「そんな、お嬢様がご自身でドレスを用意しなければならないのですか!?」オベール帝国では、結婚前に婚約者である女性にドレスを送り、妻になる者はそのドレスを着て入場するのが通例なのだ。
「それがあの人の答えなのよ」
次の日、シルフィアは自分の部屋に仕立て屋を呼んだ。
「こちらはいかが?」
そうシルフィアに問いかけるのは、ブティック・ドルチェの一流デザイナー『ミス・エドワール』だ。
ミス・エドワールの手には、純白な体のラインが出るタイトなドレスで、胸元がガラリと開いていた。
「ミス・エドワール。私にそのドレスはお似合いかしら?」
結婚式に、胸元が開いたドレスを着る女性はそうそう居ない。つまりこれは、ミス・エドワールは「『男を誑かすシルフィア・クロックフォード』にはこのドレスがお似合いだ」と言いたいのだろう。
呆れたものだ。エマから聞く限り、公爵家に着いてからシルフィアの噂が王都に飛び交っているらしい。
「男を取っかえ引っ変えしてるいる」や、「金目当てで、公爵に嫁いで来た」など、シルフィアの評判を落とす噂が流れている。
王都の最も賑わっている『ルドウィック通り』に、店舗を置いているブティック・ドルチェでも、こういった噂は耳にするだろう。
「えぇ、お似合いですわ」
笑顔で、ドレスをシルフィアの体に合わせる。
「えぇ、確かに似合いそうね」
「そうでしょう?こちらになさいますか?」
「いいえ。この型のドレスを一着作ってくださる?」
シルフィアはテーブルに置かれた紙で、ドレスのデザインを描いた。
シルフィアが描いたのは、裾がAラインに広がり、胸元がレースで覆われているドレスだった。
「これ、ですか?」
「えぇ。お願い出来る?それと、胸元のレースは目が細かくて腕まであると助かるわ」
明らかに動揺しているミス・エドワールに、シルフィアは持っていたデザイン画を胸に押付けた。
「まさか、出来ないの?」
耳打ちすると、ミス・エドワールはシルフィアの肩を掴み、大声をあげた。
「貴女!! デザイナーの才能があるわ!」
「え?」
その場にいたエマや、ミス・エドワールの助手二人。そしてシルフィアは唖然とした。
「お金は払うわ。このデザインドレスを、私の店で売ってもいいかしら!?」
興奮するミス・エドワールを落ち着かせ、シルフィアと二人はソファに座った。
「────それで、このドレスのデザインを買い取りたいの」
聞けば、シルフィアがデザインしたこのドレスはオベール帝国にはない斬新なデザインだったらしい。結婚式や舞踏会のドレスはふんわりと裾が広がったものや、タイトなドレスを着ることが多いそうだ。
「良いわよ。それとお金は要らない」
「なぜ!?」
食い気味に顔を近づけるミス・エドワールの唇に、シルフィアの人差し指が触れた。
「ただし、これからドレスは全部あなたのところで買うわ」
ブティック・ドルチェは、王都ではとても有名であり、そこでドレスを仕立てるとなると1年半はかかるらしい。今回はヴァンキルシュ公爵の婚約者でもあり、渋々来たとミス・エドワールは言っていた。
「えぇ。あなたのドレスを最優先するわ。もしまたデザインが思い浮かんだら、私に知らせてちょうだいね」そして、ミス・エドワールは公爵家を後にした。
まだ、公爵家に来て二日目。シルフィアは邸内を把握しようと、自室から出ることにした。
公爵家の廊下を歩いていると、中庭に出た。中庭には、沢山の花が咲いており、アルタイル王国でもなかなかお目にかかれないものだった。
「見て、この花。エマにぴったりね」
シルフィアはピンクの小さい花を指さした。
「綺麗なお花ですね〜」
エマは腰を低くし、ピンク色の花が自分の頭の上に来るように顔を近づける。
「どうですか?」
「似合ってるわ」
あまりにも似合いすぎいて、シルフィアは笑みがこぼれた。
「お嬢様、やっと笑いました」
エマに言われるまで、自分がどんな顔をしていたのかなんて思いもよらなかった。
確かにここ二日、冷たく接する人を相手にしてきて気を張っていた。シルフィアは思い切り鼻で空気を吸い込み、一言だけ放った。
「ありがとう。エマ」
中庭の空気は、草木の匂いと混じって花の香りを微かに感じた。この香りを忘れまいと、シルフィアは噛み締めた。
しばらく歩いていると、後ろから声をかけられた。
「クロックフォード様」
振り向くと、そこには男性が一人立っていた───。
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