあるから生かしてやってるんだ。」
「また逆らってみろ、次は左手を切り落とすか?右目でも良いぞ?心臓を一突きしてやろうか」
男は薄笑いを浮かべながらも冷たい声で捲し立てた。短刀が首に食い込み、薄っすらと血が流れる。
「お前には選択権を与えているんだ。その事を有り難く思え。今ここで俺に殺されるか、服従するか。早く選べ。」
もはや、考える余裕も無かった。左目は見えず、首には短刀が押し当てられている。全身の細胞が震え上がり、手足に力が入らない。今、俺は磋牙の手の中だ。理不尽な理屈と命令。何をしても殺される。そう思わせる威圧感を男は醸し出していた。
死にたくない、心の底からそう思った。人間の本能だった。
「ふ、服従、する。みかじめ料だって、しっかり払う」
「だから頼む、こ、殺さないでくれ。」
その返事を聞くと、男は満足気に俺から手を離した。
「明日の夜、また別の奴が来る。詳細はそいつから聞いてくれ。俺は下っ端だから何も知らん」
「それと、明日は休業するように」
そう言うと、踵を返し乱暴に扉を閉め店を出ていった。
男の言う通り翌日は休業し、大人しく店で待った。昨日切りつけられた目は包帯で処置をし、黒い布で眼帯を誂えた。自分で選んだ道でありながらも、恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったな、と思う。昨日の男のようなのがまだまだいる。あれでも下っ端なら、ボスはどれだけ強いのだろうか。計り知れなかった。
夜になり、昨日とは違う磋牙の男が店にやってきた。その男が掲示してきたのは、週に一度の高額なみかじめ料と売上を記した帳簿の提出、さらに虎ノ粉の販売価格まで指定された。みかじめ料は想像を絶するほど高く、恐怖を覚える。
「ここに署名して捺印すれば取引終了だ」
反抗することもできず、恐怖と不安に震える手で署名し、印鑑を捺した。
男が帰り、渡された契約書の写しを見て考えた。何かいい方法は無いだろうか。このまま大人しくみかじめ料を払えば、確実に貧乏生活に後戻りすることになる。それだけはごめんだった。足掻いて足掻いて、やっとの思いで手にした理想の生活を手放したくない。
長考し気付いた。嘘の売上を伝えれば良い事に。
表向きの帳簿に書かれた嘘の売上を磋牙に伝え、裏帳簿に本当の売上を書き入れれば良い。そうすればみかじめ料も減り利益が増えるはずだ、と。
俺は翌日の営業からこれを実行した。帳簿に嘘の売上を記入し、裏帳簿に実際の売上を記入する。磋牙には嘘を記した帳簿を提出した。計画は想像以上に上手く行き、さらなる利益を手に入れることができた。虎ノ粉の値段を法外な程釣り上げても客は減るどころか増え続け、金が増える度心が踊った。
だがその企みもまた上手くはいかなかった。
ある日、俺の元に差出人の書かれていない手紙が届く。恐る恐る開けると、短い文章が書かれていた。
『俺は磋牙の構成員だ。お前は指定された値段の倍以上の価格で虎ノ粉を販売し、嘘の売上をこちらに伝えている。お前はそれによって莫大な利益を手にしているはずだ。そこでそのことに関して一つ話がある。■月■日、■■■に来い。』
しくじった、と思った。
一体いつバレた?存在を知られぬよう誰もいない場所で書いていたのに。誰かが監視していたかもしれない。客の中に敵がいたのか?心当たりはまったく無い。大量にいる客一人の顔など覚えていなかった。
このまま会ってはいけない。何をされるかわからない。きっと今度こそ殺される。どうするべきだ?行かない事もできるが、そのせいで逆上され殺されるかもしれない。大人しく話し合いをする気なんて更々無かった俺は、証拠を隠滅することだけを考えた。そうして辿り着いた最適解は『殺される前に殺す』だった。そうすれば証拠も隠滅でき、自分が殺される不安もない。
そうと決まれば、凶器を用意する必要があった。何が良いかと、戸棚や書き物机の引き出しを漁る。
じゃらり
手にひんやりとした感触が伝わり、取り出すとそれは麻紐に幾つもの銅銭が連なった藁差し銭だった。手に取ると、かなりの重量があった。これならきっと、息の根を止めることだってできる。
手紙に書かれていた日、指定の場所に向かうと一人の男が立っていた。こちらにはまだ気付いていない様子だ。今ならいける。
不安だった。どれだけ金が欲しくても、人を殺したことは無かったからだ。手を汚すことには強い抵抗があったからだ。超えてはいけない一線のような気がして、迷う度に止めていた。心臓が激しく鳴り、額に冷や汗が滲む。いざ目の前に立つと、怖気づいてしまう。
決心しろ、このままじゃ自分が殺されるぞ。
自分を奮い立たせ、足音を立てぬよう近づく。十分な距離まで近づいて、男の後頭部に向かって藁差し銭を振り下ろした。藁差し銭がじゃらりと鳴り、鈍い感触が手に伝わる。こちらを振り向こうとする男の手には拳銃が握られていた。撃たれたら確実に終わりだ。俺は恐怖心に駆り立てられ、無我夢中で何度も何度も殴打した。男は何かを呟いた後、動かなくなった。安否確認をすることすら怖く、足早にその場を立ち去った。気づけば藁差し銭は赤く染まり、手にも服にも返り血が付いていた。その濁った赤色を見て実感してしまった。
人生で初めて、人を殺してしまった事を。
店に帰り、誰にも知られぬよう帳簿を破き、燃やした。灰は川に流した。二度と同じ過ちを繰り返さないように。
それからは不安の日々を過ごした。
別の者が帳簿の存在を知っているかもしれない。
いつ追手が来るかわからない。
あの男を殺したことがバレるかもしれない。
常になにかに怯え、不安で夜もまともに寝られない。
とうとう耐えきれなくなり、俺はトラノコを口にしてしまった。
夢のような味だった。不安が和らぎ、しあわせな夢を見ているようだった。
効果が切れると、強い不安に襲われる。そこから逃れたくて、また服用する。自分が客を集めていた依存性に、売る立場でありながらもまんまとハマってしまった。常に服用していないと死んでしまいそうで、薬の魅せる極上の夢の虜になった。イケナイことだと分かっていても、止められなかった。
気づいた時には、何も考えられなくなっていた。
虎ノ粉は、社交のための嗜好品として中国社会に根付いていった。政府から禁止令が出されたが、それをものともせずに毎日飛ぶように売れる。俺の店は繁盛し、大金が舞い込んだ。
だが、繁盛すればする程みかじめ料の取り立ては激しさを増すばかりだった。利益の半分以上がみかじめ料として磋牙の手元に渡っただろう。
本当ならもっと金を手に入れられたはずなのに。決して生活は苦しくなく、贅沢する余裕だってたっぷりあるのに、俺は不安だった。俺の思い描いていた人生はこんなじゃない。誰にも邪魔されず、一人悠々自適に生きたかったのに。どれもこれも磋牙のせいだ。磋牙さえ、白虎さえいなければ。
虎ノ粉のせいでまともに物を考えられなくなっていた俺の頭の中は、次第に磋牙と白虎への恨みと憎しみで満ちていった。
そんなとき、客の一人からある噂を聞いた。
「磋牙のボスは牙の首飾りを身に着けている」
この噂が真実なのかどうかは分からないが、白虎に会えれば何かしらの交渉ができる。みかじめ料を減らして貰うことができるかもしれないし、そうでなくても何かは変えられるはずだ。白虎を探し出さなくては。
白虎らしき人物は、簡単に見つかった。商談の約束を取り付けた俺は、早速白虎の下へ向かった。
ざっ、ざっ、ざっ、ざっ
木々の生い茂る土道を一人歩く。葉と葉の隙間からどんよりとした空が覗く。生ぬるい湿った風が肌を撫でた。煙管を手に取り、口へ運ぶ。火皿から立ち昇る白く細い煙が灰色の空に溶ける。最近はこれを持っていないだけで不安になる。こうして定期的に吸わないと、どうしようもない恐怖と不安に襲われる。一度、依存状態から脱しようと試みた。けれど焦燥感に耐えきれず一気に服用してしまい、ひどい吐き気や頭痛、幻覚や幻聴で正気を保てなくなってしまった。それからは、定期的に服用することでなんとか精神状態を保っている。
この時の俺は、油断しきってたのだろう。
だから、背後から近づく人間の存在に気づかなかった。
鋭い痛みが走り、気がついたときには肌が裂けそこから血を流していた。
眼の前に黒装束の長身の男が立っていた。顔は隠れていて分からない。手には、小ぶりな短刀が握られている。銀色に光る刃には、赤い血が____
視界がぐらりと歪み、呼吸が上手くできなくなる。息が切れ、立つこともできず地面に倒れ込む。
「お前のせいで……お前のせいで僕の母さんは死んだんだ!」
黒装束の男はそう叫ぶ。反動で黒い布がひらりと揺れ顔が見えた。その茶髪と瑠璃色の瞳に、見覚えは全く無い。多分、客だったのだろう。虎ノ粉に人生を狂わされた、哀れな青年。
男は、俺にもう一度短刀を向けた。
「っ…ゃめ……」
やめろ。そう叫ぼうとしたのに、その声は搔き消えそうな程か細かった。お前は誰だ。俺は何もしていない。そう言い返したかったのに、喉が震えて声が掠れる。
声すらまともに出せず、俺は男を呆然と見上げるだけ。その間も刺された腹は強く痛み、生暖かい血が流れ続ける。
灰色の空から、ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきた。
あぁ、俺、死ぬのかな。死にたくねぇな。
そんな事を考えるも、心のどこかでは諦めている。
狭窄する視界の中で、男の手が振り上げられるのが見えた。
ぐさり
そのまま振り下ろされた短刀は、俺の心臓に刺さった。
小糠雨が、俺と黒装束の男を濡らしていた。
俺も、トラノコに人生を狂わされた
濃紺の空には、5輪の大きな花が咲き誇っている。
シャークん、きんとき、Broooock、きりやん、そして俺を含めた5人でそれを見上げていた。
目を輝かせる者、目を細め笑う者、切なげな表情をする者等、反応は人それぞれだ。
俺は、過去を思い返していた。
恨まれて当然のことをしていた。善良な人々を騙し、金を巻き上げ、裏社会の巨大な組織に逆らい、騙し、嘘がばれたら、手を汚してまで隠滅した。それらの行動は、ただただ金の為だった。
大きな家に住めて、綺麗な服を着れて、腹いっぱい食事ができても、心は満たされなかった。
その心を満たすために、また金を追い求めた。
それでも満たされなかった。
鴉片を服用し自らの首を絞めた。
空っぽではなくとも、何かが足りなかった。
きっと俺は、金に取り憑かれていたんだろう。
この列車に乗って駅を巡り、色々な人と接し、色々なものを見て、ようやくその事に気がつけた。
もう死んでいるから、今更後悔したって遅すぎる。
それに、もしもう一度同じ人生を歩めたとしてもまた同じ過ちを繰り返すだろう。
救いようの無い人生だった。
たとえ自分自身が手を下していなくても、虎ノ粉のせいで人生を棒に振った者は大勢いたはずだ。
その人の数、俺は罪を犯したことになる。
どれだけ悔んでも、どれだけ懺悔してもこの罪は消えない。
それでもまぁ、悪くない人生だったんじゃないか。
【賢明愚昧】
賢いことと愚かなこと
賢明は賢く道理に明るいこと。愚昧は愚かで道理に暗いこと。
個人的に、彼にぴったりだと思いました